第46話 悪魔の素養と影の契約
◆ユエの指導
特訓が始まって数日後。
ユエはナツを魔族の修練場の奥へと連れてきた。そこは禍々しくも落ち着いた魔力が漂い、かつて多くの悪魔が修行を積んだ由緒ある場である。
「ナツ、今日は“悪魔”としての戦い方を教えるわ」
「うん、よろしくお願いします!」
ナツは瞳を輝かせて頷く。
ユエはゆっくりと手を掲げ、宙に魔力を描いた。黒紫の魔法陣が浮かび上がり、圧倒的な威圧感が辺りを包む。ナツは思わず息を呑んだ。
「悪魔の力は“契約”と“精神”に宿る。支配、強化、混乱、幻惑……相手の心を読むことが鍵よ。そして味方には加護を、敵には呪いを与える」
言葉と同時に魔法陣が脈動し、目に見えぬ魔力の波がナツの体を撫でた。
「まずは、魔力の流れを感じ取ること。それができなければ、相手の精神には触れられない」
ユエの指導は厳しくも的確だった。精神支配の基礎、集団強化、対象の心理を読む訓練……そして、何より“信念”を持つことを求められた。
休憩中、ユエはふとナツに問いかけた。
「ねぇナツ。あなたは、人間や魔族、獣人といった“種族の違い”をどう思う?」
ナツは少し考え、ゆっくりと答えた。
「確かに違いはあるけど、種族って……あくまで“属性”みたいなものだと思う。最終的には“人”だよ。個人として、大切に思えるかどうか……それだけじゃないかな」
その答えに、ユエは目を細めて微笑む。
「……あなたは、やっぱり彼の息子ね」
◆ルシアの訪れ
訓練の合間。ナツが木陰で汗を拭いていると、風に乗って懐かしい声が響いた。
「よっ、ナツ。修行してるって聞いて、見に来てあげた」
振り返れば、そこに立っていたのは銀髪に黒角の少女――ルシア。
小柄ながら引き締まった体、鋭さと優しさを宿す瞳。それはナツの幼馴染であり、幼き頃に淡い恋心を抱いていた存在だった。
「ル、ルシア!? え、なんでここに……?」
「ユエさんに呼ばれたの。『あの子に喝を入れてやって』ってね」
ルシアは歩み寄り、ナツの顔を覗き込む。
「……ふーん。ちょっとは頼もしくなった? それともまだ甘ったれ?」
「甘ったれてないよ!」
頬を膨らませるナツに、ルシアは優しく笑った。
「ま、強くなってよ。私も一緒に戦うことになるかもしれないんだから」
ナツは言葉に詰まりながらも、うれしそうに頷いた。
◆蓮の影
その頃、蓮は誰もいない廃墟に腰を下ろしていた。
昼間は剣も振るわず、訓練にも表向き参加しない。周囲には「のんびり屋の転生者」を演じていた。
だが――誰も見ていない場所では、その表情は一変する。
静かに指先を動かし、地面に小さな魔法陣を描く。そこから漏れる声は低く冷たい。
「……報告。第三段階に移行。半年間、干渉せず。観察続行」
それは“裏側の存在”――“あの人”へと向けられた言葉だった。
蓮は空を仰ぎ、ひとつ息を吐く。
「……けど、本当に何も起きないって保証はないからな。こいつら、思った以上に変わっていく」
彼の瞳がわずかに揺れる。
(……もしかしたら)
胸に芽生えた思いを口にはせず、ただ静かに飲み込んだ。




