第19話 コカトリス討伐戦
森の奥、鬱蒼と茂る木々の間を抜けると、目的地とされた小高い丘が姿を現した。
辺りには鳥のような魔物――コカトリスの羽ばたく音と、低く響く鳴き声が木霊している。
グランたちは周囲を警戒しながら、丘の斜面を慎重に登った。
「いた、あれがコカトリスか」
グランが指さす先に、一体のコカトリスが堂々と羽を広げていた。
「まずは一体、いくわよ!」
セレナが魔弾を放つ。その光弾が空を裂き、戦闘の合図となった。
コカトリスは鋭い嘴を開き、毒混じりの咆哮を放ちながら飛びかかってくる。だが、連携を取ったグランたちの前にその動きはあまりに遅く、剣と魔法の連撃で瞬く間に討ち倒された。
拍子抜けするほどの速さだった。
だが――。
「……あれ? あと二体いるはずじゃ……」
こはるが辺りを見回す。しかし次のコカトリスの気配がどこにも見当たらない。
そのとき、森の奥から不気味な鳴き声が響いた。先ほどのものとは違う、低く凶悪な響き。
「こっちだ!」
グランが駆け出す。仲間たちもすぐに続いた。
たどり着いたのは開けた岩場。
そこでは――一体の巨大な魔物が、倒れたコカトリスを貪っていた。
「……コカトリスじゃない。これは――コカトリス亜種……!?」
セレナが息を呑む。
魔物図鑑によれば、コカトリス亜種はAランク相当の強力な魔物。
だが目の前にいるのは、二体。
「グラン、どうする?」
「……分かれて対応するしかない。ユエ、俺と一緒に右を。セレナ、こはる、左を任せる。フェンリルは町の守りだ。ここで時間はかけられない」
即座の判断に、仲間たちは頷き、それぞれの獲物へと散った。
◆激闘
グランとユエの前に立ちはだかる亜種は、空気を切り裂く羽音を響かせながら猛然と突進してきた。
グランは剣で受け流し、ユエが妖艶な魔法で翼を縛る。だが、その力は凄まじく、鎖のような魔法陣を容易く引きちぎって咆哮を上げた。
「チッ……二千年前よりも強いな」
グランは低く呟き、さらに剣を構える。
一方、セレナとこはるも必死に抗っていた。
コカトリス亜種の爪が、こはるの防具をかすめて裂いた。金属が悲鳴を上げ、こはるは小さく悲鳴を上げながら後退する。膝が震え、息が荒くなる。
それでも――彼女の瞳は、決して逸らされてはいなかった。
(……こわい。でも、あの時……グランさんに、セレナさんに助けてもらった。今度は、私が)
「行きます……!」
小さな声が、決意を伴って響いた瞬間。こはるが再び前へ踏み込もうとしたその時、セレナが横へ滑り込む。
防御結界が張り巡らされ、こはるの目の前に魔力の盾が展開された。
「こはる、あんた、死ぬ気? 傷、まだ癒えてないでしょ」
「でも……私、守ってもらってばかりじゃ……!」
セレナは口元にわずかな笑みを浮かべる。
「頼るのは、甘えじゃない。信じて、背中を預けることよ。――それが“連携”ってもの」
こはるの目が見開かれた。数秒の沈黙の後、ふたりは互いに頷き合う。
「セレナさん……!」
「よし、行こう。“仲間”として。そして、良きライバルとして!」
二人が手をタッチするようにして動き出す。
こはるの剣が風を切り、セレナの魔力が光の檻となって亜種を囲む。
魔力と剣撃のリズムが重なり、まるで舞のように連撃が繰り出される。
さすがのコカトリス亜種も、予想を超えた連携に押されていった。
最後はこはるの渾身の一閃が首筋をとらえ、鮮血が舞う。
ずしん――と大地を揺らし、魔物が崩れ落ちた。
そのとき、二人の背後に影が降り立つ。
「終わったな。……お疲れ様」
振り返れば、グランが静かに立っていた。背後には、すでに討ち倒されたもう一体の亜種の残骸が転がっている。
こはるははっとして言葉を失う。だがセレナがぽんと彼女の背中を叩いた。
「いい戦いだったわよ。ちゃんと、背中を預けられてた」
その言葉に、こはるは顔を赤らめながらも、小さく笑って頷いた。
一方、グランの瞳は鋭さを増していた。
(情報に無かった亜種……それも、この魔力。二千年前よりも強い。……誰かが仕組んでいる?)
遠くに、微かに残る異質な魔力の残滓。
それは、ただの魔物ではなかった。
グランの胸に、またひとつの疑念が芽生えていた。




