真実
嘉月は資料室の中に入った。左右に本棚があり、真ん中にはタッチパネルとスクリーンのついたデスクが四箇所ある。そして、その一箇所にダズが座っていた。
嘉月が入ってきたのに気がついたらダズは立ち上がった。
「……やっときたか」
「もしかして、待たせちゃってたぁ?」
「気にするな。マスターからの指示だ」
「指示?」
「ああ。お主にデータベースの使い方を教えて、この世界についての質問に答えてやれと指示された」
「そうだったんだぁ。あ……そういえば初対面の時に武器向けてごめんね」
「気にするな。お主は過去からきたんだろう。だとすれば、当然の反応だ」
すると、ダズは近くのデスクに座るよう促した。
デスクに座ると、モニターにはパソコンの画面のようなものが映し出されていた。操作はタッチパネルでできるようだ。
ダズに一通り操作方法を教えてもらったが、だいたいパソコンの操作と同じであったので、すんなり覚えることができた。
「ここから色々調べられるが……先に、この世界について説明しよう」
ダズはとあるフォルダを選択した。そこには、次のようなタイトルがまとめられていた。
・暗蝕地
・暗蝕生物
・世界全体
・フロンティアベース
ダズは上から順に説明していった。
まず、暗蝕地について。暗蝕は侵蝕によりどんどん拡大していく。場所によって暗蝕度は異なるようだ。暗蝕された土地を暗蝕地と呼ぶ。暗蝕地では生物は生きることができない。動物から植物まで例外なくとのことだ。また、死骸などは直ちに暗蝕地に吸収される。
次に、暗蝕生物について。暗蝕生物は、暗蝕地で生まれた独自の生物であり、既存の生物の枠組みから外れた存在である。生物を襲う習性がある。代表例として、今日倒したやつの画像が載せられている。他の種類もいるらしいが、現状観測できていない。暗蝕地以外では、生きていけないらしい。
次に世界全体にについて。暗蝕地は世界全体で広がっており、暗蝕を免れている場所はフロンティアベース周辺だけかもしれないとのことだ。暗蝕地
が広がっていることから、他の場所がどのようなっているかは定かではない。しかし、全てが暗蝕地となっている可能性は高いだろう。
最後にフロンティアベースについて。フロンティアベースには生活していけるだけの機能が備わっている。フロンティアベースの全てはマスターシステムにより管理されている。また、フロンティアベースの周辺は暗蝕の影響を受けない。フロンティアベースの動力源は暗蝕生物を倒したときに得られるエネルギーであり、週一回のペースで補給しなければならない。
「とまぁ、こんな感じだ」
「ん〜……肝心なところが載ってない気がするんですけどぉ」
「仕方ないことだ。後はお主の好きなように調べるとよい」
「あっ、質問質問!」
「なんだ?」
「今って、3054年3月23日だよね。それで、ここにいるのはダズ達四人だけなんだよね」
「そうだ」
「だったら、ダズ達っていつから生きてるの?」
「もう覚えていないな。少なくとも500年前くらいかもしれんな」
「……え?」
嘉月はフリーズした。そして少しして、深呼吸した。いちいち叫んでいては体力がもたない。
「ダズ達って……人間?」
「そうだ……少なともわしらはそう思っている」
嘉月は嘉月の中での人間の特徴を話した。寿命、食生活等、様々に。ダズはそれを黙って聞いていた。
「……という認識なんだけどぉ」
「……そうか。お主がそう言うのならそうなのだろう」
「やっぱり違うの?」
「儂らは過去についてまったく知らんからな。本来の人間がどうであったかも知らんのだ」
「私の言葉は信じてくれるんだ」
「ああ。マスターもさっきお主が過去から来たと認めていた」
「ああ……マスターねぇ」
嘉月はマスターシステムというワードを聞いているうちに、ある疑問に至った。
「ねぇ……もし、マスターが私のことを殺せと命令したら、私のことを殺す?」
それを聞いて、ダズは考えこんだ。
「……お主が害をなすと思えば殺すだろう。だが、殺すときはわしが納得した時だけだ」
「逆らってもいいの?」
「……さっき、何故お主の言葉を信じるかといったな。マスターが言うのもあるが、一番の理由は……お主が嘘をつくような人物でないとワシが思ったからだ」
「そう思ってくれてたんだぁ」
嘉月は嬉しそうに笑って見せる。
「他のやつも一緒だろうよ。皆、お主のことを気に入っておるだろう」
「そう言われると照れるなぁ」
そんな話をしていると、ダズの腕のミニ端末が少し光る。
「……マスターが、1階へ行けといっているようだ。ワシはここで失礼しよう。お主は好きに調べると良い」
ダズはそう言って、資料室を後にした。
嘉月は引き続き資料室に残り、さらに情報を調べることにした。先程の情報は簡単なことしか載っていない。それに、ダズも何かを隠している様子はなかった。つまり、本当に情報がないのか、あるいは埋もれているかのどちらかだ。
嘉月がタッチパネルを操作しようとした瞬間、スクリーンにメッセージが表示された。その内容はこうだ。
『非公開の情報を君にだけ公開しよう』
そして、そのメッセージとともに新たなフォルダが現れた。
突然こんなメッセージがでたら誰でも警戒するだろう。しかし、嘉月にはそのフォルダを開く以外の選択肢はなかった。
フォルダを開くと、先程と似たようなタイトルのものが含まれていた。
・暗蝕地
・暗蝕生物の原理
・世界の現状
・フロンティアベースの仕組み
嘉月は上から順に開いていった。
まず、暗蝕地について。暗蝕度に差があるのは、暗蝕の根源からの距離と経過時間による。この辺りには暗蝕の根源がないため、比較的動きやすいようだ。また、暗蝕地を元に戻す方法はないとは言い切れないが、現状のままだと不可能に近いとのことだ。
次に、暗蝕生物の原理について。暗蝕生物は多くの種類がいる。しかし、暗蝕生物の行動原理は共通している。生物からエネルギーを吸い取ることだ。しかも吸い取ったエネルギーは減ることがない可能性が高い。それは、人類が滅んで何百年も経つのに暗蝕生物が大量にいることから推測できる。
次に、世界の現状について。暗蝕はフロンティアベース以外の全てを侵蝕し尽くし、人類は愚か、元来の地球上の生物は滅んだ。つまり、ここが最後の拠点ということになる。
最後に、フロンティアベースの仕組みについて。フロンティアベースは暗蝕生物が生物から奪い取ったエネルギーを取り返すことにより稼働し続けている。このエネルギーは、あらゆるものに対して利用可能だ。また、フロンティアベース周辺だけが暗蝕の影響を受けていないのは、フロンティアベースが元来からもつエネルギーによるものだと考えられる。しかし、その原理はわかっていない。
以上が書かれていた内容だった。嘉月は少し息を吐くと、情報を整理した。
これらの情報が全て正しいと仮定する。すると、3054年3月23日現在、人類は滅んでいる。そして、暗蝕地を元に戻す方法はあるかもしれないが、現状のままではどうすることもできない。そして、フロンティアベースには暗蝕の影響を受けない不思議な力があるということだ。
確かに、この世界の現状についてはより詳細に知ることができた。しかし、一番大事なのは情報が載っていない。それは、嘉月がなぜ未来は転移させられたのか、それと過去への帰り方だ。
「はぁ……どうすればいいんだろぉ」
嘉月がそう言ってため息をついたときだった。スクリーンに新たなメッセージが表示された。
『この世界を救う方法があるとしたら、命を賭けられるか?』
ご丁寧に、メッセージの下に返信欄が用意されている。嘉月は突然のメッセージに困惑したが、すぐに返信欄にメッセージを打ち込んだ。
『死なないなら、興味はある』
すると、すぐにメッセージが表示された。
『その部屋の右奥の床にカードキーを用意した。それで、3階の中央の柱にかざせ。そうすれば、上の階へ行ける。そこで全てを教えよう』
このメッセージを見た直後、部屋の右奥でカタッと音がした。右奥の床を見てみると、床が少し浮いている。開けてみると、そこにはカードキーが入っていた。
嘉月はそこからカードキーを拾い上げた。
「なんか怖いけど……行くしかないよね!」
嘉月は気合いを入れなおすと、そのまま3階中央の柱の下に行き、カードキーをかざした。
すると、突如として扉があらわれそれが開くと、中にリフトのようなものが現れた。そして、内側には上へと向かうボタンがついている。恐らくエレベーターなのだろう。
嘉月はそれに乗り込み、ボタンを押した。するとリフトは上昇し始めた。リフトにはご丁寧に今の階数が表示されており、その表示が8階になるころにリフトは止まり、扉が開いた。
そこには真っ直ぐ伸びる白い廊下があった。嘉月はそこを進んで行った。すると、突き当たりには、弧を描く壁があり、右側に上へと続く螺旋階段があった。
嘉月は一段ずつそれを登った。そして、登り切った先にあったのはとても広い円状の部屋だ。天井も壁もガラス張りで、上には夜空が見える。逆にそれ以外は何もない部屋だ。外から見たとき、フロンティアベースには筒状のものが伸びているのが見えたが、ここがそれの最上階なのだろう。
そして、その部屋の中央には黒いコートに身を纏った男が立っていた。黒い髪をしており、見た目からして年齢は25歳手前くらいだろうか。
男は嘉月の姿を見ると口を開いた。
「待っていたよ、宮野嘉月」
その男は独特の雰囲気を放っていた。敵意でもなく、かといって友好的でもない。宮野は警戒しつつ近づいた。
「あなたは?」
「俺のことはハルと呼んでくれ。でも、皆からはマスターと呼ばれているんだけけどね」
「マスター……マスターシステム」
「その通り、俺はマスターシステムの本体。このフロンティアベースの全てを管理している」
ハルは笑みを浮かべながら淡々と話している。
「ねぇ、私をここに呼んだ目的はなんなの?」
「ここというのは、この世界という意味か?」
それを聞いて、嘉月は確信した。自分をこの世界へ呼び出したのが、このマスターシステム、ハルであると。