第104話 グランと使い人 ― 最後の決着
グランの初撃は、ただの拳だった。
だが竜神族へと覚醒したその力は、雷鳴のような衝撃を伴って炸裂し、使い人を遠くへ吹き飛ばした
「……これが、あなたの覚醒ですか」
倒れながらも立ち上がる使い人の眼は、むしろ楽しげに輝いていた。
「面白い。では、私も全力で行かせてもらいます」
次の瞬間、全身から凄まじい闘気が噴き上がる。
纏った剣閃は空間そのものを切り裂き、大地が悲鳴を上げるかのように震えた。
■凄絶な激突
拳と剣がぶつかり合い、空気が爆ぜる。
轟音は空を裂き、余波は戦場を超えて遠くの国々にまで伝わっていった。
人々は空を仰ぎ、その振動にただ息を呑む。
「はぁあああああっ!」
グランの咆哮が響き、拳が閃光のごとく走る。
「ふんっ!」
使い人の剣が応じ、衝突のたびに地が割れ、天空に雷鳴が轟いた。
だが次第に天秤は傾く。
押されるのは――使い人だった。
鋭い眼差しのまま後退を余儀なくされる一方、グランも呼吸は荒く、その身は限界に近づいていた。
互いに理解する。
「……もう、持たないな」
「次の一撃で決まる」
■最後の一撃
叫びと共に、二人は渾身の力を解き放った。
竜神族の黒き咆哮と、剣聖の加護を極めた闇の斬撃。
空を裂き、大地を砕き、世界そのものを震わせた一撃が交錯し――
一瞬の沈黙が訪れる。
最後に立っていたのは、グランだった。
その足元に、血を流して倒れる使い人の姿があった。
■使い人の記憶
幼き日の記憶が、走馬灯のように蘇る。
――兄が生まれて二年後、父は母を置き去りにして姿を消した。
「所詮は遊びだったのだろう」
それでも母は笑顔を絶やさず、自分を育ててくれた。
粗末な食事も、灯火の下で過ごす夜も、温かく幸せだった。
だがその幸せは唐突に奪われる。
父が戻り、苛立ちを母にぶつけ、無惨に斬り捨てたのだ。理由は――ただの賭博の腹いせ。
泣き叫ぶ幼子を、父は奴隷商人に売り渡した。
暗く冷たい日々。与えられるのは暴力だけ。
ただ、恨みだけが心を支えた。
やがて体の奥底から「剣聖の加護」が目覚めた。
鎖を断ち切り、闇の山へと逃げ込み、復讐のために剣を振り続けた。
感情は次第に凍りつき、哀れみさえ失っていった。
「感情があるから人は人を傷つける。ならば感情など不要だ」
その確信こそが、彼を突き動かした。
父は酒に溺れ、いつの間にか死んだと聞いた。
その知らせを聞いた時、流したくなかったはずの涙が、頬を濡らした。
「なぜ……消したはずの感情が……」
心の奥で、最後の叫びが響く。
■終焉
使い人はかすれ声を絞り出した。
「……結局、世界は……お前たちを選んだ……」
その言葉を遺し、瞳から光が消えた。
彼の願いも、憎しみも、誰にも報われぬまま――。
戦場に静寂が訪れる。
グランは深く息を吐き、ゆっくりと人間の姿へと戻った。
その背に宿るのは、勝者の誇りではなく、重い哀しみと決意だった。




