雑に過ぎ去る自己紹介
屋敷が広いから当然だが、とにかく長い縁側。
うちの祖父母の家はどちらも洋風デザインだったため、こうした縁側を歩いた経験はなく、とても新鮮な気持ちになる。
年季が入っているからか、歩くたびにぎしぎしと音が鳴る。なかなか大きな音なので、縁側を歩いている者がいればすぐに分かりそうだ。寝る時は迷惑だが、防犯対策としては悪くない……のだろうか?
そんなことを考えているうちに、二十畳はあろうかという広い和室の部屋に案内された。
部屋の中央には木製の長テーブルが置かれ、その左右に五人の男女が座っている。
一人は五十過ぎくらいの女性で、他は二、三十代の男女が二人ずつ。
おそらくだが、五十代の女性が佐久間さんの言っていた昭子さんなる人物だろう。そして残りの四人は彼女の子供たちと思われる。
アカリさんほどの敵愾心は感じられないものの、こちらを異物として捉え、邪魔に感じている気配はビンビンと伝わってくる。
これまでの人生で他人からあからさまに嫌がられる経験などほぼないため、どう接すればいいか分からず表情に困った。
まさか睨み返すわけにはいかないが、かと言って笑いかけるのも火に油を注ぐことになりそうだ。
そんな感じで表情に苦慮していた俺の耳に、苦慮という単語を知らぬかのような、佐久間さんの声が響いた。
「皆さま初めまして! 私は佐久間喜一郎と申します。本日は文義様に大変貴重な品を持って参りました。こちらの品は文義様に限らず皆様も幸せにすること間違いなしの一品! ぜひ楽しみにしていただければと思います!」
さっきまでの涙はどこに行ったのか。
晴れ晴れとした表情で、大げさな身振り手振りとともに頭を深々と下げる。
当然のことだが、向けられる視線は冷ややかだ。
座っているうちの一人、眼鏡をかけた神経質そうな男が文義さんに向けて口を開いた。
「親父、これが話してた詐欺師か。いくら何でも二流、いや三流以下の馬鹿に見えるんだが。本気でこいつから何か買うつもりなのか? 冗談だろ?」
あまりにも辛辣。されど売りに来た品のことを考えると正論であり、返す言葉もない。
しかしなぜか文義さんの買う意思は固いらしく、「そう言ってるだろう」と飄々と頷いた。
「すでに話した通り、佐久間さんに持ってきていただいたのは『金の咲く木の苗』だ。これがあれば今後一切働かずとも楽して老後を過ごせる。こんなに素敵なもの、買わない理由がないじゃないか」
「パパ、それ本気で言ってるの~。お金の咲く木なんて存在するわけないじゃーん」
眠たげな様子の女性が、欠伸をしながらふわふわと言う。
これに対しても、文義さんは大きく首を横に振った。
「佐久間さんが嘘をつくはずがない。それに証拠も既に見せてもらっているし、私の直感も本物だと言っている。それに昭子さんも同意してくれている」
「ええ。私も本物だと感じましたよ」
おっとりとした穏やかな表情で、昭子さんも同意する。
すると今度は、荒々しい風貌の、赤色メッシュの男性が苛立たし気にテーブルを叩いた。
「ジジイもババアも頭いかれてんのか! 直感で本物だと感じてるから買うだあ!? んなもん当てになるか! せめて実際に金が咲いてから、その金を使って買えばいいじゃねえか!」
さらに切れ長の目をした濃い化粧の女性も続く。
「それにもし本物だったらそれはそれで問題じゃない。言ってみればそれって偽札でしょう? 仮に本物と全く同じだったとしても、そんな木が生えているのがばれれば、泥棒が入ってくるリスクも上がるじゃない。そんなおかしなものを買うのは止めておきましょう」
皆それぞれ、言ってることはとてもまともだ。本心では彼らの言葉にエールを送りたいぐらいだが、どうにも残念なことに俺は今売る側の立場。何とかして彼らを説得しなければならない。
……まあ今回は、そんな説得などしなくとも、買い手の購入意欲が120%だから問題ないのだが。
文義さんは大げさにため息を吐くと、「もう決めたことだ」ときっぱり言い切った。
「心配してくれるのは嬉しいが、私なりにしっかり考えての決断だ。今更とやかく言われても変えるつもりはない。それに何よりお前たちの金でなく、私が稼ぎ貯めた金で買うのだ。文句を言われる筋合いはない」
「「「「……」」」」
この言葉は効果覿面で、四人共に反論することができず、悔し気に口を閉ざした。
着いて早々に見せられたお家騒動に、早くも帰りたくなる。
しかし文義さんはあっさり声色を和らげると、「お見苦しいところをお見せしました」とにこやかな笑みを浮かべてみせた。
「全く、挨拶もせずに余計な無駄話ばかり。申し訳ありません」
「いえいえ皆さま実に素晴らしい方々ではありませんか! 父母を思いやり、自身に何のメリットもないどころか嫌われることすら顧みず熱心に説得を行うその姿! 親孝行以外の何ものでもありません! 謝罪するどころかこれは誇るべきことです!」
「いやはや、そう言っていただけますと有難いです。やはり佐久間さんは信頼できる、心の広いお人だ。ほらお前たちも、疑ったことを謝罪しなさい」
「「「「……」」」」
なぜか自分たちの行いを詐欺師側に庇われ、両親からは窘められるという状況に。勿論こちらに対し心を許すわけもなく、より敵対心が高まっているのが感じられた。
一向に謝罪をする気配のない子供たちを見て、文義さんはまたも大げさなため息を吐く。それから忘れていたというようにポンと手を打つと、「そう言えば、まだ紹介をしていませんでしたね」と、子供たち一人ひとりに手を向けた。
「そちらにいる眼鏡をかけた神経質そうな彼が長男の和彦です。その隣に座っているだるそうな雰囲気の彼女が次女の双葉。和彦の正面に座っている派手な女性が長女の由理枝。その隣の色気づいた不良男が次男の竜也。それから既に挨拶を済ませています、三女のアカリです。アカリは別ですが、他の四人は我が子供ながら少々頼りなくてですね。今後も皆様に失礼なことを申し上げてしまうかもしれませんが、何卒ご容赦いただければ幸いです」
そう言って、文義さんは大きく頭を下げる。
それに対し佐久間さんは笑顔で「いやいやご謙遜を!」などと美辞麗句を並べ立てていたが、俺は四方から飛んでくる凄まじいまでの敵意と怒りに押し潰されそうになっていた。