第5話 学院 ― 旅立ちと新たな出会い
学院入学の日は、グランにとって待ち望んでいた節目だった。
ここまでの道のりを振り返ると、決して平坦ではなかった。
森での魔物との遭遇、自分が魔王だった記憶の覚醒、そしてセレナやフェンリルとの再会――。それらの出来事を経て、彼は「ただの少年」であることをやめ、かつての魔王としての自覚と、人間としての未来を抱きしめながら歩き始めていた。
そして今、リベルノア王国の中心にある大きな学び舎――王立学院の門の前に立っていた。
高くそびえる石造りの門。歴史を感じさせる装飾と厳かな雰囲気に、胸の奥が自然と高鳴る。
「グラン、ついに入学だね!」
横でセレナが無邪気に笑う。その姿はいつも通り落ち着いているのに、どこか誇らしげでもあった。
「主よ、学院とやらで学ぶことなどあるのですか?」
フェンリルが首をかしげる。だがその声音には心配よりも興味が滲んでいた。
グランは肩をすくめ、冗談めかして答える。
「さぁな。ただの勉強かもしれないし、あるいは――何か新しい縁が待ってるかもしれない」
「縁……ですか」
フェンリルは考えるように空を見上げた。
「グラン、頑張ろうね」
セレナは真剣な眼差しを向ける。その瞳に宿る決意を感じ、グランは小さく笑った。
学院の門をくぐると、すでに多くの新入生たちが集まっていた。貴族の子供、平民の子供、獣人や他種族の姿もちらほら見える。
未来を担う者たちが一堂に会する光景は壮観で、まるでこれから始まる大きな物語の幕開けを告げているようだった。
「なんか……緊張するな」
グランが小さく漏らすと、セレナとフェンリルは同時に振り返った。
「え? グランでもそんなこと言うんだ?」
「……主らしくもない」
「なんだそれ」
思わず笑って返すグラン。だがその言葉の裏には、心からの安堵があった。
こうして学院生活が始まろうとしていた。
グランは知らなかった。
この学院での出会いと出来事が、後に彼の運命を大きく変えることになること。
入学式を終えた後、新入生たちは順番に適性検査を受けることになった。
◆ 適性検査
「次、グラン=アイン、セレナ=エリュシオン。前へ」
教師の声に呼ばれ、二人は並んで壇上に進む。
セレナが小声で囁いた。
「ねぇ……力、隠すんでしょ?」
「もちろんだ。バレるのは、まだ早い」
グランは頷き、掌を水晶球にかざした。
青く揺らめく光は、剣も魔法も“平均的”と判断された。
「ふむ……可もなく不可もなく、といったところですね」教師は淡々と告げる。
だが、周囲からはひそひそと声が上がった。
「平民か?」「隣の子、かわいくね……?」
セレナは安堵の笑みを浮かべる。
「ふふ、これで目立たず過ごせるわね」
「お前の顔のせいで、もう目立ってるけどな」
「えっ?……それ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
◆ 実技演習 ―魔法
数日後、初めての魔法実技の授業が行われた。
「今日は基本魔法を的に撃ち込んでもらいます。力加減も大事だぞ」
次々と生徒たちが水の矢を放つが、大半は的を外し威力も控えめだった。
グランの番が来る。彼は短く呟く。
「《アクア・ボルト》」
放たれた水の矢は轟音を立て、的を貫き、後ろの壁にまで亀裂を走らせた。
「……ッ! グ、グラン! 少し威力を抑えなさい!」教師が顔を引きつらせる。
「な、なんだあいつ!?」「同じ魔法だよな……?」生徒たちがざわつく。
一方セレナは、力を抑えて撃ったが命中はかろうじて。
「……当たった、でしょ?」
教師は渋い顔で言う。
「ふむ、もう少し集中を……」
セレナは内心舌を噛む。
(剣だけじゃなく、魔法も苦手なのって……悔しいわね)
◆ 剣技演習
次の授業は剣技。
「次、グラン=アイン、ディルと組め」
木刀を交えた瞬間、グランは軽く捌くだけで相手の足を浮かせ、一撃で木刀を粉砕した。
「う、うわっ!? な、なんだ今の!?」と相手は尻もちをつく。
教師も慌てて声を上げた。
「剣は道具ですから……大切に扱いなさい!」
場の空気が騒然とする一方、セレナは別の女子にあっさり突かれて尻もちをつく。
「うっ……も、もう一回!」
「セレナさん、焦らず構えを意識して。まだ時間はあるから」
教師の言葉に、セレナは小さくため息を漏らした。
(ちょっと悔しいけど……仕方ないわね)
◆ 昼休み
授業が終わり昼休みに入ると、数人の女子生徒がグランの元へ駆け寄ってきた。
「ねぇ、グランくんってすごく強いんでしょ? すごくかっこよかったよ!」
「よかったら、一緒にお弁当どう?」
グランは困ったように笑う。
「あ、えーと……俺、昼はいつも簡単なやつだから……」
そんな様子を横で見ていたセレナは、黙り込んでムスッとした表情を浮かべた。
「おい、どうした? 急に黙って」
「別に? ただ、調子に乗ってる男を見てるだけよ」
「なんだそれ……」
こうして学院での日々が始まった。
平凡を装いながらも、時折あふれ出す“力”が、周囲の目を惹きつける。
その小さな違和感が、やがて大きな渦となり――未来を揺るがす戦乱の幕開けへと繋がっていくのだった。