⑵ 深夜ハイウェイバス
★序章の(1) 深夜ハイウェイバス
「休暇願い」を妻に出して、夜行バスに乗った。スマホも置いてきた。
休暇は四日間だ。
会社には、有給休暇届けを出している。
闇を切り裂くヘッドライトに先導されて、バスは走っていく
。切羽史郎は深夜ハイウェイバスに体を委ねていた。
目指すはあの〈聲〉に誘われたところだ。
スリーピングシートで目覚める頃、黒墨色に沈む田舎の町並みが、
白ずみはじめた高層ビル街にとって代わる。
もの憂げに頭をもたげる獣たちのような光景で、朝は始まる。
西九州の隅っこの市を二十時半に出発、翌朝六時十分梅田に到着。
史郎は、ハイウェイでの途中休憩にも立ち上がらず、
ただひたすらスリーピングシートに沈み込んでいた。
バスの扉を開けると、澄んだ夜明けにはほど遠い喧噪と、
獣臭さが漂う生ぬるい風に見舞われる。これが大阪の臭いだ。
今ごろ妻は、明け方の光がカーテン越しに揺れるテーブルで、
トーストを焼いているころだ。
深緑色のキウイ・ジャムをパンに塗りながら彼女は、
「休暇願い」に目を落とす。
一筆箋に、「四日間だけ大阪に行ってきます。六十五歳の一人旅、
ご心配なく。史郎」とだけ記してきた。
それらしき伏線を敷くように漏らしていたので
、驚いてはいないだろう。
今日は水曜日、彼女は昼から、公民館での「フラダンス教室」に、
いつものように出かけることだろう。
「あなた、フラダンスはコレストロール対策にもいいのよぉ」
と言いながら通っていた。揺らすお腹から
、悪玉コレストロールや高血糖が蒸発してゆくと思うだけでも、
楽しいのかもしれない。
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