(8) 私ね、バイトしたい
一年三組では希望者だけのチャットグループが作られた。
言い出した寺林が自分の二次元コードをプリントしてきて、それをクラスの掲示板に貼り、それを読み取ってメッセージを送ると、彼がグループに追加してくれる。
面倒見のいい奴だ。
莉央も参加した。
「あんな風に言っておいて参加しなかったらイヤな子みたいだし、それに私が監視しないと寺林君がまた変なことを言い出すかもしれないから。」
と、何か言いわけのように言っていた。駿は俺が説得して参加させた。
「お前も積極的に仲間に入っていけよ。普通を究明したいんだろ。それに、俺も知っておいた方がいい話があったら教えてくれよ。」
クラスは40人いるのだが、35人が参加したのだという。なかなかの参加率だとも思うし、スマホを持っていても参加しなかった生徒がいるのだとしたら、その信念と勇気には敬意を払いたい。
四月はあっという間に過ぎていった。
俺は祝ってくれた接客バイトの姉さま方にクッキーを買ってお礼に返し、入学祝いのお金で大輝さんの助言通り自転車を買った。
バイト先まで自転車で20分。今までは電車で五駅乗って通っていたから交通費が浮いたことになる。
でも通学は相変わらず徒歩でしている。開錠施錠や駐輪場に止める時間を考えると徒歩でも変わらないからだ。
来週には高校に入って初めてのゴールデンウィーク、という頃、休み時間に莉央が話しかけてきた。
「ね、立花君、ちょっと相談していい?」
「ん、どうした?」
「私ね、バイトしたい。」
えっ、高野さんがバイト?考えてみたら同級生達だって高校生なのだからバイトくらいするのだ。
「けっこうお金がかかるんだ、バレー部。」
莉央はバレーボール部に入部した。結衣と同じ部活にするのかと思っていたのだが、結衣はアニメ研究会に入ったのだという。
「ああ、結衣はね、二次元に推しがいて、推し愛が強いから三次元の人には興味が持てないんだって。」
と、莉央が説明してくれた。あれほどの美女なら男子達の人気の的だろうに。こりゃ、失恋男が大量生産されそうだな。
結衣の入部でアニ研の部員は浮足立ち「リアルに姫が降臨した」として、彼女が入部した15日を毎月「リア姫祭」とすることにしたのだとか。噂だけど。
「バイトね、それで?」
「それでって、えっと、バイトといえば立花君でしょ?」
「気持ちはわかるが、何をしてほしいか言ってくれないとどうもできんぞ。」
「相談に乗ってほしいです。」
相談、といってもなあ。
「まず、いつまでにいくらくらい稼ぎたいか。」
「そっか、うん。」
「次に、どのくらいの時間働けるか。それで目安とする時給が決まる。」
「そうだね。」
「目安の時給が決まったら、ひたすら探す。以上だな。」
莉央はあからさまにずっこけて見せた。
「もう、からかってるでしょ。聞きたいのはその探し方だよ。」
「今はスマホで便利に探せるって聞いたけど、違うのか?」
「ああ、うん、そういうアプリはあるよ。でも、内容がよくわからなくて不安だったり、思ってたのと違うなんてことも多いって聞くし、信頼できるところというか、安心して働けるところがいいの。」
「コンビニとかファーストフードは?」
「うん、でも基本的に長期だったり、研修受けてからスタートだったりする。」
「まあそうだな、短期でやりたいのか。」
「うん。」
「どのくらい短期?」
「ゴールデンウィーク中だけ。」
ふむ、それはたしかに難しいかもな。あ、いや、待てよ。
俺は鞄から手帳を出した。今どき、手書きの電話帳を愛用している高校生は貴重だろ。
あったあった。
「高野さん、電話借りていい?」
「えっ、うん。」
ピッピッピッ、スマホで電話なんて久しぶりだ。
「竹内酒造でございます。」
若い女性の声。
「私、いつもお世話になっております立花歩夢と申しますが、竹内社長にお取次ぎいただくことはできますでしょうか。」
「少々お待ちください。」
電話口の女性が訝しそうな声で応じる。そりゃ、なんだか不審な電話に思うよね。
「おお、歩夢君か、久しぶりだね。」
居酒屋のバイトを紹介してくれた酒蔵の社長である。
「あ、社長、ご無沙汰しています。この前おっしゃってた道の駅の売り子ってもう埋まっちゃいましたか?」
「いやあ、実はなかなか苦労しててね、もしかして、誰か見つけてくれたのかい?」
「本人が目の前にいるので細かい条件など話していただいてもいいですか?」
目の前でポカンとしている莉央にスマホを返す。
「え、あ、もしもし、あっ、はい…えっ、クラスメイトですっ。…いえ…はい…。」
さては何かからかわれてるな。でもあの社長なら心配ない。恐妻家だしね。
芦岡市には観光資源は乏しいが、県内の高原や温泉地、アウトレットモールなどの玄関口のような場所で、ゴールデンウィークには観光客が増える。
社長の酒蔵では国道沿いにある道の駅「あしおか」で特設の売り場を設けて日本酒を売るのだという。
日本酒が好きな人には知られている名酒だそうで、量産していないから入手が難しいらしい。酒蔵からすれば販売チャネルが弱いともいえる。
道の駅の特設売り場は、抽選なので毎年出られるわけではないが、今年は運良く当選したため、急遽販売を手伝ってくれる売り子を探していた。
ツキカガの望月さんを通じて俺に打診があったのだが、
「すみません、ゴールデンウィークは田植えで」
とお断りしたのだった。田植えの手伝いは楽しいし、いつも世話になっている農家のおばちゃんの頼みだから優先しなければ。そもそも「売り子」なんてガラじゃない。
たしかその時「誰か友達を紹介してほしい」と頼まれた気もするのだが、当時の俺には友達が一人もいなかったから、気のない返事だけしておいたのだった。
「はい、それではよろしくお願いします。」
明るい声で電話を切った莉央が歩夢に向き直る。
「立花君、ありがとう!私、やってみる!」
「そうか、俺も社長に恩返しができてよかったよ。」
莉央のような魅力的な女子高生が売ったら売上も伸びるに違いない。
「ウィンウィンってやつだねっ」
莉央はピースサインを両手で作って、それを顔の前でくっつけた。高野さん、それだとW、もしくはVVだけどね。
しかし、たしかにこういうことってあるよな。
募集内容があいまいでわかりづらい。例えば「倉庫業務の補助作業」と書かれていても、出入りする荷物の確認作業もあれば、ピッキングのように広い倉庫を駆け回る仕事や、フォークリフトの代わりを務めるような力仕事もあって、いろいろだ。
「簡単なお仕事です」というのも決まり文句だが、人によって得手不得手がある。
俺の経験の中で言うと、「おもちゃの組み立て」というバイトは一日中、黙々と車のおもちゃにタイヤを嵌めこむ作業で、簡単だったけど退屈したし、指が痛くなった。
誰か友人がやっていたら話も聞けるし、仕事内容もイメージできる。
一方、雇う側もどこの誰だかわからない人より、知人やバイトから紹介してもらった人材のほうが安心だ。
同級生達もきっとさまざまなバイトを経験し始めているだろうし、当たり外れも感じることがあるだろう。
漠然と何かの着想を得たような気がしたが、それはモヤモヤと形にならぬまま頭の隅に消えていった。
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