(34) 何も考えないでほしい
あっという間に、芦岡北高は期末考査一週間前に突入していた。
莉央と結衣と俺の三人は、駿の部屋のローテーブルで「期末考査想定問題」を解いていた。問題は駿が作ったものだ。
エアコンの微かな送風音と、シャープペンを走らせる音に加えて、ときどき莉央が「うーん」とか「えっと」とか小さな囁きを漏らす。
「ピピピピ」
と莉央のスマホが鳴った。タイマーをセットして時間を計ってくれていたのだ。
「はーー、全然ダメ、難しいよ、中道君」
莉央がテーブルに肘をついて駿を見る。
パソコンに向かっていた駿がこちらを向き直る。
「せっかく向上心を持って来てくれているのに簡単な問題ばっかりだと申しわけないからね。」
「うん、たしかに、なんか痛いところを突いてくる問題が多いよね。」
と結衣も眉根に皺を寄せる。
「駿、これ、クラスで売れるんじゃないか?」
「ふふふふ」
「立花君。中道君がそんなはした金を欲しがるわけないじゃない。」
と莉央。たしかに、おっしゃる通り。
「君達は友達だから、僕の趣味に付き合ってもらっているけど、大勢を巻きこむつもりはないよ。」
「趣味なのか?これが?」
「趣味というか、僕なりの試験対策、かな。中間考査の時は試験勉強なんてしない、って強がってみたんだけど、受けてみたら想定と違う問題がいくつかあった。だから今回はもっと精度を上げようと思って考えていたら、想定問題ができたから、それっぽく出力してみた。」
なるほど、問題に答える勉強をするのではなく、問題を作るという勉強法、か。
「試験問題というのは先生との駆け引きだからね。先生は意地悪がしたいわけではなくて、生徒の理解度を測りたいわけでしょ?だから、どのように測ってくるかを予測する。これが実に楽しいんだよ。」
「つまり俺達はその趣味のおこぼれを頂戴しているわけだ。」
「先生たちの癖を中間考査で補正したから出題傾向はだいたい掴めていると思う。でも自分一人で『わーい、予想が当たった』って思ってもつまらないじゃないか。」
一般的にはそれだけで「ヤマが当たった」と喜ぶものだと思うんだが。
「それで君らに事前に見せておこうと思ったわけさ。そしてどうせ見せるなら少しでも試験勉強に役立ててほしいじゃないか。」
「わかった、理解はした。しかしこれすごいぞ、宮原さんの言う通り、自分の理解が曖昧だったところが浮き彫りになる。」
「じゃあ、解説していこうか。」
中道先生の講義が始まる。中間考査の時にも助けてもらったが、今回はさらに凄みを増していた。あの先生なら、この部分はこうやって試してくるだろう、といった解説をしながら、その理由と理解すべき本質を指摘してくれる。
「でも本当に助かる。ありがとう、中道君。立花君も。私達まで呼んでくれてありがとう。」
お礼を言う結衣の隣で、莉央が得意げな顔をしている。
そのドヤ顔はどういう趣旨でしょうか、高野さん。
たしかに、今回は中間考査の時とは違って、俺から誘った。
「今日の放課後、駿の部屋で勉強を教わるけど、高野さん達も来るか?」
「結衣に聞いてみる!」
それはささやかなことだが、俺にとっては大きな変化だ。
放課後、駿の部屋に集まると、結衣は肩まであった黒髪をショートボブにしていた。
「この前、家族で大阪に行った時にね、ショートの似合う素敵な人がいたの。だから真似してみたんだ。これから暑くなるっていうのもあるけど。」
と言っていた。もともと顔立ちが綺麗だから、都会的な髪型にしたことでより洗練された印象になったと思う。
「初め見た時はビックリしたけど、すごく似合ってるよね!」
莉央に感想を求められたが、こういう時は何を言えばいいんだ?わからないから黙って頷いておいた。
「また宮原さんの人気が上がって、ボディガードの高野さんは大変だね。」
駿がそんなことを言いながら、ニヤニヤと俺のほうに視線を送る。
だから、そんな陽動には引っ掛からないって。
その後、中道家の御曹司、駿にお迎えの車が着いたところで勉強会は終了。
外に出ると、だいぶ日が伸びてきてまだ明るいが、梅雨の雨が降り続いていた。
雨の日は莉央も結衣も徒歩通学をしている。
県道の歩道は狭いから、傘をさすと横に並んでは歩けない。
俺達は縦に並んで、結衣、莉央、俺の順番で歩いた。
結衣は薄水色の、莉央は白い傘をさして、透明ビニール傘の俺の前を歩いていく。
莉央は少し弾むような歩き方をするから、後ろで束ねた髪が歩くたびに揺れる。
「まだ明るいから送らなくても大丈夫そうだな。」
後ろから声をかける。莉央が振り向いて、
「えー、つめたい。こんな可愛い子達が夕暮れ時に歩いてて何かあったらどうするの?」
と笑う。まあ、こんな俺でもサユミさんの時のように少しは役に立つかもな。
「へいへい、お送りしますよ。」
三人とも家は近いから、どうということもない。
県道沿いで結衣を見送って、そこからは莉央と二人になる。
コンビニの角を曲がると、車通りの少ない脇道だから、傘を並べて歩く。
「結衣にね、話しちゃった。」
「ん?」
「この前のこと。」
「ああ、うん。」
「あ、大丈夫、ちゃんと全部正しく伝えられた、と思う。」
莉央が俺を好きだと言ってくれたこと。俺も想いを伝えたこと。恋愛はしないと言ったこと、という意味だろう。
「最初の時の『月』の話からしたら、立花君らしい、って笑ってたよ。」
そこからかい。
「ダメだった?」
だって、もう話しちゃったんでしょ?
「ダメじゃないよ。」
女同士の親友とはそうなんだろう、きっと。多少、恥ずかしくはあるのだが。
「結衣は、よかったね、って言ってくれたけど、これからが大変ね、って言ってた。」
莉央が「待つ」と言ってくれたことについて、かな。
「俺もさ、考えたんだ。」
そう、莉央の気持ちを聞いてから、莉央に気持ちを伝えてから、考えた。
「俺は高野さんがつらいのはいやだから、どうすればいいんだろうって。」
「えー」
「ほんとは距離を置いて、」
「待って。」
莉央は俺の言葉を遮った。落ち着いた声で。
「立花君が考えることはどうせロクなことじゃないから、何も考えないでほしい。」
「俺もそう思った。その話をしようとしてた。」
「あははは、そうなんだ。」
いくら考えたところで、俺にはどうしようもない。
莉央が自分で言っていたように、莉央の気持ちは莉央自身のものだ。
それは、俺の気持ちも同じ。
莉央の家が近づいて、俺達はどちらからともなく歩調を緩めた。
「今日はどうして誘ってくれたの?」
「この前の会話がなかったらどうしてたかな、と思って。」
「うん、友達だもんね、私達。」
「少なくとも、ただの同級生とは違うからな。」
「えへへ、うん、それでいいと思う。あまり意識しないで、自然体で。」
「ああ、そうする。また明日な。」
「うん!じゃあ、また明日ね。勉強頑張ろうね!」
莉央は小走りに、スタイリッシュなモノトーンの自宅に帰っていく。
雨が少し強くなって、傘に当たる雨音が大きくなった。
自然体、か。
そういえばサユミさんにも言われたな。
「もう自分を特別扱いする必要はないんだから、ちゃんと青春しないとダメだよ?」
青春、ってなんだろう。例えば、恋愛とか。
それなら、すでにこの状態は、莉央と想いを伝え合った今は、立派に「青春」なんじゃないだろうか。
そんなことをしている余裕が俺にあるのだろうか。
「立花君が考えることはどうせロクなことじゃないから、何も考えないでほしい。」
莉央の言葉が頭をよぎる。そうかもしれないな。
ついこの前まで、俺はもっと気楽に生きていたような気がする。
「青春」っていうやつは、案外窮屈なものなのかもしれない。
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