言ってなかったわね
「へ!? 犯人は昭子さんじゃないんですか!??」
水嶋邸からの帰りの車の中。
突如として姿を消した佐久間さんを放置し、静かな帰路についていた俺の耳に、相澤さんからとんでもない一言が飛び込んできた。
「そうよ。彼女はあくまで死体の上に札束をまいただけ。文義さんを殺した犯人は別にいるわ」
「ええ……」
あまりに予想外なことを言われ、いつもの如く頭が真っ白になる。しかし今は運転の最中。事故を起こすわけにもいかず、思考を放棄し一旦運転に集中することにした。
それを察してか、相澤さんもしばらくは黙したまま。次に口を開いたのは五分後であった。
「それにしても、可哀そうな夫妻だったわね。子供が罪を犯した時、世間では親の育て方が悪かったなんて言うけれど。小学生や中学生ならともかく、二十歳を過ぎれば親がどうこうでなく自己形成されてるでしょうに。五人いる子供のうち四人がクズになるなんて運が悪いとしか言えないわ」
「クズは言い過ぎな気もしますけど……」
「クズよクズ。父親が死んだというのにそれを悲しみもせず、自分の保身と金のことばかり。犯人は一人でも、責任は実質等分でしょう」
「いや、そこですそこ! 犯人が昭子さんじゃなく別にいるってどういうことっすか! というかなぜそれを相澤さんが知ってるんです!?」
「ああ……そういえばあなたにはまだ言ってなかったわね。私、他人が嘘をついているかどうかわかる不思議な力があるの」
「え、ええええええ!???」
「だから大広間で社長が尋問した時、誰が文義さんを殺したのか分かったのよ」
「はああああああああああ!??」
頭がパニック状態になる。でもこれは俺だからというわけじゃないはずだ。誰だって急にこんな話をされれば冷静じゃいられない。おちょくられているか、彼女の頭が急におかしくなったのか。そのどちらかを疑うだろう。
だけど、一月という短い付き合いながら知っている。彼女がこんなくだらない嘘を言わない人であることを。そして妄言を吐く狂人などでもないことを。
とはいえ、一応確認は必要か。
「その、冗談じゃないですよね?」
「違うわ」
「っすよねー」
やはり冗談じゃなかったらしい。
急に、今まで彼女とどんな会話を交わしていたか気になった。勿論ばれて困るような嘘をついた記憶はない。が、ある程度見栄を張ったことはあったかもしれない。
その度に内心で「こいつ何言ってるのかしら(笑)」と冷笑されていたと考えると……、俺は超絶恥ずかしい気持ちになり「くぃいい」という意味不明な鳴き声を上げた。
運転席で顔を赤くしたり青くしたりして悶えている俺をしばらく横目で眺めた後、相澤さんはポツリと、「信じるのね」と呟いた。
俺はそれを聞き逃さず、「やっぱり冗談だったんですか!」と迫るも、「事実よ」と返されあえなく撃沈。
彼女は数秒の沈黙の後、「事実ではあるけれど、あっさり信じるのね」と聞いてくる。俺はパニック思考から「むしろ信じない理由とかあります?」と思いついたまま返した。
相澤さんはまた数秒沈黙し、
「犯人は双葉さんよ」
と急にネタばらしを再開した。