第32話 帰還途中の襲撃
視察を終え、一行はリベルノア王国への帰路についていた。
勇者の国での政治的な駆け引き、そして連合国の不穏な空気――グランはそれらを敏感に感じ取り、念のためフェンリルを先行偵察に出していた。
やがて、鋭い念話が彼の脳裏を打つ。
『グラン様、大量の魔物が進路上に待機しています。種類は不明ですが、ただの野生とは思えません。どうなさいますか?』
「……一旦、待機して。こちらで布陣を整える」
即座の判断。
グランは近衛騎士団と宮廷魔道士へ状況を伝えた。
「これより敵との交戦の可能性が高い。王女殿下の護衛を最優先とし、全員、戦闘体勢を整えてくれ」
こはるとセレナにはクレアの傍に立つよう命じ、王女を護る盾とさせる。
ユエとナツ、近衛騎士団と宮廷魔道士、そしてグラン自身は敵地へ向かい、迎撃に備えて進撃を開始した。
◆森の異様
森の中は不自然なほどに静まり返り、濃厚な魔力が空気を震わせていた。
木々の間から姿を現したのは、数十体に及ぶ魔物。
だがそのどれもが、常軌を逸した気配を放つSランク級。
「……妙だな。襲ってこない?」
グランが低く呟く。
ただならぬ緊張のなか、魔物たちの中央からフードを深く被った男が一歩前へ進み出た。
◆狂気の勧誘
「やぁ、君がグランくんかね? 噂は聞いているよ。まさか本当にここまでとは」
男の声音には、不気味なほどの余裕があった。
彼の片手の動きに呼応して、周囲の魔物がわずかに身を震わせる。
「さて……今日は君たちに“選択肢”を与えに来たのさ。私は“あの人”のもとで動いている者。“この世界を正しくする”という理想のためにね」
その言葉に、グランの眉がわずかに動く。
「腐った国々、欺瞞に満ちた連合、貴族たちの欲望……その全てを、あの人は浄化しようとしている。私たちは、その手助けをしているだけさ」
声色は静かだが、言葉には狂気が滲む。
「どうかな? 君たちも、あの人のもとに付かないか? あるいは……ここで、死ぬか」
フードの下からのぞく口元に、狂気じみた笑みが浮かんだ。
◆宣告
「ちなみに、この魔物たちはすべてSランクだ。手加減はしない。あと、第一王女――彼女の命もここで終わらせてもらうよ」
その声音は冷酷で、ゆるぎない確信に満ちていた。
「彼女の死が、“世界改変”の幕開けとなるからね」
その瞬間、森の空気が凍りつき、刃のような緊張感が全員を貫いた。
クレアの護衛に立つこはるとセレナは剣を構え、ユエとナツは即座に魔力を練り上げる。
近衛騎士団と宮廷魔道士も結界と防衛の布陣を整え、グランは静かに剣の柄を握った。
――戦端は、すでに開かれていた。




