第18話 コカトリス討伐前夜
翌朝、グランたちは冒険者ギルドからの連絡で、ギルド内の奥まった会議室へと案内された。そこには数名の幹部らしき人物が待っていた。
「正直に言うとね、初級ダンジョンを一回で踏破したパーティーは、ギルド史上でも片手で数えられるほどだよ」
幹部の一人が苦笑交じりに言う。その言葉に、こはるは驚いたように目を見開いた。
「やっぱり……やりすぎたかも……」
グランは心の中で小さくため息をつく。
「そこで、昇格試験を提案したい。現在、適正とされる試験クエストは……コカトリスの討伐だ。三体確認されていて、近くの村の畑を荒らしている。場所はここから馬車で二日の地点だ」
セレナがうなずく。
「Cランク魔物なら、今の私たちで対応できる範囲ね」
グランはその場で了承し、試験クエストの受諾を決めた。
「出発は明後日。それまでに各自、準備をしてくれ」
仲間たちは真剣な顔で頷いた。
◆馬車の道中
明後日――。
広場に用意された馬車に乗り込む四人と一匹。
揺れる馬車の中で、こはるとセレナは外の景色に興奮し、ユエは静かに本を読んでいた。
窓の外を眺めながら、グランはふと考え込む。
(人間と魔族が共に生きる世界……本当に、それは可能なのだろうか)
この世界には多様な国があり、それぞれに文化と価値観がある。自分たちが「正しい」と思っていることも、他国からすれば「余計なお世話」に過ぎないのかもしれない。
「……難しい顔してるわね」
隣から声がした。セレナだ。
グランが彼女を見ると、セレナは穏やかに微笑んだ。
「何かあれば、私たちを頼って。ね?」
「……ありがとう、セレナ」
小さく微笑み返した時、馬車は夕暮れの森に差し掛かり、一行は野営の準備に取りかかった。
◆夜の語らい
食事を終え、こはるとセレナは先にテントで眠りについた。
夜の静けさの中、見張りをしていたグランのもとへ、ユエが歩み寄ってくる。
「……グラン様」
「……そう呼ぶなって言ってるだろ」
「でも、あなたは魔王。そして私の主。これは変えられない」
ユエは隣に腰を下ろし、夜空を見上げた。
「思い出すわ。私がまだ幼かったころ、セレナちゃんと一緒に、あなたやフェンリルと遊んだこと。……あれが一番幸せな時間だった」
グランは静かに目を閉じる。
「そして、戦の時も思い出す。あなたが四天王を率いて出撃した、あの戦場――」
ユエの言葉に、グランの脳裏に記憶が蘇る。
◆回想――黒竜の咆哮
──「お願いします、命だけは……!」
人間の兵士が泣き叫び、命乞いをしていた。
だが返り血を浴びた黒竜はその叫びを無視し、巨大な爪を振り下ろす。
冷酷に、機械のように、兵士たちは一掃されていった。
「こちらがやらねば、いずれ魔族が滅ぼされる……」
魔王グラディオンが黒く大きな翼を広げ、空へと舞い上がる。
その姿はまさしく“破壊と恐怖”の象徴だった。
「……確かに、私は“残虐”だったかもしれない」
グランは静かに語った。
「でも、私たちはそんなあなたが帰ってきて、本当に嬉しかった。たとえ恐れられる魔王でも、私たちの“主”はあなただけだから」
ユエの声には一片の迷いもなかった。
グランは焚き火の揺らめきの中で彼女を見つめる。
「それで……こはるには、いつ真実を?」
グランはわずかに口元を歪めた。
「時が来たら……彼女がすべてを受け止められるその時に」
「そう。……こはるちゃんなら、きっと受け止めてくれる」
ユエは微笑み、静かに立ち上がる。
「おやすみなさい、グラン様」
グランは結界を張り終えると、夜の闇へと身を沈めた。
その胸には、過去の重さと未来への不安、そしてかすかな希望が渦巻いていた――。




