黎深館到着
人生初めてのリムジンカーは、想像以上に天上の乗り心地だった。
視覚と聴覚が封じられたことで、触覚がいつもより鋭敏になった背中に、絶妙な硬さのシートが触れる。どういうわけかほんのりと温かさを伴っており、冬の寒さで冷えた体が快感とともにほぐれていく。
山道を走っているはずなのに、全くと言っていいほど揺れもない。本当に走行しているのか疑わしくなるレベル。一体どれだけオーパーツが搭載された車なのか。
まず間違いなく特注車。
既に分かっていたことではあるが、桁外れの金持ちなんだなということを再認識させられる。
「……」
最高の座り心地なのに、心がそわそわして全く落ち着かない。こんな住む世界が違う富豪相手に、これからあれを売るとか、正気だろうか?
まず間違いなく紛い物。未来なんて視えるわけがない。
佐久間さんにレクチャーを受け、試しに俺も使用してみたが、当然のように何も映らなかった。
もちろん俺からは何度も信憑性の有無について語ったし、未来が視えなくても責任は負えないと力説してはある。だけど実際に効力がないとなれば、どんな仕打ちを受けるかわからない。
暖かいはずなのに、背筋に寒気を覚える。
今からでも返金してこの話をなかったことに――
「…に……も楽しみですね! こ…………館…見た…………斬新な…………」
ふと、耳栓越しに佐久間さんの屈託ない声が漏れ聞こえてくる。
目も耳も使えない状況でいったい何をそんなに話すことがあるのか心底不思議だ。谷上さんに語りかけているつもりかもしれないが、反応されても気づけないだろうに。
「……はあ」
何だか悩んでいるのが馬鹿らしくなってきて、俺は全身をぐっと伸ばした。
――まあ大丈夫か。いざとなれば店長に全部押し付ければいいし。
そう結論付けた途端、一気に心が軽くなる。
時折鼓膜を震わす佐久間さんの雑談をBGMにし、俺はつかの間の眠りについた。
「お疲れさまでした。こちらが我が主の住まいである黎深館です」
「……ん」
急に耳栓を抜かれ、谷上さんの声が聞こえてくる。その数秒後、目隠しも取られ、数時間ぶりの光が目に染みわたった。
寝ていたこともあり、ややぼんやりとした思考のまま車を降りる。
一体、どんな大豪邸が目の前に広がっているのかと顔を上げ――
「……ん?」
視界に映る建物を見て、思考が数秒停止した。
別に外観が異常なわけではない。ただ、あまりに想像していた建物と違うため、呆気にとられただけ。だって、この建物は――
「おお! 真っ白い外壁に無駄のない綺麗な直方体の建物! まるでビジネスホテルのようですね!」
俺の心の声を佐久間さんがそっくりそのまま口にした。
周囲が木で覆われた山の中ゆえ少し異質ではあるが、主要な市街地を散策すれば必ず一軒は見かけるであろうありふれたビジネスホテル。
これは自分用にホテルをわざわざ建てて住んでいるということか。それとも秘境のホテルを待ち合わせ場所として指定してきたのか。
勝手にドラキュラ城的なものをイメージしていたこともあり、やや拍子抜けした気持ちになる。
そんな俺とは違い、佐久間さんは興奮した面持ちでホテル外壁を撫でていた。
「素晴らしい! 業者を呼ぶことも困難な山奥のホテルにもかかわらず新築と見紛うばかりの艶と白さ! 外壁というものは第一印象を決める重要なものであると同時に、外的影響を受けざるを得ない最も手入れの困難な場所! それをここまで維持できるとは驚嘆の至りです! もしやと思いますが、これらの清掃も全て谷上さんの所業でしょうか!?」
「はい。その通りです」
「やはり! この人知を超えた所業を成し遂げられるのは谷上さんしかいないと確信しておりました! これは中の方も絶大な期待が――」
「ああ、ところで、今回俺たち以外にも招待された人っています?」
放置しておくといつまでも賛辞を止めない佐久間さんを見かね、俺は無理やり口をはさむ。
どんな意図があるかは不明だが、明らかに大人数の宿泊を前提とした建物に招待されたのだ。ただ商品を渡してはい終わり、になるとは思えないし、俺たち以外にも誰か呼ばれていて不思議ではない。
そんな予測を、谷上さんはあっさり頷き肯定した。
「はい。本日当館には斎藤様を含め五名の客人をお招きしております。佐久間様は想定しておりませんでしたため、結果として六名となりましたが」
「俺以外にも四人……」
なんとなく嫌な予感がして、ずんと胃が重くなる。
複数の購入をしていたし、単に友人を招待しているだけ――であればそこまで問題ないが、相手は素性不明な俺からのセールスをあっさり受け入れた人物。
むしろ、別の厄介な可能性の方が高いように思える。
まだ何か喋っている佐久間さんを放置し、谷上さんが館の入口へと向かっていく。
俺がついてきているのを確認すると、惚れ惚れするような九十度ちょうどのお辞儀をし、
「それでは、黎深館での日々をお楽しみください」
厳かに扉を開けた。




