(26) 迷宮のボス部屋みたいなとこだった
デイキャンプの翌日くらいから、俺の周りはなんだか騒がしくなっていた。
入学から二カ月も経てば、休み時間の教室にはいくつかの領域が作られる。
文化系の部活のメンバーが男女問わず集まる廊下側前列。
寺林を中心に「カーストトップ」とでもいうのか、華やかなグループは廊下側後列。
野球部菊村の周りに運動系部活の男子達がバカ話をする窓際後列。
運動系女子は少数勢力で、中央前列に小さな陣地を持っている、といった具合だ。
バレー部の莉央の仕草の可愛らしさが運動部女子に愛されて、自然に陣地が形成されたような形だ。
俺と駿の席がある窓際前列付近はいわば緩衝地帯で、誰が集まってくるということもない静かなエリアだ。いや、だったと言うべきか。
この数日はとっかえひっかえ、どこかのグループがやってくる。
最初は寺林達だ。いや、寺林が来たら取り巻き達がついてきた。
「二人とも昨日はありがとな。大成功だったよ。」
「俺はただの参加者だろう。駿、何か言え。」
「うん、実は父に叱られたんだ。」
えっ、この土地第一の有力者、中道家のご当主に?
「同級生の皆さんが来るのに、なんで事前に言っておかないんだ、何の差し入れもできず、本当に申しわけないことをしたじゃないか、って。なので、ぜひまた企画してほしい。」
「そんな気を使ってもらわなくても、場所をお借りしただけで充分だよ。」
と寺林。そういう反応が一般的だよね。
「寺林の言う通りだ、駿。前みたいに花火なんて打ち上げられたら、みんな驚く。」
「「えええっ!」」
一同驚愕。あと高級牛肉の塊とか寿司職人とか、そういうのだ、たぶん。
「えーと、駿、お父上にはな、お心遣いはありがたいのですが今回は手作り感を楽しむ会だったので場所をお借りできただけで助かりました、と同級生一同の声として伝えてくれ。」
「うん、もう言ったから大丈夫だよ。」
「でも立花にもずいぶん負担をかけたよな。」
寺林グループの男子、名前はえーと、岡島?
「いや、会費の中でやりくりできたぞ。」
持ち出しなんてしていない。できないし。
「そういうことじゃないよ、皆が遊んでる時も料理してくれてたじゃん。」
「焼いて食うだけだっただろ?」
「いや、鍋も雑炊も美味かったし、バーベキューの間もずっと働いてた。」
よく見てやがるな、岡島。たしかにそうだが、仲間でわいわい、というのがどうも苦手で、作業に逃げこんでいただけのことだ。
「大丈夫、俺もちゃんと食べてたから。」
見かねた莉央が俺の分をキープして甲斐甲斐しく運んでくれたおかげだ。
しかし高校生というのは中学生に比べて視野が広がるものなのかもしれない。
同級生達の輪の中から、枠の外にいる俺の動きに気づく人がいるということか。
佐伯美苗もやってきた。
「立花君、ありがとね、みんなに野菜褒めてもらった。」
「こちらこそ、無理言って悪かったな。」
「ううん、立花君の言った通りだったよ。」
なんか言ったっけ、俺。恋バナのことか?
ちょっと面白かったのは友村という男の解説だ。
「教室のこのあたりって、迷宮のボス部屋みたいなとこだったよな。謎のキャラが二人で陣取る、みたいな?」
たしか「アニ研」だったな、友村。
こいつの声は無駄によく透るから、周りの連中に笑いが起こる。
「勇者寺林と魔王立花、って感じ?」
「人族と魔族が和解したデイキャンプ!」
などと野次が飛ぶ。魔王ってなんだよ。勇者のほうはわかるけど。
「たしかに立花君って、チートだよね。」
「そうそう、あの火起こしの手際とかさ。敵に回しちゃダメなやつだと思ったよ。」
別にお前の家は燃やさないが?
俺は褒められているのか、からかわれているのか。
参加できなかった運動部の面々がうらやましそうにしている。恨めしそうに、かも。
それぞれの高校時代だ。お前らは部活を頑張れ。
数日経つと、バイトに関する相談に来る奴もいた。
「今のバイト、どうしようか迷っててさ。」
「俺に相談されてもわからんぞ。」
俺だって「高校生アルバイト」は始めたばかりだし、経験が少ない。
「いや、立花だったらやりたいと思うか、感想でいいから聞かせてくれよ。」
こいつはたしか、高木?いや高村だったか?
俺と同じ帰宅部だ。同じ部活のよしみだ、話だけは聞いてやるか。
高村のバイト先は工務店。そこそこの企業の地方支社だという。
「時給もいいし?建築軽作業、て書いてあったから始めたんだよね。」
仕事の内容はシーリング。住宅やビルの外装タイルの目地を埋めたり、水漏れ箇所を塞いだりする作業だ。
「足場を組むところから始まるんだけどさ、鉄パイプ担いで運ぶやつ。で、けっこうな高さまで上がって作業するんだけど、工期っていうの?時間がないから急げ急げで、間に合わないとタイムカードを押してから居残り作業とかもあってさあ。先輩もめちゃめちゃ怖いんだよ。」
たしかに問題ありありだな。
「なあ、立花だったらどうする?」
「正直に言っていいのか?」
「ぜひ頼む」
「二度と行かない。」
「理由も聞いていいか?」
「サービス残業はいやだ。たしかに与えられた仕事が終わらないのは責められることかもしれないが、高校生に過剰な要求をしているのは会社のほうだ。作業が長引いても給料を払うのは当たり前だと思う。」
「たしかになあ。まあ会社に命じられているというより、現場の先輩の指示だけど。」
「まあ人間関係の中でやってあげる分には個人の判断だな。」
大輝先輩の顔がちょっと浮かぶ。でも乱暴ではあっても理不尽じゃないな、あの人。
「それより問題は、自分たちで足場を組まされているところだな。崩れて落ちたらどうするんだ。俺は絶対崩れない足場を組む自信がないから、その上に乗って作業したくない。」
プロでもないのに、危ない。足場が崩れたら誰が責任を負うんだろう。
「そうか、わかった。よく考えてみる。ありがとな。」
こういう相談事はエスカレートする。翌週にはどこから広まったのか、他のクラスから初対面の奴まで来たりするようになった。
「けっこう体力使うのに、この時給、安すぎないか?」
「店長がやらしい目で見てくる気がするんだけど、セクハラかな」
「まかないが出るんだけど、残飯食わされてる気がする」
「忙しい時期でも人数増えないから大変だって先輩に聞いた」
いや、知らないよ。自分でよく見て、自分で判断しなよ。
セクハラ問題や時給のバランス、繁閑調整。
雇う側はどのくらい意識しているものなのだろう、という疑問も湧いた。
こういう時は信頼する先輩に聞いてみるのが一番だ。
「大輝さん、この店でアルバイトに対してしちゃいけないこと、って決まってるんですかね。」
俺の場合は大輝さんにしか聞けないから、とりあえず聞いてみた。
閉店後の店内清掃とゴミ出しの時間。接客バイトの二人は先に更衣室を使っていて、フロアは大輝さんと二人きりだ。
大輝さん、きょとんとした顔で俺を見る。やっぱりいいです、先輩。
「お前もそんなこと考える歳になったんだねえ、兄ちゃんは嬉しいぞ。」
誰が弟か。しかし大輝さんは急に真剣な表情になった。
「コンプライアンスについては、よくオーナーと話し合う。この店は女性のバイトやパートがメインだからな。」
俺はサブですか、まあそうですが。
「例えば、だ。酔った客が、おねえちゃんお酌してくれよ、みたいなことを言ったとする。さらに、隣に座って一緒に飲もう、とかな。」
「はい。」
「それを店が見て見ぬふりをしたら、営業の法律に触れるんだってよ。接客サービスの範囲によって種別が変わるから。」
「実際にそんなことがあったらどうするんですか?」
「ん?普通に叩き出すよ。」
「えっ、お客様なのにですか。」
「だって別の種類の店だと思って来る客だったら、うちの客じゃないだろうよ。」
「なるほどー」
「望月さんの受け売りだけどな。」
そういえば、接客バイトの姉さん達、けっこう長く続けている人が多い。
女子大生のサユミさんも始めて二年になるって言っていた。
「大手企業だったら雇用側の業務も細かくマニュアル化されているから、バイトする側からすると比較的安心だな。でも現場のことは結局人だから一概には言えない。」
不意にシュッと掌底が飛んでくる。紙一重で右にかわす。これだから大輝さんと話すのは気が抜けない。
「大手でこれやったら即刻クビだからな。」
ええ、そうでしょうよ。そのくらいはわかります。
「あ、また大輝さんとアユム君がいちゃいちゃしてるー。」
更衣室から出てきたミナさんが、通り過ぎながら独り言のように言ってひらひらと手を振る。
ガチャ、とタイムカードを押す。この店では着替えた後にタイムカードを押すルールになっている。
「おつかれさまでした。」
遅れてユリさんも出てきて、同じようにタイムカードに刻印する。
「おつかれさまでした。」
「お待たせー。アユム君もおつかれ!」
明るく言って帰っていく。入れ替わりに更衣室でポロシャツを脱ぐ。
ミナさんの後は香水の匂いが強いんだよなあ。
「じゃあ帰ります、おつかれさまです。」
「おう、おつかれ」
大輝さんは少し残って、オーナーと売上の勘定とか伝票の整理とかをする。
俺は一人、裏口から出て、自転車の鍵を開ける。
先週、俺達の住む県でも梅雨入りが発表された。
今夜はまだ降り出していないが、空気が湿っぽいし、気温が少し下がってきたようだ。
雨になる前に帰ろう。雨合羽は持っているが、あのじとっとした感触はどうにも不快だ。
俺は勢いをつけてペダルに乗せた足に力を込めた。
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