転移
21世紀中頃、科学技術は益々の発展を遂げていた。
人類が発展への道のりを進むなか、22歳という若さで大学教授となっている人物がいた。
彼女の名は、宮野嘉月。白いスーツをラフに着こなしており、髪は少し短めで、薄いピンクをしている。
研究分野は物理であり、物理を中心に科学方面への才能を発揮していた。
そんなある日、嘉月は大学で講義をしていた。今日の講義は真面目に理論を話するというよりは、自分の研究分野の簡単な紹介をするといったものであった。
嘉月は、自然に起きている現象は、実際にはどのようなことが起きているのか、いかに定量化し研究しているのかといったことを話した。
その中で、怪現象とされていたポルターガイストなどの事例も挙げ、それも簡単に科学的理由を説明した。
嘉月はその際、学生の様子を観察した。科学的理由を熱心に聞く学生はいるものの、怪現象は科学的に説明できて当然といったような雰囲気であった。
そのまま何事もなく講義は進んだ。
そして、講義終了5分前。
「じゃあ、話はこれで終わり! 出席確認として、簡単で良いから答え書いて、前に出してから帰ってねぇ」
学生達は、あらかじめ渡されていた、簡単な問いの書かれた紙を記入し、前に出して帰って行った。
特に質問してくる学生もいなかったので、嘉月はそのまま紙を回収して、研究室に戻った。
荷物をデスクに置き、椅子に座るなり、嘉月は提出された学生達の解答に目を通した。
出席がわりの問題として、講義の内容を聞いていれば一言で答えられるような簡単な設問の他に、アンケートととして、一つの質問を設けていた。
『あなたはオカルトを信じますか?』
学生の答えは、皆、”いいえ” であった。
理由としては、すべての現象は科学で説明できるから、非科学的だからといったものがほとんどであった。
「非科学的なものにこそ、新たな発見があるんだけどなぁ」
嘉月は少しため息をついて、それらを机に置いた。
この学生達ように、今の時代にオカルトを信じるものはほとんどいない。この時代に科学で説明できないことなどないに等しいのだから。21世紀初頭ですら、大体の怪現象と言われるようなものに対する科学的説明はされていたのだから、更に科学が発展した今では当然のことであった。
しかし、嘉月はその時代の流れに反し、オカルトに対する研究を熱心に行っていた。表に出せば、変な人と思われるため、嘉月はオカルトの研究をしているとは公にはしていない。
物理学の教授となっているのも、オカルトを研究する過程で、科学的な事象についても研究しているうちに、気がついたらなっていたという理由である。
いずれオカルトは科学に内包されるのか、はたまた排反的立ち位置を確立するのか、嘉月にはわからなかった。けれど、嘉月の目標は、科学とオカルトの融合であった。
そして、嘉月は実際に非科学的な現象と科学技術を融合させた成果を挙げていた。
それは、心のエネルギーの抽出である。
嘉月はオカルトの多くは人間の思いや感情、気持に起因していると考え、多くの怪現象の事案から、実際にそれらに対して、何らかのエネルギーが存在しているとい推測した。
そして嘉月は自分の体を使い、実際に自分の心のエネルギーを取り出すことに成功した。
公にはしていないが、嘉月は心のエネルギーの存在を証明したことになる。その心のエネルギーについての理論に対し、嘉月は勝手に嘉月理論と名付けている。
だが、その性質についてはほとんどわかっていない。どのような変化を起こすのか、残留するのか、というように、まだまだ調べるべきことが山ほどある。
そして、嘉月には昔から今にかけてずっと取り組んでいることがある。それは、暗蝕とよばれる謎の侵蝕を食い止めることである。その謎の侵蝕を見つけたのは、まだ嘉月が幼いときのことだった。
故郷の離島には、聖域として崇められている森が存在していた。そして、幼い嘉月はその森に迷い込んだ。
迷い込んだ先で嘉月が見たのは、とても神秘的な光景だった。不思議な感覚を覚えさせる大樹に、小さな泉、周りには花が綺麗に咲いている。この空間だけが周りと別の世界であるかのようであった。
そんななか、小さな泉の傍にたっている人がいた。見た目からして女性だろうか。白と水色を基調としたローブのような服を着ている。
その女性はこちらを振り返るとニコリと微笑んだ。その姿はまるで女神様のようだと幼い嘉月は思った。
その女性は、その場所を案内してくれた。こんな綺麗な場所があったなんたと、幼い嘉月は興奮気味であった。
しかし、大樹の中へと案内されたとき、目に入ってきたのは、禍々しい色をした地面にそこから立ち上る濁った霧のようなものであった。
その女性は、この現象を暗蝕と呼んでいた。暗蝕は名前の通り大地を侵蝕していく。暗蝕を受けた場所は、あらゆる生物が生きていける環境ではなくなってしまうとのことだってた。
その女性曰く、暗蝕を受けた場所を元に戻す方法はないらしい。そして、その女性は長年の間、この場所でそれを抑え込んでいたのだった。
そのことを知った幼い嘉月は、その女性にこう答えた。
私が綺麗な場所にしてみせる、と。
このことが、今の嘉月の原点となっている。
嘉月はそれからちょくちょくと、その女性のいる場所へ顔を出し、暗蝕の研究をしている。
嘉月はその場所に通うなかで、その女性と仲良くなっていった。その過程でわかったことがある。その女性は、長年この場所に居ており、名前も覚えていない。歳をとることもなく、この場所から出ることもできない。その女性が言うには、この場所で暗蝕を抑えることが私の使命だとのことだった。
また、暗蝕について嘉月が調べたところ、やはりそれは科学で説明できるものではなかった。現在でも、心のエネルギーが関係してるかもぐらいにしかわかっていない。
こうした経緯から、彼女は科学とオカルトの研究を熱心に行なっていたのだった。
しばらくして、嘉月は今日やるべき仕事を終えた。その頃には外はもう暗くなっていた。
「はぁ、何でこんなこと私がやんないといけないんだろぉ……でも、明日は休み! やっと、気になってた場所にいける!」
嘉月はそう言って自分を鼓舞した。明日は自分の研究のため、とある山奥にいくことを計画していたのだ。
嘉月は、いつも通り手製の武器をポケットに入れ、簡単に荷物をまとめると研究室を出て、帰宅した。
明日のためにも、嘉月はお風呂につかった後、ベッドに入るとすぐに眠りについた。
寝てから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。何故か人の声が聞こえてくる。何と言っているのだろうか。
「……おい。大丈夫か?」
これは自分に向けて発せられたものだろうか。そんなことを思いながら嘉月はゆっくりと目を開けた。
すると、目の前には強面の男の顔があった。
嘉月は慌てて横に転がりながら立ち上がり、ポケットに入っていた武器をぬいた。武器といっても懐中電灯より少し小さいくらいのサイズのものだ。嘉月がそれを持つと、まるでビームサーベルかのように赤色に光る剣となった。
「いや……驚かせるつもりはなかったんだが」
武器を構える嘉月を見た強面の男は、戸惑っているかのような素ぶりを見せた。
その様子を見て、嘉月は少しだけ冷静になった。そして、男の方に体を向けたまま、少し周りへと視線を向けた。
時間帯は昼だろうか? 暖かくのどがだ。周辺は綺麗な草原で、特に嘉月の周りには花がたくさん咲いている。
そして、左側には10階建くらいの高さの建物が建っている。3階くらいまでが四角形だ、その中心からから上へと、円柱が伸びているような感じだ。
また、全体の景色としては遠くの方は突如として草原が途切れており、殺風景でこの辺りに比べて少し暗いようにもみえる。
憶測ではあるが、建物を中心とし、半径100mくらいが、のどかな草原が広がる範囲だろうか。
そして、正面の強面の男はいまだに戸惑った様子を見せている。年齢は50代くらいだろうか。服装は白いどこかの軍服のような感じだ。
嘉月はここまでの情報を頭の中でまとめた。そして、次の瞬間。
「……えええええええぇ〜! ここ、どこなのぉ!」
嘉月は思わず叫んでいた。確かに家の暖かいベッドで寝ていたはずだった。それが、いまよくわからない場所にいる。そして、地面の花の跡を見るに、花の上で眠っていたのだろう。
ということは、夢だろうか。いや、夢ではない。それは嘉月自身が体感として一番わかっていた。
それでは誘拐されたのだろうか。だとしても、ここはどこだということにらなる。
嘉月が混乱してキョロキョロしていると、また違う男が歩いてきた。金髪で見た目は10代後半くらい。服は強面の男と同じものだ。その金髪の男は、武器を構えながら混乱している嘉月を見て笑いながら声をかけてきた。
「お、起きてんじゃねぇか。元気そうだな! ていうかダズ、お前は顔が怖いから警戒されるって言ったろ」
この強面の男はダズというらしい。それよりもと、嘉月はその金髪の男へと武器を構えた。
金髪の男はなおも笑いながら答えた。
「心配すんな。俺はアキトだ。お前は……て、お前も似たような武器持ってんだなぁ」
嘉月が首を傾げていると、アキトは腰から黒い筒のようなものを取り出した。すると、そこから黄緑の光が伸び、ビームサーベルのようになった。
「ほら、そっくりだろ。それに、これをこうしてやると……」
アキトはそう言って、その武器を誰もいない方に向けて、筒の部分のボタンを操作した。すると、光は筒へと収まったが、筒から光は溢れたままだ。そして、さらにアキトがボタンを押すと、そこから光弾のようなものが放たれた?
「な! 銃みたいなもなるんだぜ……ほらよ」
その様子を見ている嘉月に対し、アキトは武器をオフモードにし、嘉月の方に投げた。
嘉月はそれを受け取ると、自分の武器と見比べた。色やボタンなど異なるところはあるものの、かなり似た構造となっている。
嘉月が持っている武器は、嘉月が身を守るために自作したオリジナルのものだ。嘉月は以前、自分の体を使い、実際に自分の心のエネルギーを取り出すことに成功しているが、その成果の一つがこの武器であった。
仕組みとしては、心のエネルギーを実際にエネルギーとして取り出して武器としている。ビームサーベルのような見た目になっているのは、単に嘉月の趣味だ。また、アキトがやってみせたように銃として扱うこともできる。
オカルト的な事象も調べている嘉月は、身に危険が迫ったときは、よくこのビームサーベル風のオリジナル武器で身を守ってきた。この武器を使うデメリットとしては、心のエネルギーを用いることから、嘉月の精神がすり減ることにある。
嘉月は、自分の武器のスイッチを切り、アキトから受け取った方の武器を操作してみた。確かに、嘉月の武器と同様に動かせるが、精神の疲労感を感じることはなかった。
「そっくりだけど、使ってて疲れないんだね」
嘉月がそう言うと、アキトは不思議そうに答えた。
「疲れる? 疲れる要素なんてないだろ」
「ええと……じゃあさ、エネルギー源はどうなってるの?」
「あそこで充電すんだよ」
アキトはそう言って左側にある唯一の建物を指差した。
「あの建物って何なの?」
「フロンティアベースって言われてる。俺らはあそこで生活してるんだ。お前のことも案内してやるよ」
アキト達に少なくとも敵意はないと嘉月は感じた。まだ警戒を緩めるべきではないが、それよりもこの場所についてもっと知りたいという好奇心の方が優った。
「ありがとう! それじゃあ、案内よろしくねぇ……あ、私のことは嘉月って呼んでね!」
嘉月は笑顔でこう答えた。
その様子を見て、強面のダズも、金髪のアキトもほっとしたような様子を見せた。
そうして、嘉月はアキト達に連れられ、建物中へと入った。