第54話 蓮の過去 ― 炎に導かれた異世界 ―
◆孤独な少年
蓮――彼がまだ日本にいた頃、ただの大人しい高校生にすぎなかった。
周囲と打ち解けることが苦手で、いわゆる「友達」と呼べる相手は少なかった。
幼い頃に両親を相次いで病で失い、最後に母が病床で残した言葉を、蓮は今も胸に刻んでいる。
「……強く、生きてね……」
頼れる親戚もなく、彼は児童養護施設に預けられた。
暗く冷えた日々の中で、心に小さな灯をともしてくれたのが――同じ施設にいた少女「ひかり」だった。
◆ひかりとの日々
ひかりは明るく、少しおっちょこちょいで、それでも周囲を笑顔にする存在だった。
蓮とひかりは小学校から高校までずっと同じ道を歩き、静かな信頼と温かな想いを育んでいた。
恋愛感情と呼ぶにはまだ幼く、しかし確かに存在していた淡い絆。
ひかりは「可愛い系」で、男子からも人気が高く、蓮はその背を遠くから見守ることしかできなかった。
◆暴力の夜
ある日、放課後。
蓮とひかりが一緒に帰る途中、突然背後から殴られ、蓮は意識を失った。
目を覚ますと、荒縄で柱に縛り付けられた倉庫の中。
目の前では、泣き叫ぶひかりが複数の女子に取り囲まれ、ビンタされ、罵倒されていた。
「ぶりっ子してんじゃねえよ!」
「蓮なんかとつるんで、いい気になってんの?」
さらに男たちが入ってきて、ひかりを床に押さえつける。
必死に抵抗する彼女の声は、耳を裂くほど切実だった。
やがて力尽きたひかりは、涙に濡れた瞳で蓮を見つめ、震える声で呟いた。
「……ごめんね、蓮……」
◆異世界への導き
その瞬間――蓮の心は弾けた。
「――力がほしい……! 誰か……お願いだ……力を!!」
絶叫と共に、足元に複雑な魔法陣が浮かび上がる。
時が止まったような静寂の中、荒縄が解け、彼は立ち上がった。
怒りに燃える瞳で男たちを睨みつけ、右手を突き出す。
「……ファイアボール」
轟音と共に炎が生まれ、火球が男たちを薙ぎ払い、倉庫の天井を震わせた。
男たちは悲鳴を上げて逃げ、女子たちも顔を青ざめて駆け出した。
残されたひかりは呆然と立ち尽くし、蓮を見つめた。
だが――次の瞬間、彼の姿はそこになかった。
炎の光を最後に、蓮は異世界へと召喚されていたのだ。
◆残された少女
ひかりは事件のことを誰にも語らなかった。
ただ静かに学校生活を送りながら、蓮の存在を心の奥底にしまい込む。
それは、淡い初恋の記憶として――そして、永遠に届かぬ想いとして残り続けた。




