ちょっとそこまでお願いします
※これは意味が分かると怖い話です。
後書きにて解説っぽいヒントがあります。
今は深夜一時。やっと仕事から解放されたところだ。
最近は残業続きで嫌になってしまう。 だが、給料はその分もらえる会社だ。
働いた分だけ給料がもらえるのは当然だが、サービス残業として払わない会社もあるらしい。 俺の会社がいわゆるブラック企業じゃなくて心底よかったと思える。
会社から出ようとすると雨が降っていた。 それも土砂降りの雨だ。
傘は持っているが、この雨だと壊れてもおかしくないだろう。
通勤は電車か徒歩のどちらかだ。
流石に徒歩で帰るには無理がある雨だし、電車はもう終電の時間だ。間に合わない。
そうなるとタクシーで帰るしかなくなる。
金はかかるがいつも厳しい環境で働いているんだ。 今日くらいはいいだろう。
そう考えていると数メートル先にタクシーが止まっていた。
よく見ると空車であった。 なんと運がいいことだ。
俺はそのタクシーのドアを開けた。
「すみません。 自宅までお願いしたいのですが。」
「......はい。 構いませんよ。 どうぞお乗りください。」
中に座っていた運転手は少し異質な雰囲気を漂わせていた。
見た目はよくいる運転手だ。 だが、声色と言うか、こちらを見る目と言うか、どう表現すればいいかわからないが、とにかく異質だった。
「ありがとうございます。 自宅の住所ですが......」
「はい。かしこまりました。」
俺が自宅の住所を言う前にタクシーは走り出してしまった。
この運転手とは初対面である。 俺の自宅の住所は知らないはずだが......
「すみません。 まだ住所を言ってないのですが......」
「いやはやまさかこんなにも雨が降るとは思いませんでしたね。 まぁ私どもはその分仕事が増えてうれしいのですがね。」
「は、はぁ......そうですか......」
運転手はこちらの話をまるで聞かず話し始めた。
「近頃はアナタ様のように帰られるのが遅い方が多いんですよね。 皆様色々と事情があるのはわかりますが、気を付けていただきたいものです。」
「しょうがないんじゃないですかね。 夜遅くまで働かないと仕事が終わりませんし、家庭のために頑張らないといけない人も多いですからね。」
「そうですね。 この辺りは食事処は多いと思いますよ。 何なら一度食事を済まされてからお送りいたしましょうか?」
「え、ええ? いや、大丈夫ですよ。 早く帰りたいので住所を言いますから送っていただきたいんですが......」
「なるほど。かしこまりました。」
「あ、理解していただけましたか。 では......」
「今日ですか? 今日お送りするのは初めてですよ。 意外とほかの方に仕事をとられてしまいましてね。はははっ......」
なぜだろうか。話が全くかみ合わない。
途中話をやっと聞いてくれたと思っても次に話すのは全く関係のない話題だ。
この違和感はいったい何なんだ......? 何かよくない気がする。
直感でそう感じた俺は途中で下ろしてもらうことにした。
「あの、申し訳ないのですがこの辺りで下ろしていただけますか?」
「あとそうですね......10分ほどで着くと思いますよ。 安心してください。私が道を間違えることは決してありませんので。」
そういって運転手はスピードを上げた。
いきなりのことで椅子の背もたれに体を打ち付けてしまった。
体は少し痛むが、そんなことは気にしていられない。
運転手から、逃がすつもりはないと言われているような気がした。
「ああ、失礼いたしました。 車道がすいていたので少しスピードを上げてしまいました。でも、早く帰りたいのでしたよね?」
「え? やっぱり聞こえないふりをしていただけなんですか?」
「まったく......早く帰りたいのならこんな時間までここにいてはダメではないですか。 帰れなくなったらどうするつもりなのですか?」
「それは仕事が長引いたから仕方なかったんです。 俺だって定時で帰れるならとっくに帰ってますよ。」
「そうですか......」
そういって会話は途切れてしまった。 車内は静寂が訪れ、ラジオなどもついていないため、雨音だけがBGMとして流れている。
もうこうなれば運転手に任せるしかないだろう。
逃げようとすればスピードを上げられるだけだ。
どこへ向かっているかは見当もつかないが、無事に帰れることを祈るしかない。
「着きましたよ。お疲れ様でございました。」
タクシーが止まった。 どうやら目的地に着いたらしい。
着いた場所は墓地であった。
おびただしい数の墓があり、すべてを見渡すことは叶わない。
「ど、どうしてこんなところに連れてきたのですか?」
俺はたまらず運転手に問いかける。
「お代は結構です。 帰られてからお支払いただければ。」
「お代なんて払うわけないだろ! どうして墓地に連れてきたか聞いてるんだよ!」
「それでは......私はここで失礼いたします。」
運転手は何も答えずその場をあとにしようとしている。
「おい!待て!」
俺は運転手を引き留めようと、肩をつかもうとしたが......
その手は肩をとらえることはできず空ぶってしまった。
そして運転手はタクシーを走らせ、帰ってしまった。
俺はその場に立ち尽くすしかなかった。
何も考えれない。 何をすればいいのかわからない。
ただ確かなことは......雨が強く振り続けていることだけだ......
解説っぽいヒント
・彼は生きていますか?死んでいますか?
(なぜ会話かみ合わないのでしょうか。 何か合わせたらいけない理由でもあるのでしょうか。)