第7話 学院の休日
街は昼下がりの光に包まれ、活気に満ちていた。
グランとセレナは人の波に混じり、並んで歩いていた。
「グラン、今日はつき合わせてごめんね。どうしても見たいお店があったの」
恥ずかしそうに切り出したセレナの声は、普段の彼女からは想像できないほど柔らかかった。
「別にいいさ。たまにはこういうのも悪くないだろ」
グランは肩をすくめて微笑む。その笑顔に、セレナは少し安心したように頷いた。
彼女が向かった先は、リボンが飾られた小さな雑貨店だった。
扉を開けると、柔らかな鈴の音が鳴り響き、色とりどりのアクセサリーや小物たちが彼らを迎える。
セレナは棚に並んだ赤いリボンを手に取り、そっと自分の髪に当ててみた。
「……これ、似合うと思う?」
問いかける声はかすかに震えている。
グランは一瞬だけ目を見開いたあと、静かにうなずいた。
「ああ、とても似合ってる」
その言葉に、セレナの頬はみるみるうちに赤く染まる。
「……ほんと、そういうの簡単に言うんだから」
彼女は慌ててリボンを棚に戻し、背を向けてしまった。
「べ、別に買うつもりなんてなかったの。ただ気になっただけだから!」
「ふーん。じゃあ、俺が買う」
「ちょっ……ちょっと!? 勝手に決めないで!」
セレナの抗議を背に、グランは迷いなくレジへ向かう。数分後、リボンと小さなケーキの箱を手に戻ってきた。
「これはお土産。リオさんたちに」
そう言って微笑む彼に、セレナは唇を震わせながらも結局言葉を失ってしまう。
帰り道、通りの角でふいに人影とぶつかった。
「おお、グラン! セレナちゃんも一緒か。買い物かい?」
そこに立っていたのは、父のレンだった。
「父さん、仕事帰り?」
「そうだ。ちょうど帰るところだった。お前たちも帰るのなら、一緒に歩こう」
「……お邪魔じゃありませんか?」
セレナがおずおずと尋ねると、レンは豪快に笑った。
「なに言ってる。セレナちゃんも、うちの大事な娘みたいなもんだ」
三人で歩く道のりは、不思議と心地よかった。
学院での授業や友人のことを話すグランを、レンは満足そうに聞き、セレナも少し恥ずかしそうに笑みを浮かべながら「思っていたよりずっと楽しいわ」と小さく告げた。
やがて家が見えてくると、庭先に白い毛並みを揺らした存在が待っていた。
「わふ……主、おかえりなさいませ……ふご……」
フェンリルだった。
「ただいま、フェンリル。番犬ご苦労さま」
「今日はスズメが三羽遊びに来ました……ふわぁ」
欠伸混じりに報告するその姿に、セレナは思わず苦笑した。
家に入ると、台所からは香ばしい匂いが漂ってきた。
「二人ともおかえり。ちょうど夕飯ができたところよ」
母リオの声が迎える。
食卓には煮込みハンバーグと温かなスープ。
「今日も美味しいな、母さん」
「ありがとう。セレナちゃんの口にも合う?」
「……すごく、美味しいです」
グランはケーキの箱を取り出し、机に置いた。
「町で見つけた。お土産だ」
「まあ! 嬉しいわねぇ。ありがとう、グラン!」
「……わたしも少し手伝ったのよ?」
「ふふ、ありがとうセレナちゃん」
ケーキを口にしたセレナは、思わず目を見開く。
「……な、なにこれ。こんなにふわふわで、甘いなんて……!」
「ははっ、いい顔だなセレナちゃん!」とレンが笑い、
「まるで犬が初めてケーキ食べたときみたいな顔だぞ」とグランが茶化すと、セレナは耳まで赤くして「そんなことない!」と反論する。
笑い声が響く食卓。
その夜は、魔王であったことも、世界に忍び寄る不穏さも忘れてしまうほど――温かで、穏やかな時間が流れていった。