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詐欺師佐久間の骨董販売奇譚  作者: 天草一樹
Episode0:出会い
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佐久間と云う男1(斎藤頼一の場合)

不定期更新です。拙作『キラースペルゲーム』の登場人物である佐久間喜一郎を主人公とした作品ですが、『キラースペルゲーム』を読まれていなくても問題はありません(出来たら読んでほしいですが!)。

『先日は、弊社の面接にお越し頂きまして、

 誠に有難う御座いました。

 慎重に検討をさせて頂きましたが、誠に残念ながら、

 今回は貴意に添いかねる結果となりました。

 不本意な結果となり大変恐縮ではございますが、

 何卒ご了承いただければ幸いです。

 末筆ながら、貴殿の今後益々のご活躍を

 お祈り申し上げます――』


「……はあ」

 俺――斎藤頼一さいとうよりいちはスマホの電源を切り、天を見上げた。

 今の心をあざ笑うかのような、好天の空が視界一面に拡がる。

「はあ……」

 これでいったい何社目だろうか? ESの段階で落とされた会社も含めると、余裕で百社は超えている。それでも、ESの通過率だけで言えば40%近い。問題は面接だ。これまで数十社の面接を受けてきたが、一次を突破できたのは一社だけ。その一社も、二次面接で無事に落とされた。

 なぜ落とされたかの理由ははっきりしている。アドリブ力だ。

 元から用意していた話をする分には問題ないのだが、こちらが全く想定をしていなかった質問をされると、その瞬間に脳がフリーズしてしまう。ほとんど言葉が出てこなくなり、出たとしても全く論理的でない言葉の羅列になってしまう。

「あなたの半生を要約して応えよとか……そんなのすぐに出てくるわけないじゃん」

 今も選考中の会社が何社かあるが、正直どれも受かる気がしない。

 もう諦めてしまおうか? 恋人もいないし、特にかっこつけたい相手もいない。コンビニバイトでも、一人で生きていく分には十分なお金が手に入るだろう。

 今選考中の会社は最後までやるとして、それが終わったら――

「そこの君! ちょっとお話宜しいでしょうか!」

「……え、俺ですか?」

「そう! 君だよ! 先ほどから大きくため息をついていましたからね! ほんの少し! ほんの少しでいいから話を聞いていきませんか!」

 突然降りかかってきた声の主は、身長が百八十を超えるであろう長身痩躯の胡散臭い男だった。

 上下グレーのビジネススーツを着ており、日本人離れした整った顔立ちには、絵に描いたような『笑顔』が浮かんでいる。

 何かのヤバいセールスか、もしくは宗教勧誘の類だろうと思い、反射的に首を横に振った。

「ええと、そうゆうのは大丈夫なんで、他をあたって――」

「私は常々思っているのです! 人の浮かべる表情とはなんと素晴らしいものかと! 他人の感情など分からないと仰る方もたくさんおりますが、私はそうは思いません! 相手が今浮かべている表情! それをじっと見つめるだけで相手が今何を考えているのかは一目瞭然だからです! そう! 例えば今君は、とても不幸な気分であり非常に落ち込んでいることでしょう!」

「いや、その――」

 いったいこの人は何なのだろうか? 何か凄いことを言っているように見えて、至極当たり前のことしか言っていないように思う。と言うかそれ以前の問題として、どうして初めて会ったばかりの、見ず知らずの他人にそんなことを力説しているのか。

 恐怖と興味がせめぎ合い、結果何もアクションを起こせず男の顔を見つめる。すると男はさらに勢いこみ、俺の手を握ってきた。

「不幸でいることは大変勿体ないことです! 人生は素晴らしく、世界は輝きで満ち溢れているというのに! 今あなたの目を曇らせてしまっているその原因はいったい何なのでしょうか? 私めにその曇りを払う手助けはできないでしょうか。どうか、どうかお話をお聞かせください!」

「……すっごく、ありふれたつまらない話ですよ」

 どんな気まぐれか。

 人生に絶望していた俺は、目の前の胡散臭い男相手に、数えきれないほどある、人生の失敗談を打ち明けた。

 いや、打ち明けたというのは正確じゃない。

 正しくは、垂れ流した、だ。

 天高く上っていた太陽が赤みを増し夕日になり、その夕日すら沈み、代わりに月が煌々と輝きを放つまで。

 途中から男の存在なんて忘れて、ただ愚痴を並び立てていた。

 ようやく吐き出したい愚痴も尽き、力なく地面に座り込んだ頃。俺はなぜこんな愚痴を言っていたのだろうと疑問に思い、ふと男のことを思いだした。

 結局セールスだったのか宗教勧誘だったのか分からないが、いずれにしろもう帰っただろう。こんな一方的に愚痴を言い続けるダメ人間に、いつまでも時間を割くはずがない。

 そう思い周りを見回した俺は、ぎょっと目を見開くことになった。

 男は帰ってなどいなかった。それどころか、俺の話に心を打たれ、目と鼻と口から滝のような涙を流し、地面に這いつくばっていた。

 月と星、そして街灯に照らされる中、無様に泣き伏す男の姿はとても滑稽で――輝いて見えた。

 こんな変質者からは逃げたほうがいい。

 理性がそう告げるも、俺の体はまるで動かず。

 男が泣き止むのをひたすら待ち続けた。

 やがて男が涙でぐちゃぐちゃになった顔を何度も服でこすり、端正な顔をぼろぼろにしつつ立ち上がる。

 そして俺の手を再び強く、強く握りしめた。

「頼一さん! 私と一緒に働きましょう! あなたを必ず幸せにして見せます!」

 プロポーズにしか聞こえない勧誘。

 俺は一瞬唖然と口を開いた後、ゆっくり頷き――めでたく就職先が決まったのだった。


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