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(36) 目的はなんだ

 三日間の期末考査が終わった。


 俺はバイトまで時間があるから駿の部屋を訪ねていた。

 この季節、この時間帯の俺のアパートは蒸し暑くて、とてもいられたものじゃない。


 莉央と結衣は今日から部活が再開されたから、今日は駿と二人きりだ。


「それにしても、すごかったな、あの予想問題は。」


 昨日を終わった時点で、莉央はチャットで「予言問題」と言っていた。

 それほど、駿の作った想定問題はよく的中していた。

 圧巻だったのは今日の「生物基礎」で、重箱の隅をつつくような問題が事前に予想されていたから、すんなりと解くことができた。


 駿は「自分の趣味」と言っていたから、お礼を言うのも筋違いだろう。

 俺はコーヒーを、初めて自分からすすんで淹れて差し上げた。


「駿、お前って、人の心を読むの上手いよな。」


 そう何気なく言った。


「ふふふふ、トレーニングしているからね、僕は。」


 普段はあまり感情を見せない駿も、今日はさすがに得意げだ。


「トレーニング?」


 駿は立ち上がって、部屋の奥にあるパソコンエリアに歩いていくと、ゲーミングチェアに座って、カチカチとマウスを動かした。実際にはクリック音はしなかったが。


 壁面に並んだ六台のモニターが、一斉に作動して画面を映し出す。

 何かのプログラムが走っているのか、それぞれのモニターで英数字がものすごいスピードで上方へと流れている。


 いつもは黒い画面のモニターが、こうやって起動されると違和感がさらに増す。

 まるでどこかの軍隊の作戦指令室のようだ。


 駿がチェアを回してこちらを向き直る。


「いや、駿、そんなドヤ顔されても、俺にはわからないぞ。」


「ホワイトハッカーってわかるかな。」


「企業のサーバーに侵入してみる仕事?」


「おお、ざっくりきたね。まあでもだいたいその通り。」


「駿はそれをやっていると。」


「そう。懸賞がかかってたりするんだよ。つまり複数のハッカーが侵入を試みる。企業側のサーバーはそれを防ぐ。防がれてカウンター攻撃を受けたら、負け。気づかれずに侵入できたら勝ちで、その侵入経路を企業に教える。企業はそれに対して対策を講じる。」


「そんなことしたらホワイトハッカーに機密情報が漏洩するんじゃないのか?」


「まさか、本番環境ではしないよ、そんなこと。検証環境、中身にダミーのデータしか入っていないサーバーで実験するんだ。」


 「懸賞」と「検証」が紛らわしいが、なんとなく理解できた。


「ということはだ、お前はその勝ち抜き戦に勝つような凄腕ってことか。」


「まあね、一部の世界ではそこそこの有名人かな。もちろん素性は知られていないけど。こういう世界はデジタル技術を使ってはいても、心理戦だからね。結局は人間の心理を読み合う勝負なんだ。」


 うーん、にわかには信じられない。でもこんな壮大な嘘をつくかな、こいつが。


「疑うのも無理はないね。じゃあ、面白いものをみせてあげるよ。」


 マウスを動かす。中央上のモニターが、数字の入ったマスを映し出す。

 将棋盤か?


「見覚えあるよね。」


 え、これ、まさか…。


「そう、座席表だね、うちのクラスの。僕は君がいないと学園生活をまともに送る自信がないから、隣の席にさせてもらった。」


 世界的ハッカーじゃないのかよ、やることがショボすぎるんだが。

 いや、待てよ。


「駿、お前、俺が芦岡北を受けるのも知ってたのか?」


「もちろん。その情報をキャッチできなければ今でも聖琳にいたよ、たぶん。歩夢、一度だけだったけど、予備校の模試を受けただろう。」


 たしかに受けた。志望校に芦岡北を書いて。A判定だった。

 その情報を盗み見たってことか?予備校のサーバーに侵入して?


「俺が第一高校受験に切り替えてたらどうするんだよ。」


「それはないね、第一高校はバイト禁止、しかも交通費がかかる。」


「じゃあ、あの想定問題も…」


「ふふふふ、それこそまさかだね。試験問題を盗み見たって何も得るものはないよ。」


 ま、それはたしかに。あんなにわかりやすく教えられるくらいだもんな。


「わかった、わかったよ。つまり、お前は俺を追いかけて聖琳を辞めて、芦岡北高に来たわけだな。」


「まあ、そういう言い方もできるね。」


「目的はなんだ。」


「また面白いことを言うね、歩夢。別に君でなくてもよかったけど、僕の友達で聖琳を辞めていったのは君だけだから。他に僕の友達はさほどいないのだけれども。」


 そんなに仲良かったっけ、俺。


「僕は聖琳では浮いてたからね。」


 聖琳でも、じゃないですかね、坊ちゃん。


「お前、捕まるなよ?」


「どうだろう、イスラエル人だと思われているから平気じゃないかな。」


 だめだ、もうついていけん。


「ところで、歩夢。今日は僕に何か話すことがあるんじゃないか?」


「またそうやって、俺の心を読んだように…、ん?お前、まさか」


「知らないよ、何も。この数日、君の様子がいつもと少し違うからさ。」


「駿、お前、人の心を読む割には嘘をつくのは下手くそだな。」


 いつもより早口になってたぜ、駿よ。


「ふふふふ、さすが歩夢。」


 それも陽動作戦か?だめだ、こいつとまともにやり合おうと思うと気がおかしくなる。


「実はね、一年くらい前のことになるけど、ある企業から依頼を受けたんだ。国際入札に応募してきた企業の情報セキュリティについての調査だった。グローバルに事業展開している大企業に混じって、個人名が一つだけあった。」


 やっぱり…。


「世界的に活躍する企業と戦う個人なんて興味を惹かれるじゃないか。住所が同じ県内だったこともあって、僕は沸き立つ好奇心を抑えられなくなってしまった。」


 親父のことだ。じゃあ、競合企業の機密漏洩事件というのも、もしかして…。


「待て、それ以上は聞かない。俺を追いかけて芦岡北に来たのも、その好奇心の一環なんだろう?」


「うーん、微妙に違うかな。君のことが懐かしくて仕方なくなってしまったんだよ。」


「さっきも思ったんだが、お前と俺ってそんなに仲良かったか?」


 聖琳に通っていた時の記憶は薄らいでいるが、それにしても駿を特別な友人だと思ったことはなかったと思う。

 小学生時代の俺は誰とでもそこそこ親しく話ができてたぞ、駿と違って。


「そうだね、歩夢と僕は聖琳では、別の意味で異質の存在だったね。」


 俺が異質?そう言われてみれば、級友達の会話にはついていけないことも多かったな。

 「セレブ度競争」にはまったく入れなかったし。


「君はきっと覚えていないだろうけど、僕は歩夢に一度助けられたことがあるんだ。玉井君と喧嘩になった時。」


「玉井?新幹線で通っていた奴か。」


 有名小学校だったから他県から通ってくる子もいたが、玉井は東京から新幹線で通学していた。鉄道、不動産、流通など多角経営している玉井グループの御曹司だ。

 言われてみれば、あいつ、地方の名士の息子である駿に、何かとつっかかっていたっけ。


「バカバカしくて相手にしてなかったけど、あまりにくだらないことで難癖をつけてきたから反論したら、掴みかかってきてね。」


 ああ、そんなことあったねえ。ガキの喧嘩だ、懐かしい。

 あれってどうなったんだっけ。


「歩夢が仲裁に入ってくれて、玉井君の取り巻き達を三人、立て続けに倒した。」


「ああ、思い出したけど、倒したは大げさだぞ。あいつら、勝手に自分達でぶつかって転んだだけだったじゃん。」


「いいや、歩夢が身をかわして、背中をトンと突いた。それでぶつかった。」


 合気道教室で習ったやつかな?そうかもな。


「そんなことより、歩夢がその後に彼を一喝したのが痛快だったんだ。」


 えっと、それは記憶にないな。


「親が何してようが俺達は同級生だろう、玉井の家がすごいのは知ってるけど、お前個人だって充分すごいぞ、みたいなことを言っていたね。」


 そうでしたっけ?やっぱり覚えてない。

 たしかに、玉井は勉強もできたし、何より足が速かった。なんか専属コーチがいるとかなんとか。


「それからすっかり玉井君は大人しくなった。僕へのいやがらせもすっかりなくなった。」


 へえ、それはよかったな。


「あ、だいぶ脱線したね。君の話を聞こうか。」


「お前は知ってるんじゃないのか?」


「だいたいの予想はついているよ。あ、言っとくけど、君の父上の競合企業の機密情報を盗み出したのは僕じゃないからね。それを隠そうとしていた事実を突き止めたのは僕だったけど。」


 そうかいそうかい、それはありがとうよ。

 俺は先日親父から聞いたことをかいつまんで話した。


 親父の技術特許が売れたこと。

 売却金額は借金額を大きく上回っていること。

 親父がその企業の子会社に就職すること。


「その会社は東京にあるから、親父は東京で家を探してる。お袋と妹は東京に行く。俺はこっちに残る。」


「へえ、こっちで一人暮らし?」


「高校もあるし、バイトもあるし、今までと変える必要もないからな。」


「高野さんもいるしね。」


「なんだよ、それ。」


 ま、その通りなんだが。


読んでいただきありがとうございます。応援よろしくお願いします。

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