唐突な出張販売の始まり
・佐久間喜一郎:年齢不詳。百八十を越える長身の英国紳士風イケメン。大変な変人。超饒舌
・斎藤頼一:23歳。中肉中背の爽やか系男子。運動も勉強も人並み以上に優秀だが、アドリブ力が壊滅なため、就活中に百社以上にお祈りされた。
・相澤一颯:26歳。髪はポニーテール、眼鏡をかけた凛々しいお姉さん。他人が嘘をついているかどうかが分かる特殊能力を持っており、その能力のせいで対人関係で多くの問題を抱えてきた。
「おはようございます!」
「おはよう」
都心の外れ。
駅から徒歩二十分の距離にある、薄暗い通りに佇むビルの一室。
『便利屋佐久間』と手書きで書かれた看板が貼られた扉の先が、俺が一月前から働いている職場である。
従業員は俺を含めて三人だけ。
店長であり俺を誘ってくれた佐久間喜一郎さん。外見は非常にハンサムなのだが、かなりの変人である。
そしてもう一人が、俺より一年早く佐久間さんのもとで働いている相澤一颯さん。この店の経理関係を担当している、見るからに知的でスマートなお姉さんだ。
相澤さんは今朝も真っ先に出勤し、定時前にもかかわらず何か作業をしている様子。
佐久間さんはいつも始業時間きっかり(八時半)に来るので、まだいない。
俺は隅にある自分のデスクに荷物をおろすと、水筒に入れていたお茶を一口飲んだ。
「あなた、中々図太いわね」
そんな俺に対し、相澤さんから冷たい視線が飛んでくる。
俺はそそくさと水筒をしまいながら、作り笑いを浮かべた。
「いやあ、勿論どうにかしないととは思ってるんですけどね。何も思い浮かばないから、せめてセールスマンらしく表情だけは笑顔を保っておこうかと」
「それでどうにかなる問題だと思う? この一か月間、何一つ売れなかったのに?」
「うぐ」
正論をぶつけられ、俺は踏みつぶされた蛙のような声を上げる。
この店の名前自体は『便利屋』を名乗っているが、実際の仕事内容としては、佐久間さんがどこかから仕入れてきた怪しげな骨董品の販売だったりする。それも、販売形式は骨董市への出品でもネットオークションへの出品でもなく、キャッチセールス一択と言う恐ろしいものだった。
勤務初日に佐久間さんが実演してくれたが、結果は惨敗。基本話しかけても無視されるか、罵声をかけられるかの二択。中には容赦のない蹴りを放ってくる人までいた。
それでも佐久間さんの凄いところは一切めげないところ。どれだけ嫌われようとも嫌な顔一つせず、最終的には笑顔でお見送りをするのだ。
まあその根気強さが災いし、終盤には警察官が注意しに来る事態に。けれど佐久間さんは謝罪するでも逃げるでもなく、今度は警察官相手にセールスを始め――あわや業務妨害で逮捕されかけていた。
まあそんな感じでさっぱり当てにならない、というか駄目なお手本を見せられた俺は、泣く泣く独自の手法で挑戦することになったわけだが――
「でもですよ相澤さん。売れないのは俺だけの問題じゃなくないですか?」
事務所兼店舗でもある一室を見渡し、悲鳴に近い抗議の声を上げる。
「キャッチセールスって言うだけでアドリブ力皆無の俺には超ハード任務なのに、売る物がこれですよ! 『何でも願いの叶う壺』、『未来が見える水晶』、『幸福になるお香』、『勝手に動く市松人形』……こんなのどうやって売れってゆうんすか!」
そもそも、一体全体どこで仕入れてきたんだ、こんな怪しい品。
どれもこれも胡散臭くて、そんな不思議な力ないだろと疑いたくなるものしかない――まあ市松人形は、本当に勝手に動いているんだが。
とにかく、売り手である俺自身が信じ切れていない物を、どんな顔して売ればいいというのか。
「そもそもこれって本当に売っていい物なんですか? なんか詐欺なんじゃないかって……」
「まあ詐欺でしょ。どれも肩書通りの効力なんてないだろうし、私なら絶対買わないし売らないわ」
「ええ……」
そんなもの売らせるなよ。
恨めし気な視線を向けるも、ぷいと顔を背けられる。
ある程度予想はしていたが、かなり黒に近いグレーの商売。
本当にここで働いていていいのかと言う不安が今更ながら強まってくる。
だけどそんな不安も束の間のこと。
部屋が壊れるんじゃないという爆音とともに扉が開かれ参上した我らがボスこと佐久間喜一郎。出勤早々の彼のお言葉により、そんな思考は吹っ飛ばされてしまった。
「さあお二人とも! 超大型案件が舞い込んできましたよ! 早速今日から二泊三日の出張販売に向かいましょう! 私の虎の子の一品! 『お金の咲く木の苗』を購入希望のお客様のもとに!」
「え、今からですか?」
突然の展開に目を白黒させる中、ボスの奇行に慣れ切っている相澤さんは手早く出張の準備を始めていく。
本当に今から向かうのか。というか『お金の咲く木の苗』とは一体何だ。詐欺の臭いしかしないのだが。
困惑しながらも、佐久間さんに急かされ俺も出張の準備を進める。と言っても泊りの用意なんてしてないし、せいぜいペンやノート、パソコンが鞄にちゃんと入っているか確認する程度。
「あの、せめて替えの服とか歯ブラシの用意を――」
「ほら」
「え、あ、有難うございます……」
こういう事態を想定していたのか、相澤さんがどこからか替えのスーツや洋服、下着一式と携帯用歯ブラシセットを渡してくる。
そうしてあれよあれよと車の中に詰められた俺は、
「さあ! 楽しい楽しい社員旅行の始まりだ!」
という既に何かを間違えている佐久間さんの発言に脱力し、
「最悪死ぬかもしれないから、覚悟しときなさい」
という脅迫じみた相澤さんの発言に背筋を凍らせながら、初めての出張販売に向かうこととなった。