第59話 迫る影と勇者の兆し ― 選択の代償 ―
◆イーストランドからの帰還
翌朝。
グランたちは蓮の案内で、イーストランドの地方を巡っていた。
道中には整備された畑が広がり、農民たちが汗を流しながら働いている。
蓮によれば、この地では独自に水路を引き、各村が協力して農業を支えているという。
魔導技術を用いて干ばつや害虫被害を防ぎ、住民の表情には活気が満ちていた。
「見て、グラン。あの子、まだ小さいのにちゃんとお手伝いしてる」
こはるが感心したように言うと、セレナも微笑む。
「本当に……蓮って、こういう地盤を築くのが得意なのね」
穏やかな光景を胸に刻みながら、彼らは蓮の転移魔法で自国――自宅のある町へと戻った。
◆迫る魔物の影
しかし帰還直後、町の空気がどこかざわついていることに気づく。
ギルドへ向かい事情を尋ねると、受付嬢が顔をしかめながら告げた。
「町から南西の荒野に、魔物の大群が出現しました。数日後にはこの町に到達する可能性があります。
ギルドは緊急クエストを発表し、Sランク以上の冒険者に迎撃命令を下しました」
事態は一刻を争うものだった。
当然のようにセレナ・こはる・ナツも出撃を申し出る。
だが、グランは静かに首を横に振った。
「ダメだ。今回は俺とフェンリル、蓮で行く。お前たちはこの町を守ってほしい」
「でも……グラン!」
セレナがすがるように声を上げる。
「ずっと一緒に戦ってきたじゃない……!」
「わたしだって戦える……!」
こはるが声を荒らげる。
「主……!」
ナツの瞳が揺れる。
それでもグランは、強い口調で言い切った。
「だからこそだ。お前たちはずっと無理してきた。少しは休め。そして、この町を守ってくれ。――俺がいない間、信頼してるお前たちにしか任せられない」
三人は悔しさをにじませながらも、グランの真剣な眼差しを前に、しぶしぶ頷いた。
この時、彼らはまだ知らなかった。――この決断が後に大きな“変化”を呼び込むことを。
◆勇者の兆し
その夜。
蓮は“あの人”との通信魔法を通じて連絡を取っていた。
『……勇者が現れたというのは本当か? 勇者の血筋は、もう途絶えていたはずだ』
蓮の問いに、あの人の低く不気味な声が返る。
『報告によれば――神より勇者の恩恵を受けた者がいたそうだ。その加護に共鳴するように、タンク、魔道士、聖者も自然と現れたらしい』
『……神の恩恵……』
『試しに、やつらを災厄級ダンジョンに連れて行ったら、あっさり踏破したと報告があった。いやはや、伝説の勇者パーティーを再現できるとは、面白くなってきたじゃないか。
蓮――そろそろ君の夢も叶いそうだな?』
蓮は無言のまま通信を切った。
だがその瞳には、迷いの色がかすかに揺れていた。
◆決戦への集結
翌朝。
グラン、フェンリル、蓮は装備を整え、集結地点へと向かう。
そこには国内のSランク冒険者、王直属の騎士団、宮廷魔道士たちが揃い、緊張感が漂っていた。
誰もが感じていた。――世界が確実に動き出していることを。
戦いの地へと進む背に、重い影が静かに伸びていた。




