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(6) 仲間外れにしちゃうんですか?

 といっても、一限目はホームルームだ。学校からの連絡事項、担任教師からの訓話、クラス内の話し合い、などに充てられた時間で、週に一度だけある。終わるとチャイムまで自習時間になるらしい。


 名原先生が教室に来て、来週の予定などを伝えた後、


「今日は私からは他にありません。皆さんからは何かありますか?」


と言われましても、まだ入学から日の浅い新入生である。誰も何も言うまい、と思っていると、さっと手が上がった。


「はい、寺林君」


 イケメン寺林、さっそくなんだろう。


「クラス全員でチャットグループを作りたいと思うのですが、みんなどうですか?」


 ああ、あれか、スマホアプリの。そういえば小学生の時はやってたな。聖琳小では全員がスマホを持っていた。たしか五年生の時だ。最初はけっこう盛り上がったけど、全員で話すことなんてあんまりないんだよな、実際は。


 今の俺はスマホを持っていない。ほとんど困ることもない。俺以外は全員持っているものなのだろうか、今どきの高校生ならそうなのか。

 あとで事情を話して俺だけ免除してもらおう。こういう例外措置を頼みに行くのには慣れているからな。


「はい、高野さん。」


 隣で莉央がまっすぐ手を挙げていた。名原先生から指名されて立ち上がる。


「全員、と最初から決めつけるのはどうでしょうか。自主性に任せて、希望者だけが参加したほうがいいと思います。」


 うん、そういう考え方もあるよな。たまたま同じクラスになったというだけであって、事情は人それぞれだ。

 クラスが少しざわつき始めた。賛否両論、といったところか。


 寺林が再び立ち上がる。


「全員であることに意味があるんです。入っていたり入っていなかったり、だと、何かの連絡をしても届く人と届かない人が出てしまいます。」


 一理ある。皆クラスメイトなんだから。スマホなくてごめんよ。


「連絡って例えば?」


 どこかから声が出る。野球部の菊村か。


「文化祭や学校行事の準備のこととか、全員で遊びに行くとか、生徒同士で話し合うようなこととか、かな。」


 さすが元生徒会長、クラス想いだね。


「スマホを持っていない人はどうするんですか?仲間外れにしちゃうんですか?」


 え、高野さん、それ、まさか俺のこと?俺のことなら気にしなくていいのに。


「えっ、そんな人いるの?スマホ持っていない人、手を挙げて」


 寺林、それはダメだろ。しょうがないなあ。

 俺は手を挙げつつ立ち上がった。


「すまん、寺林、俺持ってないんだ。で、俺は別にそれを言うのは平気なんだが、そうでない人もいるかもしれない。全員の前で聞くことではないんじゃないか?」


 寺林はぐっと言葉に詰まった。まさか同じ中学の出身者二人に反駁されるとは思っていなかったろう。


「わかった、僕も軽率だったかもしれません。いったん取り下げます。」


 寺林は下を向いたが、そんな彼への同情と同調の声も上がる。


「でも希望者で作ったらいいんじゃない?せっかく同じクラスになったんだから。」

「うん、私ももっとみんなと知り合いたい。」

「俺は参加してもいいよ。」


 うんうん、優しいクラスでよかったよ。


 結局、希望者でグループを作って、参加も脱退も自由、ということで話はまとまった。

 ついでに、生徒同士の話し合いの議長を決めたらどうか、と先生から提案があった。

 たしかに高校生にもなって先生にお願いすることではない。


 だが、立候補もいないし、他薦や投票をするにはまだお互いのことがわかっていない。さっきの対話の流れがなければ寺林を推す声はあったかもしれないが。


「立候補も推薦もないようなら、私から指名してもいいかしら。もし不適任であれば話し合ってくれたらいいから。」


 名原先生の言葉に教室が静まり返る。入学直後のタイミングだから仕方ないか。

 そうだよな、俺も皆と同じ気持ちだよ。名原先生の口から自分の名前が出ませんように。


「では、意見もないようなので。立花君、あなたやってくれない?」


 えっ、俺ですか?なんで?


「えっと、お引き受けするのはかまいませんが、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか。」


「そうね、まずこのクラスの中ではあなたが入学試験の点数が一番高かったこと。今の会話の中であなたが弱者の視点で発言をしたこと。あなた自身のことは犠牲にしてもね。」


 それは買いかぶりってものですよ、先生。少なくとも、犠牲にはなっていません。

 でも入試の成績が良かったのはよかった。受験校のレベルを落としたつもりは毛頭ないけど、志望理由は「家が近いから」だったもんな。


「犠牲になったつもりはありませんが…みんながいいのならお引き受けします。」


 両隣から拍手が聞こえた。駿と莉央だ。その拍手につられる者も多く、議長役を押しつけられることになった。放課後に残らなきゃいけない係よりはいいからね。


 同級生達が俺を見ている。何か言えってことだよね、たぶん。

 俺はあきらめてもう一度立ち上がった。議長就任の挨拶ってやっぱり前でしないといけないのかな。まだ時間もあるし、今から議長ってことだよね。


 俺は仕方なく教壇に近づき、名原先生が譲ってくれた中央に立った。


「えー、先ほどは失礼しました。突然のご指名で驚いています…。そうですね、弱者の味方なんて大それたことはできませんが、さりとて多数派が正義とも思っていません。なので安直に多数決を取るようなことをしない議長になろうと思います。せっかく同じクラスになったので、闊達に意見を出し合って、お互いがお互いの影響を受けるような、誰もが自分の気持ちを話せるようなクラスにしていきましょう。先ほどの寺林君からの提案の真意もそういうことなのだと思います。」


 寺林がぐっと頭を上げて、俺を意外そうな目で見た。その目に俺は笑いかけた。だって、別にお前をやりこめたかったわけじゃないんだから。

 寺林が小さく頷いて、クラスは先ほどよりも大きな拍手に包まれたのだった。



 その日の放課後。


 帰り支度をしていると駿が俺の脇腹をつついてきた。


「ん、どした?」


「ちょっとうちに寄れない?」


 今日はシフトが休みでバイトがないから時間はあるのだが、明日のためにすることもある。


「少しならいいよ。」


 どうせ学校の隣のマンションだ。帰り道みたいなもんだ。


 俺と駿は連れ立って、あの異様な空間を目指した。駿がお迎えを待つ待機部屋。

 部屋に入ると、駿がコーヒーを淹れると言って、お湯を沸かしながら豆を挽き機に入れ始めた。インスタントじゃないんだな、さすがご令息。


 というか、数日前にはなかったようなドリップコーヒーのキットが買い揃えられている。

 なんか食器も増えてないか?


 ガーッ、と、上位機種でも豆挽きの音はやっぱりやかましいんだな。


 豆が挽けるとフィルターをドリッパーにセットして。でもなんだか手元がおぼつかない。さてはこいつ。


「代わろうか?」


「いや、大丈夫、なはず…ちゃんと習ってきた、から…」


「フィルターはそのままじゃ安定しないから、こことここを折ってさ。」


「あ、そうだった…こうかな。」


「そうそう、粉を入れて。」


 やっぱり初体験じゃねえか!まあいいや、何事にも初めてはある。


「コーヒーメーカーを買えばよかったのに。」


「いや、なんかさ、コーヒーを淹れるっていう風景に憧れがあって。」


 それはわかるような気がする。わかったよ、どんなコーヒーでもありがたく優しい気持ちで飲んでやるよ。


「でもこのポット、ちょっと大きすぎないか?あー、粉もすげえ多いし。」


「大は小を兼ねる、というものさ。」


 そうこうしている間にお湯が沸く。


「歩夢、できる?」


「何が?」


「お湯注ぐの。」


「やってみたかったんじゃないのかよ。」


「そうだけど、見本が見れたらなあ、と思ってさ。」


 まあ、できるぞ。ツキカガでコーヒー淹れる係は俺だから。

 メニューにはないが、大輝さんと田村さんは夜の開店前にコーヒーを所望する。

 昨日は俺が泣いてたからサユミさんが代わってくれたけどね。


 仕方がないから、ヤカンを取って粉を蒸らすだけのお湯を注ぐ。


「そういえば1、2分蒸らした方がいいって言われた。」


「誰に?」


「木村さん。」


 誰だよ、家政婦さんかな。


「四人分ね。お客さんが来るから。」


 そうなの?聞いてなかったけど。

 昨日のサプライズの衝撃がトラウマになってるかも。


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