第52話 蓮の国へ ― 笑顔の裏に沈む影 ―
◆蓮への願い
休日の穏やかな一日が過ぎ、翌朝。
グランは仲間たちを自宅の広間に集め、ゆっくりと口を開いた。
「……蓮、少し頼みたいことがあるんだ」
「ん? どうしたの、グラン?」
「一度……君が作った国を、この目で見てみたいんだ。
君がどうやって、どんな想いで国を築いたのか。それを知りたい」
蓮は一瞬だけ目を細め、視線を泳がせた。
だがすぐに笑みを浮かべ、平然を装うように頷く。
「……もちろん。いいよ、案内する。ちょっと道中は癖があるけど、歓迎するよ」
口元には柔らかい余裕を見せていたが、その胸の奥には重たいものが沈んでいた。
――図書館で見つけた、“帰還できない”という残酷な記述。
それは、異世界で生きる意味を支えていた柱を静かに崩しつつあった。
(……期待なんてしてなかった。最初から分かってたさ。けど……)
心の奥底で囁く声を、誰にも悟られることはなかった。
◆密やかな通信
出発は二日後に決まり、それぞれが準備に取り掛かる。
街で物資を買う者、装備を手入れする者、地図を確かめる者――皆が次なる冒険に胸を弾ませていた。
その夜。
蓮は一人、人気のない部屋で通信魔法を発動する。
淡い光を放つ魔法陣が浮かび上がり、“あの人”の気配が闇の中に滲み出た。
「……これから、僕の国へ行くことになった。しばらくは移動だけで何も起きないはず。報告は以上だよ」
返答はなかった。ただ、無言の“同意”が伝わるだけ。
蓮は少しだけ躊躇い、そして独り言のように呟いた。
「……本当にさ。あの“転生魔法”に、帰る方法なんて……あるの?」
返ってきたのは、低く短い声。
『あぁ』
その一言に、蓮の瞳がわずかに揺れた。
(その“あぁ”が肯定なのか、否定なのか……わからない。
でも――信じきれるほど、俺はもう、馬鹿じゃない)
通信が切れた後、蓮は長く夜空を仰いだ。
瞬く星々は、かつて見上げた地球の空とはまるで違っていた。
◆旅立ちと転移
翌朝――。
全員が自宅の前に集まり、装備を整えていた。
緊張と高揚が入り混じる空気の中、グランが声をかける。
「……さてと、そろそろ行こうか」
その時、蓮が一歩前に出た。
「ちょっと、こっちに寄って。円を描くように並んでくれる?」
「え、なになに? いきなり儀式?」
セレナが笑いながら首をかしげる。
蓮はくすりと笑うと、足元に大きな魔法陣を展開した。
魔力が渦を巻き、光が地面を奔る。
「転移魔法。チート級の能力ってやつだからね」
次の瞬間――視界が白く弾け、全員の身体がふわりと浮かぶ感覚に包まれた。
気づいた時には、澄んだ青空と石畳の広場、整然と建てられた街並みが目の前に広がっていた。
そこが――蓮の築いた国。
「……ようこそ、イーストランドへ」
蓮の声が、静かに新たな物語の幕を告げた。




