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第6話 貴族の影

学院の中庭。昼下がりの陽光が差し込む中、セレナは静かに本を読んでいた。そこへ、ひとりの少年が声をかけてくる。

背筋を伸ばし、豪奢な仕立ての制服に身を包んだその少年は、いかにも「貴族」という雰囲気を纏っていた。

「やあ、セレナ=エリュシオン嬢。私の名はアルト=バルフォード。名門バルフォード公爵家の長男だ」

心の奥で、セレナは小さくため息をついた。――厄介なのが来た、と。

顔には出さず、微笑みを浮かべて立ち上がる。

「恐縮です。……授業が始まりますので、これで」

完璧な礼儀でありながら、それは明確な拒絶でもあった。

しかし――

それから数日、アルトは懲りることなく彼女へアプローチを続けた。昼食に誘い、放課後に待ち伏せし、ついには豪華な花束まで差し出した。

さすがのセレナも、とうとう折れてしまう。

「……一度だけですよ? 話をちゃんと聞いてくれるなら」

「もちろんだとも! 君が望むなら、なんだって叶えよう!」

その日の夕刻、学院近くの高級レストラン。

紅茶の香り漂うテーブルに、セレナは退屈そうに座っていた。目の前で得意げに語るアルトを見つめながら、心の中ではすでに結論が出ていた。

――やっぱり、つまらないわね。


学院の一角。クラスメイトたちがざわめきながら、グランへ声をかけてきた。

「なあ、グラン。セレナちゃん、あのアルトと食事してるってよ?」

「……知ってる。断りきれなかっただけだろ」

「平気なのか? 取られるぞ?」

「セレナはそんな女じゃない。……それに、俺よりもずっと強いし、信頼できる」

その言葉に、クラスメイトたちは口をポカンと開けた。

夜、自宅に戻ったセレナは、リビングにいたグランの前に深く腰を下ろした。

「……はぁ。最っ低な時間だったわ」

「やっぱり?」

「しゃべること全部、自分の自慢話よ。『私の家は〜』『私の財産は〜』って……バカじゃないの?」

「よく頑張ったな」

グランの言葉に、セレナは思わず胸が温かくなる。――やっぱり、こいつじゃないと。どうにも調子が狂う。


数日後、学院の正門前。

大勢の生徒の前で、アルトが声を張り上げた。

「セレナ=エリュシオン嬢! 私はあなたを妻に迎えたい! 我が家は名門、バルフォード公爵家。あなたが望むものすべてを与えられる!」

注目が集まる中、セレナは冷静に立ち上がった。

「……急すぎるわ。それに、前から何度も言ってるけど――興味ないの。お断りよ」

「な、なぜだ!? 理由を言え!」

「あなたって、いつも“自分が”とか“自分の家が”とか、そんなことばかり。わたしにとって、それは何の魅力にもならないの」

ざわつく群衆。アルトは顔を引きつらせ、なんとか笑みを作った。

「……なるほど。今日のところは退こう。だが、私は諦めない。必ず、君の心を射止めてみせる」

「だったら、もう少し“人の心”を学んだら?」

セレナが小声で呟くと、アルトは取り巻きを連れて去っていった。


その夜――暗い路地裏で、アルトはフードを深くかぶり、一人の男へ囁いた。

「……あのグランという平民。目障りだ。あれさえいなければ、セレナも私を選ぶ。そうだろう?」

「名は?」

「グラン=アイン。魔法の才はあるようだが、所詮は平民だ。金は弾む。確実に仕留めろ」

「了解した」


数日後の深夜。

古代文字の魔導書を読んでいたグランの前に、暗殺者が姿を現した。

「……グラン=アイン、だな。悪いが、ここで死んでもらう」

「ああ。やっぱり来たか」

「……っ!? 気づいていた……?」

「気配が雑だし、何より魔力の流れで分かったよ」

「クソッ、《サイレントスラッシュ》!」

闇から放たれた刃の魔力。しかし、それは――

「《ダークネス・バイン》」

漆黒の魔力が空間をねじ曲げ、暗殺者の攻撃をそのまま本人に跳ね返した。

「ぐっ……!」

倒れた暗殺者に近づき、グランは冷ややかに問う。

「誰に頼まれた?」

「……しゃ、しゃべれるか……!」

そこにセレナが現れた。

「先生たち呼んできた。あとは任せましょう。……まったく、面倒な男ね」

「本当に」


数日後、学院にて。教師が全生徒の前で告げた。

「今回の暗殺未遂事件について、黒幕は三年生のアルト=バルフォードと判明しました。殺人教唆の重罪につき、即日退学および貴族籍の剥奪とします」

「うわ……マジかよ」「あれだけ偉そうにしてたのに……」

生徒たちがざわつく中、アルトは何も言わず、唇を噛みしめて学院を去った。

「やっと静かになるわね」

「……あいつのしつこさには参ったな。まあ、これで一件落着か」

「ふふ、次はどんな面倒が来るのかしらね、王様?」

「やめろ、その呼び方は……」

二人は笑い合いながら、中庭を歩いていった――。


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