佐久間と云う男2(相澤一颯の場合)
『お前は一生幸せになれない』
彼にそう言われ、私――相澤一颯は反論することができなかった。
だって唯一の理解者である彼にすら見限られたのだ。今後私を受け入れてくれる人が現れるとは思えない。
誰にも認められない、受け入れられない人生なんて、地獄でしかない。
だから彼の言う通り、私は一生幸せにはなれない。
故に必然。
私は程なく生きることを億劫に思うようになった。
そして今日。この下らない人生を終わらせようと、廃ビルの屋上から飛び降りることを決意した。
これ以上生きていたって、私は幸せになることができないのだから。
死ぬことが最も幸せになれる選択肢だと思ったから。
この選択を、誰にも否定はできないと確信したから。
なのに――
「あなたは必ず幸せになります! 私が断言します!」
突然私の腕を掴んできたその男は、あっさりとそう言ってのけた。
完全な初対面。その第一声。そこには当然ながら根拠も理屈も何もない。
だけど、それは決して冗談でも一時の誤魔化しでもない、心からの発言だった。
私は、それが分かってしまう。分かってしまうが故に、反論することができなかった。
「私は常々思うのです! 人間は、いえ生物は生きているだけでとんでもない奇跡だと! 今の時代私たちを殺傷しうるものが周りに溢れています! 一昔前の話となりますが人工知能に指示を与えても一歩も身動きが取れず目的を達成できないという話がありました。というのも一歩動く毎の危険性を無限に考えてしまい行動を起こすに至らないとか! これは一見人工知能側に問題があるように思えますが、よくよく考えてみればおかしいのは私たち人間側だと思うのです! だってそうではないですか! 私たちは何気なく踏み出した一歩で足を滑らせ、地面に頭を打ち、あっさりと死ぬことができてしまうのですから!」
「はあ」
はっきり言って、男が何を言っているのか全く理解できていなかった。
まあ、それはそうだろう。
自殺しようとした直後に腕を引かれ、挨拶も何もなしに意図不明のマシンガントークを浴びているのだ。相手の話など一ミリも頭に入ってこない。
ただ、それでも。
男が何一つ嘘をついていないことだけは、嫌と言うほど伝わってきた。
「私たちは日々奇跡的な運の良さであらゆる危険を回避しているのです! そう! 今こうして話している瞬間だって同じです! 突風により足を滑らせ屋上から落下死する! 隕石が落ちてきて全身が弾け飛ぶ! 暴漢に襲われ殺される! カラスの大群に囲まれ全身を啄まれる! そんなデストラップを奇跡的にも回避し続けた結果、こうしてお話をすることができているのです! そんな幸運に満ち溢れた私たちであれば、あと一日長く生きるだけで、これまでの価値観をひっくり返す、それはもう素敵な奇跡に巡り合えるとは思いませんか!
死ぬのはたやすく、生きるのは難しい! 今こうして生きているという奇跡を捨ててまで、わざわざ死ぬ選択をする必要はないと思うのです!
お嬢さん! どうか今一度、私と共に明日という名の奇跡を見に行こうではありませんか!」
「……」
この数分の関りだけで、男がとにかく胡散臭く、怪しい、やばい人間なのは伝わってきた。普通の人なら、いや普通じゃない人でも、彼と関わることを本能的に拒むだろう。
ただ、私だけは知っている。
分かってしまう。
私は相手が嘘を言っているかどうか判別できる、特殊な能力を持っているから。
どれだけ胡散臭くても、やばくても。彼の言葉の全てが嘘偽りなく私の身を案じてのものだと、分かってしまう。
だから、差し出されたその手を、払いのけることはできなかった。