第10話 歴史の講義
陽光が斜めに差し込む教室の中、生徒たちは静かに席についた。
卒業を目前に控えた最後の授業――それは「この世界の歴史」を振り返る総復習であった。
教師が黒板に大きく文字を書く。
『魔王戦争と大陸再編史』
「では皆さん。今日は“この世界がどう平和を得たのか”――歴史の核心を、最後に確認しておきましょう」
教師の声が静まり返った教室に響いた。
「今からちょうど二千年前。世界は、恐るべき存在――“魔王グラディオン”によって支配されかけていました」
(まるで悪の象徴みたいだな……)
グランは心の中で小さく呟いた。
「魔王の軍勢は強大で、人類の各国は次々と陥落。人類滅亡の危機が迫る中、七人の英雄たちが立ち上がります」
生徒たちは一斉に身を乗り出す。
「彼らこそが、“七英雄”と呼ばれる存在――すなわち、《勇者パーティー》の四人と、《大賢者》、《剣聖》、そして《転生者》です」
黒板に書き出されていく英雄たちの名。
【勇者パーティー】
・勇者リオネル:神剣を授かりし光の戦士
・魔道士カミル:全属性を操る万象の魔術師
・タンク(重装兵)バルガン:盾の壁となる鉄壁の守護者
・聖者リリア:奇跡をもたらす神託の巫女
【個別の英雄たち】
・剣聖カイゼル:すべてを断つ究極の剣技“翔断流”の使い手
・大賢者セレフィア:歴史を紡ぎし千の叡智の導き手
・転生者《名は不明》:神より異世界から召喚されし、万能の天才
「名前だけ立派ね」
セレナが小声で皮肉を漏らす。
「この七名が力を合わせ、幾度もの死闘を乗り越え、ついに魔王軍を追い詰め――玉座の間で最後の戦いが行われました」
(……あの場にいたのは、確かに全員だった。けど……)
グランの胸中に、記憶がちらつく。
「魔王は討たれ、世界に平和が戻ったのです。これが、“魔王戦争”の結末です」
教師は続けて、大陸の図を黒板に描いた。
「その後、大陸は七名の英雄によって再編されました。勇者パーティーの四人は、それぞれ領地を与えられ、今の《四季連合国》の礎を築きました。特に魔道士の末裔たちが作った国は、魔法研究に長けた学術国家として知られています」
「先生、大賢者の国はどこなんですか?」
生徒の一人が手を挙げて尋ねる。
「我が国です。この国は大賢者セレフィアが、戦後の混乱と魔族への差別を正すため、かつての独裁政から民の声を反映する統治へと改革した“平和と理性”の国家です。そして――**この国の北に存在するのが、魔王グラディオンがかつて治めていた“元魔王国”**です。今は“魔の地”とされ、封鎖されて久しいですが……」
「へぇ〜」
生徒たちの感嘆が広がる。
「……ただし。勇者たちの名声に陰りがないわけではありません。連合国は各国の威信争いが絶えず、冒険者への過剰な負担、税制の偏り、内部の腐敗など、様々な問題を抱えています」
「一方、剣聖の末裔は現在、北方の軍事国家“ゼルマール”の騎士団幹部としてその剣技を継承しているとも言われています。この国は極端な軍備拡張と独裁政が続いており、平和とは程遠い状態です」
(……その国のさらに北に、封じられた“元魔王国”がある。表向きは閉ざされた“魔の地”として……)
グランは胸中で呟く。
「そして、転生者について。名も姿も記録されていませんが、魔王討伐における貢献は非常に大きく、“神の意志”として語り継がれています。転生者は、英雄の中でも特別な存在だったのでしょう」
「本当に大切なことは、記録されずに消された。……そういうことね」
セレナが紅い瞳を伏せ、小さく呟いた。
「以上が、我が世界の歴史の流れです。これから旅立つ皆さんにとって、“この歴史”が何を意味するか――それは、いつか自身の目で確かめてください」
静かにチャイムが鳴り、授業は終わりを告げる。
(すべてが過去の話として語られる世界で……本当の物語は、まだ始まったばかりだ)
グランの心には、静かな決意が芽生えていた。




