こちらの証拠はいかがでしょう?
私――水嶋双葉は悩んでいた。
とぼけるか、認めるか。
どちらの方がより、佐久間の油断を誘えるか。
どこまでばれているのかは分からないが、ここにいる時点で九割がた確信を持たれている可能性が高い。とはいえあっさり認めるのは癪なので、まずはとぼけることにした。
「えー、何言ってるか分かんないな~。パパを殺した犯人はママだったんだよ。佐久間さんも実際に聞いてたでしょ~?」
「それは違いますよ双葉さん! 昭子様は、全責任は私にあるのだと。お札をまいたのも自分だと言っただけです! 一言も文義様を殺したとは言っておりません!」
「でも自首したわけじゃないですか~。ならやっぱりママが犯人だったんですよ~」
「いえそれは違います! 文義様を殺した真犯人は双葉さん、あなたです! これは決して言い逃れできない事実なのです!」
「……何を根拠にそんなこと言うのか、全然分かんないなー。私にも分かるように教えてくださーい」
私はさりげなく手を後ろに回す。まさかこんな山奥で人に遭遇するとは考えていなかったから、武器らしい武器はない。あるのはハンドサイズのスコップのみ。
これで殺せるかは分からない。でも、素手よりは殺傷能力が高いはずだ。
佐久間は私の思惑になど全く気付かずに、「ではお話しいたしましょう! あなたが犯人だと推理した理由を!」などと意気揚々と語りだした。
「しかし難しい話など何もありません! 双葉さんが犯人だと言えるのは、ズバリあなたが第一発見者だったからです!」
大げさな身振り手振りと共に話すため、ライトの明かりも落ち着くことなく四方を飛ぶ。
そんなに動くならどこかにライトを置けばいいのにと思うも、勿論口には出さない。何せこの方が、こちらの動きを悟られることなく接近しやすいのだから。
とにかく、今は少しでも気を逸らすのが重要。好きに推理を語らせて、気持ち良くなってもらわないと。
「えー、流石にそれは無理がありますよ~。第一発見者だから犯人って、言い掛かりもいいところですー」
「そんなことはありません! 何せ双葉さんが第一発見者となった経緯は、あまりにもおかしいのですから! あなたが犯人であったと考える以外に説明がつきません!」
「そんなおかしなことした記憶ないですけどー。何の話ですかね~」
どうせ殺すのだからどうでもいい。そう思いつつも、やはり興味はある。私の犯行は完璧だった。深夜、周囲に人がいない中で、後ろから殴って殺す。深夜だから皆アリバイなんてないし、証拠になる物はしっかり山に埋めてきた。私が犯人と断定できる根拠はどこにも無いはず。
一体、どこで気づきを得たのか。
佐久間は落ち着きなくうろうろと歩きながら、推理を続ける。
「ただの第一発見者としては奇妙な点が二つありました。一つは、双葉さんが縁側でなく、わざわざ靴を履き庭を歩いていたことです」
「それのどこが変な話なんですかー。うちの縁側は歩くとうるさいので、起こしたら悪いなーと思って庭を歩いただけですー」
「成る程成る程。ですがそれにしては妙ですね。足跡の出発点はあなたの部屋ではありませんでしたが」
「……」
いつ見られたのか。少なくともこいつは、私の叫び声を聞いて目の前の部屋から出てきたはず。足跡を辿る余裕なんて――いや、馬鹿兄たちがぞろぞろ村人を連れてやってきた時、いつの間にか姿が見えなくなっていた。その時に確認しに行ったのか。
だとすれば、最初から彼は私を疑っていたということに?
急に、目の前の小うるさい詐欺師が、得体のしれない怪物のように見えてきた。
怪物は、楽しく歌うかのように言葉を紡ぐ。
「二点目ですが、あなたは確か、『金の咲く木の苗』がどこに植えられたかを見るため庭を歩いていたのですよね?」
「……そうですけど」
「それではなぜ、縁側の横を、一直線に歩いてこられたのでしょうか? あの広大な庭に植えられた小さな苗を探すのなら、足跡はもっと乱れていたと思うのですが?」
「……単に、庭は見慣れてますから。変化があれば近づくかなくても分かると思って」
「見慣れたですか。庭の整備は昭子様が担当していて、皆さまはほとんど手を付けず放置しているとお聞きしていましたが」
「それでも分かると思ったんですよー。あと足跡についても、最初は寝ぼけてて途中まで縁側を歩いちゃっただけですー。まさかそれだけで犯人扱いしてるわけじゃないですよね?」
多少痛い点を突かれてはいるものの、まだ致命的な指摘はしてこない。実は確たる証拠はなく、こちらがぼろを出すのを待っているだけかもしれない。しらばっくれれば、意外とやり過ごせる気がしてきた。
しかし、殺してしまった方が、心の平穏は保たれるだろうか。
「ふむ、これではお認めいただけませんか。ではこちらは如何でしょう。なぜ、あなたは文義様の死体を見て腰を抜かしたのか?」
「そんなの当たり前じゃないですかー。パパが殺されてるのを見て腰を抜かさない方がおかしいでしょー」
「ええ、普通ならそうでしょう。しかしアカリさんを除く水嶋家の方々は、皆さん文義様が亡くなられているのを見ても大変冷静であられました。腰など抜かさず、悲鳴も上げず、涙すら見せず。それを考えますと、あなただけ腰を抜かしていたことが大変奇妙に感じられるのです」
「言い掛かりは止めてくださーい。不意打ちで死体を見るのと、悲鳴を聞いて駆けつけてから見るのとじゃ、全然違いますよー」
「それはつまり、父親が死んでいること自体は、腰を抜かすほど驚くことではないということですか?」
「それは……ああもう、うざ。いちいち揚げ足を取らないでくれますかー。というか仮にそうだったとしても、それは私だけじゃなく他の兄弟も当てはまりますよねー」
いい加減、話に付き合うのもうんざりしてきた。
何がウザいって、佐久間が満面の笑みを浮かべていること。
私が反論すればするほど、悔しがるどころか嬉々とした色を強める。
まるで新しい玩具がどこまで丈夫なのか試しているかのよう。
仮にこいつが私を犯人と特定できていなかったとしても、絶対に殺そう。
あの気色の悪い笑顔が、恐怖に引きつるまで。
大丈夫。私ならできる。既に経験は積んでいるのだから。
少しずつ、少しずつ、距離を縮める。
佐久間に警戒した様子はない。楽し気に何度も頷き、ここまでの会話を反芻している。
もう少し、あと少し近づいて――