第68話 ゼルマール城の夜 ― 剣聖の末裔との邂逅 ―
◆夜の回廊
夜のゼルマール城は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
深い石造りの回廊を、グランと蓮がゆっくりと歩いていく。交代制の護衛任務を終え、巡回を兼ねて城内を見回っていたのだ
第69話夜のゼルマール城は
。
わずかに開いた窓から吹き込む夜風が、二人の衣を揺らす。
その冷たさに、蓮が小さく息を吐いた。
「……静かだな。逆に落ち着かない」
彼がそう呟いた直後だった。
◆剣聖の末裔
「……蓮ではないですか。隣は……グランさんかね?」
背後から低く響く声。二人は同時に振り返った。
そこに立っていたのは、黒いマントに身を包み、腰に刀を帯びた男。
屈強な体躯、ただ立っているだけで感じる圧力。何より、その瞳に宿る“静かな殺気”が、ただ者ではないことを物語っていた。
――剣聖の末裔。その人物が、ついに姿を現した。
「今日は遠いところから、お越しいただきありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げる姿。だが、その立ち居振る舞いの奥には、剣の刃を突きつけられたような緊張感があった。
グランは一歩も退かず、淡々と問いかける。
「……何が目的で近づいてきた?」
末裔はゆるく笑みを浮かべた。
「いえ、単なる挨拶ですよ。敵意があるなら、ここで剣を抜いています」
まるで「今すぐでも構わない」と言わんばかりの口ぶりに、蓮が前に出る。
「ふん。俺との縁を切ってくれてありがとうよ。おかげで自由になれた。……あんたたちと違って、グランたちといるほうが、よっぽど楽しい」
挑発めいた言葉に、末裔は口角をわずかに吊り上げた。
「それは何よりです。……今回は、何もしません。安心して滞在してください。また、会いましょう」
その言葉を最後に、男の影は音もなく回廊の闇へと消えていった。
まるで幻だったかのように、気配すら残さずに。
◆不気味な余韻
しばしその場に立ち尽くしたのち、グランと蓮は視線を交わし、互いに小さく頷き合った。
「……警戒を強めよう。あいつが“今回は何もしない”と言ったのが一番怖い」
「ああ、同感だ」
その夜、二人は見回りの頻度を増やし、通路や兵の配置を何度も確認した。
――だが、夜明けまで何も起きることはなかった。
静かに、そして不気味に、ゼルマールの朝は始まったのである




