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詐欺師佐久間の骨董販売奇譚  作者: 天草一樹
Episode1:お金の咲く木の苗
4/36

家に入るまでの一悶着

 車で移動すること約四時間。

 長野県の山間部を走り抜け、新緑に満ち満ちた開放感のある広い農村に辿り着いた。

 見渡す限り田園風景が続き、家は数軒、ちらほらとみられる程度。

 そんな辺境の地だからか当然、人の姿もまばらで、目的の家に着くまでに数人しか見かけなかった。

 こんな過疎った村に、大金はたいて『お金の咲く木の苗』とやらを買う馬鹿――失敬。もとい変人が存在するのかと不安になる。

 佐久間さんの方がやばい大人の悪ふざけに引っ掛かり、何もない家に導かれてしまったんじゃないか。そんな考えが脳裏をよぎった。

 けれどそれが杞憂であることは、俺たちからしたら全く有難くない、超塩対応の出迎えによって明らかとなった。

「あなたたちがお父さんを誑かしに来た詐欺師ですね! 『お金の咲く木』なんて怪しい物、絶対に買いませんし買わせませんから、今すぐ帰ってください!」

 過疎村には相応しくない、人より高い塀に囲われた広大な敷地を持つお屋敷。

 件の依頼主の家で間違いないと佐久間さんが言い、車を屋敷の正面玄関すぐ横に停め。

 立派なフェンスが設置された正面玄関横にあるインターホンを押しに向かった直後のこと。

 屋敷の中から今時見かけないセーラー服を着た一人の少女が飛び出してきた――それも見るからに顔を怒らせて。

 予期していなかった展開に頭が真っ白になり、俺はあたふたしながら同伴者二人に視線を向けた。

 俺なんかとは場数の違う先輩方――というか佐久間さんは、普段の胡散臭さに満ちた笑顔で少女に対応した。

「これはこれは丁寧なごあいさつ有難うございます! まさかインターホンを鳴らす前からこうして出迎えてくださるなんて、水嶋アカリさんは親切で気の利く方ですね! 流石は文義様と昭子様のご自慢の娘です!」

「な、なんで私の名前を――」

「そうだ申し遅れました! 私めは佐久間喜一郎と申しますしがない便利屋です。この度はアカリさんのご両親に頼まれ『お金の咲く木の苗』をお持ちいたしました。もう既に聞き及んでいるかもしれませんが、こちらの苗は誠実な心を持った方が真心を込めて育て上げることで大金が咲くという大変貴重な品であり、それと同時にお客様を選ぶ一品でもあるのです。それゆえこれまでは取り寄せたはいい物の売る相手がおらず困っていたのですが、文義様と昭子様という類い稀なる慈愛の心を持ったお二方と出会い、ついにこの品を渡すにふさわしい相手が見つかったと――あの日の感動を言葉にすることは大変難しい程です!」

「いや、だから、そんなもの買わせるつもりは――」

「私は正直今から胸が弾んで仕方がありません! 文義様と昭子様が育て上げることによってどれほどの大金が咲き誇るのか! ああ! 札束で満ち溢れた木を眺めながら、優雅にお茶を嗜むお二人の姿が鮮明に想像できます! 彼らの喜ぶ顔は――」

「社長、一度黙りましょうか」

 佐久間さんのあまりの勢いに押され、涙目を浮かべているアカリさんを哀れんだのか、それとも単に話を進めるためか――おそらく間違いなく後者――、相澤さんが無理やり話しに割り込んだ。

 まだ全然喋り足りなそうな佐久間さんの口を塞ぐよう俺に指示を出し、自らは名刺を取り出して深々と頭を下げた。

「うちの社長が大変ご迷惑をおかけいたしました。私は彼の助手を務めている相澤一颯です。本日は水嶋文義様から注文をいただきました品を届けに参りました。お手数ですが取次ぎをお願いできませんでしょうか」

「い、嫌です!」

 佐久間さんの勢いに押されていたとはいえ、挨拶もなしに帰れコールをしてきた豪胆な少女。すぐに気を取り直して、きっぱりと拒絶の意思を示してきた。

「どんな手法で両親に取り入ったのか知りませんけど、そんな怪しいものを買わせるわけにはいきません! いいから帰ってください!」

 パシリと、差し出された名刺を叩き落とし、アカリさんは宣言する。

 相澤さんは頭を下げたまま数秒固まった後、目線だけをアカリさんに向けた。

「お会いしないというのは、ご両親の意見ではないのですよね。それでは、こちらも帰るわけにはいかないのですが」

 感情を押し殺した事務的な声音はかなり威圧感を伴っており、アカリさんは怯んだ様子で一歩後ろに下がる。しかし俺たちへの敵対心が恐怖に打ち勝ったのか、声を上擦らせながらも、堂々と言い返してきた。

「ち、違います! お父さんもお母さんもあなた達に会いたくないって言ってました! 私は代わりにそれを伝えに来たんです!」

「先ほど買わせるわけにはいかないと言いましたよね。それは両親はいまだに買う気でいるということではないのですか?」

「こ、言葉の綾です! 言い間違えです! うちにあなた達を歓迎してる人は一人もいません! だから帰ってください!」

 あくまでも俺たちを家に上げたくないらしい。

 アカリさんは興奮のあまり、相澤さんの肩を突き飛ばした。

 相澤さんは転びこそしなかったものの体勢を崩し、膝をつく。それから数秒沈黙した後、すっと立ち上がると、つかつか少女の目の前まで近寄った。

 ――あ、これヤバいかも。

 危険な雰囲気を感じ止めに入ろうと体が動く。しかしそれより早く、相澤さんの舌鋒がアカリさんを突き刺した。

「あなた、幼稚園児? さっきから癇癪持ちみたいにピーチクパーチク。日本語通じないならさっさと引っ込んでくれないかしら」

「な、何を急に! 『金の咲く木』なんて売り付けに来る詐欺師にそんなこと言われる筋合いは――」

「あのねえ。私たちが何を売りに来たかとかどうでもいいのよ」

 言い返そうとするアカリさんを遮り、相澤さんの容赦ない口撃が続く。

「あなたの両親が私たちに商品を持ってくるように言った。だからこんな辺鄙な土地まで四時間かけて商品を持ってきた。なのに突然その商品はいらないからさっさと帰れと、今あなたはそう言ってるわけ。どっちがおかしなことしてるか分からないかしら?」

「だからそれはあなた達がうちの親を騙して――」

「だから騙すとか関係ないって言ってるの。どんな経緯であれあなたの両親が買うと言ったから私たちはやって来た。それに対して何の理由もなく帰れと言われて帰れるわけないでしょう? こんな小学生でもわかる理屈が通じないなら――」

「お二人とも! 私のために争わないでください!」

「うげ」

 再び顔を真っ赤にし、涙を目に溜めるアカリさん。そんな彼女の涙に呼応したのか、俺の拘束を振りほどき、佐久間さんが二人の間に割り込んだ――両目から大粒の涙を流しながら。

 大の大人が号泣している姿など日常生活でまず見ることは無いため、アカリさんは自身の涙を引っ込ませ完全に引きつった表情を浮かべている。一方の相澤さんは、しっかり拘束をしていなかった俺に対し非難の視線を向けていた――いや、すみません。でも無理です。

 さて、なぜか涙を流している佐久間さんは、言い争っていた二人を交互に見つめると、「争いはよくありません!」と大声で叫んだ。

「私のことを思って言い争ってくれるお二人の気持ちは本当に嬉しいです! しかし心優しいお二人が私のために互いを傷つけ合うなど、そんなこと耐えられません!」

「べ、別にあなたのために争っているわけじゃ――ひゃっ!」

 否定しようとしたアカリさんの肩を急に掴むと、佐久間さんは滔々と涙を流しながら続けた。

「アカリさん! あなたの気遣いは私の心にしっかりと届いています! 何か事情があって文義様も昭子様も今は私のことを嫌ってしまったのでしょう! しかしそのことを彼らの口から直接私に伝えては、私の心が傷ついてしまう。そう思ったあなたは自分を悪者に仕立て上げることで、私たちを出会わせないようにした……けれど良いのです! 私は私が傷つくことを恐れていません! それよりも何があって心変わりをされてしまったのか、直接そのことを――」

「ああ佐久間さん。何か声が聞こえると思ったら、もう着いていたんだね」

 不意に玄関が開き、中から五十代前半と思われる恰幅の良い男性が出てきた。

 佐久間さんの名前を呼んだことから、おそらく彼が文義さんかと観察していると、佐久間さんが光の速さで彼に駆け寄り、その体を抱きしめた。

「ああ文義様! 何か私めはあなたに嫌われることをしてしまったでしょうか! もし少しでも気に入らない点があれば遠慮なく仰ってください! すぐにでも改善いたしますので!」

「嫌うというのは何のことかな? それにそんなに涙を流して。ほら、取り敢えず家に上がってください」

 かなり佐久間さんとは長い付き合いなのか。

 熱い抱擁という日本ではまずお目にかからない挨拶を受けながらも、全く動じた様子のない文義さん。

 金持ちの貫録を感じさせる余裕を持ち、にこやかな笑みを浮かべ、家の中に入るよう俺たちに手招きした。

 文義さんの登場でであっさり家に上がれることになり、やや困惑しつつも俺は敷地の中に足を踏み入れる。しかし、ふと後ろを振り返った俺の目に、アカリさんの殺意に満ちた顔が映り込んだ。

 ――確かにこれは、死ぬ展開もあり得るな。

 出発前の相澤さんの言葉を思い出し、俺は冷や汗を流しながら水嶋家の門をくぐったのだった。


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