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第11話 学院卒業式襲撃事件

学院卒業式の前夜。

裏門にほど近い地下通路で、仮面を被った男がワインを口にしていた。

「あの人」と呼ばれる者――素顔を隠し、神の声を代弁するかのように振る舞う存在。

その前に、黒装束の女が跪く。組織の司令役であり、作戦の実質的な指揮を任された者だった。

「あの人」はゆったりとグラスを揺らしながら告げる。

「明日は学院に王が来る。ならば、動くのに相応しい日だ……平和に慣れきった愚か者どもに、戦乱の美しさを思い出させてやれ」

「……かしこまりました。神の意思のままに」

女は深々と頭を垂れる。

男は静かに笑った。

(平和? 民の幸せ? そんなものは退屈でしかない……。飢え、争い、嫉妬、裏切り――その混沌こそが、人を進化させるのだ)

彼の思想は狂気そのものだった。世界を再び混沌に沈め、自らを「神」として崇める国家を創り出す。その第一歩こそ、学院の制圧である。


◆爆発と襲撃

翌日、学院中庭――卒業式。

王が壇上に上がり、挨拶を述べようとしたその瞬間。

轟音が鳴り響き、中庭の一角が吹き飛んだ。

土煙と瓦礫の中から、漆黒の装束を纏った男が姿を現す。狂気を宿した瞳は血走り、全身からは圧倒的な闘争心があふれ出していた。

「グラン=アイン……貴様と戦いたかった。神の導きに従い、俺は力を手に入れた。悪魔との契約によりなぁッ!」

次の瞬間、黒きオーラが彼を覆い、筋肉が爆発するように膨張する。瞳は真紅に染まり、牙がのぞく。魂と引き換えに力を得る、禁忌の儀式――悪魔の契約。

セレナが鋭く目を細めた。

「グラン、奴……尋常じゃない。気をつけて」

「……ああ。でも、思ったよりつまらない戦いになりそうだ」

グランの声は静かだった。

雄叫びと共に、工作員が襲いかかる。振り下ろされた拳は空気を裂き、石畳を粉砕する。

だが、グランはわずかに身をひねっただけで衝撃を受け流し、紙のように無力化した。

「な……なぜだ!? この力が……ギリギリの命の火花を感じたいのに……っ!」

グランは淡々と告げる。

「俺はまだ、本気の一割も出してないよ」

その瞬間、背後に潜んでいた悪魔の表情が凍りついた。

「……貴様……まさか……」

女の声が震える。

「その気配……嘘でしょう……あなたは……魔王の……転生体……!」

悪魔は一歩、二歩と後退し、恐怖に駆られたように首を振った。

「いや……契約は破棄するわ。貴方の魂なんて、もう欲しくない……」

工作員が叫ぶ。

「待て、まだ力を――!」

だが悪魔は彼を振り払い、グランに向かってしなやかに微笑んだ。

「……主よ。久しぶりに、その気配を感じました。おかえりなさいませ……」

耳元に甘やかに囁くと、悪魔は黒き霧となって消え去る。行き先は元魔王国――まるで帰郷するかのように。

力を失った工作員は、その場で護衛騎士団に押さえ込まれた。


◆組織の崩壊

「計画が……破られた……!」

「なぜだ!? 神の声は絶対だったはず……!」

狼狽する他の工作員たちを、学院教師たちが次々と制圧してゆく。

その頃、学院の外れの林道。司令役の女が静かに事態を見届けていた。

「……使えない者たちめ。全て計画通りとはいかなかったか。やはり“あの人”の理想に近づくにはまだ……」

しかし、その言葉は最後まで続かなかった。

「……遅いな」

背後から低い声が響く。振り返れば、優雅に尻尾を揺らす魔狼フェンリルが立っていた。

「っ……!」

司令役は逃げ出そうとするが、フェンリルの一撃が彼女の魔力を封じ、その身体を拘束した。

「私はただの駒……“あの人”の理想を実現するための……駒に過ぎないのに……!」

「ならば、おとなしく盤上から退いてもらおう」

フェンリルの金色の瞳が、冷ややかに女を射抜いた。


◆教頭の正体

学院の騒動が収まり始めたころ、こはるが眉をひそめて呟いた。

「――この人、怪しい」

指差した先にいたのは、学院の教頭だった。

「……こはる、どういうことだ?」

グランが尋ねる。

「……ずっと見てた。おかしいと思ったの。まるでこれが起きる事を知ってたように笑ってた」

セレナが目を見開く。

「まさか、教頭が“あの人”……!?」

フェンリルが前に出て低く告げた。

「お見事。だが勘ではない。実は、我らは教頭の正体にすでに気づいていた。お前の動き……ずっと観察していたぞ」

拘束された司令役の女は、愕然とした表情を浮かべる。

「まさか……“あの人”が……この男だったなんて……」

グランたちはすでに全てを掌握していた。

ただ一つ、悪魔との契約だけは想定外だったが――それすらも覆し、勝利を収めたのだ。


学院は再び平穏を取り戻した。

王は無事で、卒業式は延期となったが、生徒たちは無事に巣立っていった。

そして、その裏で静かに事件を収束させたグランたち。

――彼らの真の旅は、いま始まろうとしていた


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