第26話 王女殿下護衛・準備編
護衛任務の一週間前。
グランは単身で城を訪れていた。
応接間にはノア国王と近衛騎士団長、そしてギルド長が揃い、重苦しい空気が漂っていた。
「集まってくれて感謝する。今回の王女の視察には、いつも以上の注意が必要だ」
国王の言葉に場が引き締まる。
護衛の中核は近衛騎士団三名と宮廷魔道士二名。いずれも国の誇る実力者であり、その任務の責任は重い。
グランたちのパーティーは後衛に回り、補佐と非常時対応を任されることとなった。
視察の目的は表向きには四季連合国との友好と親睦の確認。
だが実情は――勇者の国から持ちかけられた「王女との婚姻」の真意を探る諜報活動でもあった。
王女殿下自身もそれを理解した上で、この任務に臨むのだ。
グランは余計な言葉を挟まず、任務の流れを確認し、一礼して部屋を後にした。
城を出ると、グランはギルド近くの訓練場へと向かう。
そこにはセレナとこはるが並んでいたが、どこかぎこちない空気が漂っていた。
「セレナ、こはる。話したいことがある。……いや、君たちにも話してほしい」
二人を木陰へ誘ったグランの言葉に、重い沈黙が流れる。
やがて、口を開いたのはセレナだった。
「……あの時、こはるの前であの姿になって、怖がられたんじゃないかって、不安だったの。どんなに強くなれても、こはるに嫌われたら――私は、意味がないって思った」
セレナの震える声に、こはるは俯きながらも答える。
「私も……皆さんが魔族だと知って、最初は頭が混乱しました。でも、それ以上に、今まで仲間として支えてもらったことの方が大きくて……セレナさんに守ってもらったのも、本当に嬉しかった」
こはるは顔を上げ、一歩踏み出す。
「私は、これからもあなたの隣にいたいです。戦いでも、気持ちでも――負けませんから!」
セレナは驚いたように目を見開き、そしてふっと笑った。
「なら、決まりね。恋も戦いも、真正面からぶつかり合いましょ」
二人は手を重ね合い、まっすぐに視線を交わした。
その姿を見つめるグランの口元に、穏やかな微笑みが浮かんでいた。
その夜。
「ただいま戻りました、主様」
落ち着いた声とともにユエが帰還した。変わらぬ礼を尽くす姿は、変化のない安定感を与える。
だが、入れ替わりで去るはずだったなつが、意を決して言葉を放った。
「できれば、もうしばらくここにいたいのです。……ここにいることで、自分が変われる気がするんです」
部屋に一瞬の沈黙が走る。
ユエは少し驚いたように目を細め、やがて頷いた。
「構いません。私も定期的に様子を見に来ます」
グランも了承し、なつは正式にパーティーの一員として残ることになった。
護衛任務の三日前。
王城の庭園にて、グランたちはついに王女殿下と対面を果たす。
王女は十五歳ほどの年頃。長い金髪を上品にまとめたその姿は凛とした美しさを放ち、端正な顔立ちには芯の強さが窺えた。
「グラン殿、学院での一件、そして今回の護衛、心より感謝いたします」
王女は優雅に礼をし、柔らかく微笑む。
「……王女殿下の無事のため、全力を尽くします」
簡潔ながら真摯な返答をするグラン。その姿に王女殿下はさらに顔をほころばせた。
「やはり、お噂通りの冷静さと誠実さ……お会いできて嬉しいですわ」
――どこか、他の女性たちに聞かせるような響きで。
その場でセレナとこはるがぴくりと反応したのは言うまでもない。
帰り道、二人は眉間に皺を寄せていた。
「なんか、さっきの言い方……ちょっと引っかかりませんでした?」
「ええ。……なんか、ライバルが増えた気がするのは気のせいかしら?」
そんな二人を見ながら、なつは小さく息を吐いて呟いた。
「これは……また賑やかになりそうですね」




