第58話 夜の対話と動き出す陰謀 ― 勇者の影 ―
◆祝宴の夜
蓮との激闘を終えたグランたちは、イーストランド王城へと戻った。
大広間のテーブルには豪華な料理が並び、かつてないほどの賑わいが広がっていた。
「このスープ、うまっ! なにこれ!?」
こはるは目を輝かせながらスプーンを運ぶ。
「ほら、こはる。食べ過ぎると後で苦しくなるぞ」
セレナが笑って注意を促す。
「いいじゃん! いっぱい動いたんだもん!」
こはるは満面の笑みで食べ続けた。
「……この肉、なかなか香ばしいな。焼き加減も絶妙だ」
フェンリルは尻尾を揺らしながら肉を頬張る。
「……おいしい……」
ナツもまた、ちょこんと座りながら静かに料理を味わっていた。
明るく笑い合う仲間たちを見て、グランは微笑を浮かべつつも、心のどこかで冷静なまなざしを保っていた。
蓮も最初は静かに杯を傾けていたが、やがてふと立ち上がる。
「少し、外の空気を吸ってくるよ」
「酔っちゃったの?」
セレナがいたずらっぽく声をかけると、蓮は肩をすくめて笑った。
「たぶん、そうかもね」
そう言い残し、蓮は中庭へと姿を消した。
◆中庭での対話
夜の中庭。
涼しい風が草を揺らし、月光が静かに石畳を照らしていた。
蓮はひとりベンチに腰掛け、空を仰ぎながらつぶやく。
「……どうすれば、帰れるんだろうな。……会いたいよ、ひかり……」
その声を背後から聞いたグランは、静かに歩み寄った。
「大丈夫かい?」
「……うん。少し酔っただけ。たぶん」
蓮は苦笑し、グランは隣に腰を下ろす。
「……2000年前、蓮たちに敗れて、俺は転生した。最初は何も分からなかった。でも、新しい仲間ができて、いろんなことを学んだ。……蓮は、この2000年、どうしてた?」
「……魔法の勉強をしてたよ。世界を巡ったり、国を作ったりもした。正直、もうやめようかなって思ったとき、君の魔力を感じて……これは、と思ったんだ。だから転生するまで待ってみた」
「そっか……これだけ記憶を保ってるんだもんな。……俺は蓮と敵だったけど、今は“大切な仲間”だと思ってる。皆も同じ気持ちさ。だから蓮、辛い時や迷ってる時は、俺たちを頼っていいんだよ」
グランの言葉に、蓮は目を伏せ、わずかに微笑んだ。
「……ありがとう」
その一言を残し、グランは宴の席へと戻っていった。
蓮はその背中を見送りながら、胸の奥で言葉にならない思いを抱え、静かに目を閉じた。
◆動き出す陰謀
深夜。
蓮は無人の部屋で“あの人”と魔法通信をつないでいた。
「……グランたちは数日中にこの国を発つだろう。俺もそのあと帰国するつもりだ。……彼らの力は、想像以上だった。あなどれない」
『そうか。それは貴重な情報だな』
あの人の声はどこか満足げだった。
『ちょうどいいタイミングだ。――四季連合国、そして剣聖の国が正式に協定を結んだ。次の段階に進む準備が整ったよ』
「……四季連合国と剣聖の国まで、動いたか……」
『ああ、そして蓮。ひとつ朗報がある』
「……何?」
『“勇者”が現れた。しかも、こちら側についている。――これで、伝説の“勇者パーティー”が再び組まれそうなんだ』
蓮は表情を変えぬまま、その言葉を受け止めた。
しかし眉の奥には、かすかな影が差していた。
『そうなれば、蓮――君が元いた世界に“帰る道”も、きっと開かれるはずだ』
「……本当にそうなら、いいんだけどね」
呟きは夜の静寂に溶け、通信は断たれた。
残されたのは、月明かりに照らされた蓮の孤独な横顔だけだった。




