第2話 魔王復活
町外れに広がる小さな森――そこには、澄んだ水をたたえる湖があった。
少年グランは、いつものように釣り竿を片手に、湖のほとりに立っていた。
「……今日はなんだか、落ち着かないな」
空は晴れ渡り、風は心地よいはずなのに。胸の奥がざわつく。熱のような、焦燥のような――説明できない違和感が、朝からずっと身体の中で渦巻いていた。
魚の姿は見えず、水面には波紋もない。不思議と鳥のさえずりすら聞こえなかった。
――カサ……カササ……
森の奥、葉の擦れるような音がした。
「……鹿、かな……?」
そう言いながら、背後の草むらに目を向けたそのとき。
ぶわっと、空気が重くなる。湿り気を帯びた冷気が肌を撫でた。
――それは、魔物だった。
角と鋭い牙を持ち、黒い瘴気を纏う四足獣。
その瞳は赤く光り、ただ飢えた獣ではない、明確な“意志”を持ってグランを見ていた。
「……!」
動けない。身体が、恐怖に縛られていた。――この森は安全のはずだった。子供でも入っていいと、町の人も言っていた。なのに、なぜ――なぜこんな奴がここに?
魔物は低く唸りを上げ、前脚を踏み出した。
その瞬間、グランの中の何かが“弾けた”。
「やめろぉぉおおおッ!!」
叫びと共に、彼の足元から黒紫の魔力が噴き出した。
それは炎のように揺らめき、空間を焦がし、魔物へと一直線に走った。
――ドンッ!!
激しい轟音と共に、視界が白く染まる。
熱風が木々をなぎ倒し、湖面が揺れた。空気が震え、土が焼け焦げ、魔物の姿は――塵ひとつ残さず、消えていた。
その場に残ったのは、呆然と立ち尽くす一人の少年。
「な、なんだ今の……俺が、やったのか……?」
自分の手を見つめる。震えている。だが、それは寒さでも恐怖でもない。
「身体が、熱い……心臓が、うるさい……」
意味も分からぬまま、彼は駆け出していた。森を抜け、町を越え、家まで。
玄関を開け、部屋に飛び込むと、そのまま布団にもぐりこんだ。
「俺……どうなっちまったんだ……?」
震える身体を布団で包みながら、目を閉じる。
すると――
――玉座。
――剣と魔法の嵐。
――炎に包まれる王城、そして、静かに輝く転生魔法陣。
脳裏に溢れ出す、知らぬはずの記憶。
それは、かつて“魔王グラディオン”と呼ばれた男の生涯だった。
「……俺は……魔王……だったのか……?」
グランの中で、何かが目を覚ました。
失われた記憶が戻る感覚。名前、顔、声――そして、たった二人の“部下”の存在。
「セレナ……フェンリル……!」
勢いよく布団から飛び起きる。
震えは止まっていた。身体の奥に宿る力を、今ははっきりと感じる。
だが、その覚醒は説明のつかない“神秘”に満ちていた。
まるで誰かに導かれるように――運命の糸が、再び動き始めたかのように。
「行かなくちゃ……あの二人を、迎えに――!」
その夜明け前。
少年は一人、かつての戦場へと足を踏み出すのだった。