(3) 常識からかけ離れてるぞ
俺は普通の歩調で二人の後を追った。
高野さんとユイさんの二人は、校門から5mほどの歩道で止まっていて、二人とも肩で息をしている。
「ごめんねっ、急に、巻きこん、じゃって」
高野さんが荒い息を落ち着かせながら、顔の前に上げた片手で拝むようなポーズを作った。わずかに茶色がかった髪を後ろで束ねている。束ねた髪先が波打っているからパーマをかけているのかもしれない。
飾り気のない笑顔がキラキラとして、見ようによってはあざとい。
「ユイが、サッカー部の先輩につかまっちゃって、逃げ出してきた」
「莉央、大げさに言わないで。マネージャーに勧誘されていただけでしょう。」
「そうだけど、あれは絶対ユイ狙いだったよっ!あのままだったら強引に入部用紙に名前書かされてたよ。『友達を追いかけて走って脱出作戦』大成功でしょ。」
ごめんポーズを作っていた手をピースサインに変えて、ユイさんに微笑む。
「もう、それで他の人に迷惑かけたらダメじゃない。」
「それは大丈夫。立花君、隣の席だもん。」
滅茶苦茶な論理なのだが。まあ、実際さほど迷惑を被ったわけでもない。
「あっ、ユイ、こちら立花君。知ってるでしょ?」
「うん。ココウの立花君、でしょ。」
ココウ?俺に付けられた二つ名だろうか。どんな字を書くんだろう。
「お話しするのは初めてですよね、宮原結衣です。一組です。」
なるほど。先輩がマネージャーに熱望するのもよくわかる。
艶のあるストレートの黒髪が肩にかかり、大きな茶色がかった瞳、鼻筋のとおった整った顔立ち。
丸顔で小動物を思わせる莉央とは対照的に、可憐で大人し気な美少女である。
「えっと、俺を知ってるってことは、箕崎中?」
これほどの美人さんなら知っていてもよさそうなものだが、あらためて自分の中学時代の孤独さを思い知った。
「ちょっと、立花君、結衣を知らないの?驚いた…」
宮原結衣が答えるよりも先に、莉央が声を上げた。
きっと学校のアイドル的な存在で、男子生徒なら誰もが憧れる高嶺の花だったのだろう。
「悪い、あまり周囲に気を配れない生活だったもんでな。」
あ、もしかして、さっきのココウは孤高と書くのか?そんな輝かしいものではなかったんだが。
「一年の時、私も結衣も同じクラスだったじゃない!」
「あ、そうなのか。それは本当に申しわけない。」
始業ギリギリに学校に来て、終業とともに帰る、そんな中学生活だった。
「それでね、結衣。立花君の後ろにいるのが、中道君。三組だよ。」
そういえば駿もいたよね。
「中道駿です。えっと、歩夢とは小学校が同じで、他には知り合いがいないので今日は孤高の立花君に保護してもらってます。」
俺の二つ名、駿は気に入ったらしい。
「そう!あのね、結衣、中道君は聖琳中学出身なんだって。すごいよねっ。」
そんな評価になるのか?意外だった。
駿よ、俺からこっちの常識を学ぶのは無理っぽいぞ。
「中学入った時も立花君が聖琳小学校から来てて驚いたよねー。」
莉央がどんどん話し、結衣がおっとりと聞く、というのがこの二人の関係性のようだ。
「いや、それは…」
俺と駿では、来た理由がまったく違う。なんと説明したものか、と思っていると、駿が少しだけ前に歩み出た。
「えっと、もしよかったらだけど、僕の部屋がそこのマンションにあるんだ。立ち話もなんだから、そこで話をするというのはどうだろうか。」
何を言ってやがる、駿。
たしかに、駅までは20分もかかるような辺鄙な場所にある高校だけれども。周囲にはゴルフ練習場以外に何もないような所だけれども。
そんなことより、お前、三年会わない間にそんな社交性を身に着けたのか。
莉央と結衣は顔を見合わせている。そりゃそうだ。初対面の男子の家にほいほいとついてくる女子高生がどこにいる。
ん?部屋?こんなところに?
「うん、それいいかも!学校の隣がお家なんだ、うらやましい!」
えっ、ちょっと高野さん、いくらなんでも素直すぎやしませんか。
「ではどうぞ。」
あっけに取られている俺を無視して、駿は高校の敷地のすぐ隣にある三階建てのマンションに二人を案内している。なんの変哲もない、ごく普通のマンションである。
まさか、あの大邸宅に住んでいた中道家が、こんなマンションに引っ越してきているなんて。いや、そんなはずはない…。
部屋は二階の、階段を上がってすぐのところにあった。
駿が鍵を開けて、女子二人を招き入れる。
「お邪魔しま…」
さすがの莉央も、玄関に入ったところで足を止めた。今さらになって事の重大さに気づいたのかもしれない。
「え、何ここ…」
ドン引きしている女子高生の後ろ姿って、初めて見た。何か異様なところがあったのだろうか。そう思いながら中を覗きこんで、さすがの俺もその違和感に絶句した。
部屋はワンルームだった。紫色の高級そうな絨毯が敷かれており、部屋の中央にはローテーブル。壁際にはコンピュータのモニターが6台、3列×2段で並んでいる。大きめのデスクにキーボードとマウスが2セット。ゲーミングチェアが一脚。デスクのわきにPCが4台。そのうちの1台はなんだかやけに大きい。
生活感はまったくない。寝具も衣装ケースも、調理器具もない。コップなどの食器が少しだけ食器棚に収まっている。他には冷蔵庫が一台あるだけ。
秘密結社の基地かよ。
「異様な部屋ですみません。中へどうぞ。」
「あ、はい、お邪魔します…。」
莉央がまさにおそるおそる、といった様子で部屋の中に入っていく。
「中道君、ここ、お家じゃないの?」
「うん、部屋って言わなかったっけ?今何か、飲み物でも出すよ。ジュースでいい?」
「う、うん、ありがと…」
入学初日からやらかしたな、駿。
戸惑いが隠せないまま、いたいけな女子高生の二人はローテーブルの向こうに腰を下ろした。
俺の方は過去の経験値からだいたい事情が呑みこめた。
「駿、お前、ここってつまり送り迎えの待機用の部屋なのか。」
「うん、そうだよ。校門前に車を横づけするなんて非常識じゃないか。」
「いやいや、充分非常識、というか常識からかけ離れてるぞ。」
「そうか、親に言っておくよ。母さんが特に心配性なんだよね、うち。」
たしかに小学校からセレブ学校に通っていた息子が、どういうわけか一般県立高校に通うと言い出したら親は心配するわな。
ちなみに、聖琳学園には送迎用の駐車場が完備されていた。
「えっと、こいつの家、金持ちで。」
どこまで話していいものかわからないのだが、まずは莉央と結衣の思考停止を治癒しなければ。
「もしかして、中道城の中道…?」
先に立ち直ったのは結衣の方だった。
「ああ、うん。」
ここ芦岡市は、蜷坂市という県内で二番目に大きな地方都市に隣接する小さな市だ。芦岡駅を中心に市街が形成されており、市街の向こうに大川という一級河川が流れる。
大川の対岸の丘陵地には、芦岡城址公園という公園が整備されていて、芦岡城は別名を中道城という。室町時代からこの地を領していた地方豪族・中道氏が、戦国時代に築いた山城である。
山城の本丸跡からは麓にある大邸宅を見下ろすことができる。
もとは城の御殿で、城主の住まいと領地経営のための役所が置かれていた。
この町で育った者なら学校の遠足や散策実習などで必ず城跡に登った経験があるから、あの屋敷の存在は誰もが知っている。
御殿の跡地に城主だった中道家の末裔が住んでいることはあまり知られていないのかもしれないが。
それを聞いて、莉央もようやく放心状態から解放された。
「え、つまり、中道君は別の所に住んでいて、ここはただお迎えの車が来るまで時間を潰すためのお部屋、ってこと?」
「迎えが来るのは夜だから、家には食事と睡眠を摂るために帰る感じになるけど。」
いいぞ、駿。そのままセレブリティなビックリ話を繋いで、俺の身の上話をうやむやにしてくれ。
駿はグラスに注いだオレンジジュースを莉央と結衣の前に並べ、駿自身と俺の席にはマグカップでジュースを置いた。
「そんなことより、歩夢の話を聞きにきたんじゃなかった?」
「いや、俺の話はいいよ。お前の話の方が面白いだろうし。」
「ううん、僕が聞きたいんだよ。朝もそう言っただろう?」
二人の美少女もこちらに視線を移してきて、これはもう観念せざるを得ない。
きっと別の意味でドン引きさせてしまうだろうけど、すまんな、二人とも。
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