第3話 再会 ― 封印の地にて
夜明け。空に薄橙色の光が差し込む頃、グランは再び森へと足を向けていた。だが、目指すのは湖そのものではない――その“奥”である。
この湖には古くから奇妙な言い伝えがあった。
「湖の底には古代の神殿が眠っている」
「水面に映る月は、本物の月とは違う世界の扉」
子供の頃はただの噂だと思っていた。だが、今は確信があった。
「……ここに封印したはずだ。あの二人を――」
湖の岸辺に立ち、静かに手を差し伸べる。
「応えろ……この地を守護せし結界よ。我は主、魔王グラディオンなり」
湖面が音もなく揺れ、光の粒が水中に広がる。やがて中心に黒く深い渦が現れた。
その渦へと足を踏み入れると、空気の膜を破るように、身体は水の中へと吸い込まれていく。
気づけば石造りの長い通路に立っていた。苔むした壁は崩れておらず、足元には燐光が灯り、進むべき道を示していた。
「……まだ結界が生きてる。誰にも触れられてない」
この遺跡は、封印の儀式と同時に築かれたもの。湖の結界に隠され、魔王であるグラディオン以外には入れない仕組みだった。
最奥の石扉の前に立つと、懐かしい気配が扉の向こうから漏れてくる。
「……セレナ、フェンリル……待たせたな」
両手を扉にかざし、名を告げる。
「主が帰還した。封印を解く、目覚めよ――!」
魔力が波打ち、魔方陣が光を放つ。重厚な扉が音を立てて開かれた。
中は静寂の空間。二つの石棺、その中央に刻まれた魔王軍の紋章。
そして――
「……主よ。お戻りになられましたか」
低くも安堵の混じった声。石棺から姿を現したのは、銀灰の毛並みに深紅の瞳を持つ魔狼――フェンリル。
「封印解除に成功したか。……これで、ようやく長い眠りから解放される」
続いて、もうひとつの石棺がゆっくりと開いた。
「ん……まったく、2000年も放置するなんて……どういう神経してるのかしら、グラン」
真紅のドレスを纏い、紅い瞳で微笑む小柄な少女――吸血鬼セレナ。
「セレナ……」
「その目……記憶、戻ったのね」
グランは静かに頷く。
「ようやく、また会えたな」
セレナは笑みを浮かべ、まっすぐ歩み寄った。
「今度は見失わないでよ。もう……封印なんてイヤだから」
フェンリルも姿を抑え、静かに跪く。
「主よ、再びその影に従いましょう。誇り高き魔狼が、道を共に」
グランは二人に告げる。
「まだ力を隠して動く時だ。世界の流れを知り、この2000年で歪んだものを正す……もう一度歩み出すんだ」