(21) 月って意外と明るいよな
「立花、これよかったら使ってくれないか。親父に持たされたんだ。」
卵だ。20個くらいある。
「俺の家、養鶏場でさ。」
「あ、もしかして『中塚のタマゴ』の?」
バイト先に行く途中に看板が出ている。丸っこいニワトリのキャラクターが笑っているやつ。
「そうそう。」
「おお、ありがたい、欲しかったけど予算の都合であきらめたんだ。」
「ならよかった。」
笑顔の爽やかな男だな。
こんな時、声を張り上げて全員に周知できるといいのだが、俺はちょっと苦手だ。中塚もそういうタイプじゃなさそうだ。
と、思っていたら、隣で莉央が大きく息を吸い込んでいる。
「みなさーん、中塚君が卵を差し入れてくれましたあ!おうちが養鶏場なのだそうでーす!」
莉央の告知に、歓声とともに拍手が起こる。
あらためて見回すと、同級生達は散り散りに小集団を作って、思い思いにくつろぎ始めている。
寺林と目が合ったから手招きして来てもらう。
「寺林、開会の挨拶の時さ、野菜を提供してくれた佐伯さんと、卵を提供してくれた中塚にお礼を言ってくれ。」
「お、おう。わかった。」
こいつ、挨拶とか考えてなかったな、さては。
「この後火を起こして、バーベキュー開始のタイミングがいいんじゃないか?」
「ああ、そうだな。」
頼むぜ、リーダー。
昼過ぎには準備が整って、寺林の挨拶と乾杯でバーベキューがスタートした。
いや、乾杯はジュースとお茶だからな。しつこいか。
バーベキューグリルは焼き鳥用、竈の金網ではスペアリブと野菜を焼いた。
小さな竈では豚モツ鍋を作った。
どれもあっという間に消費されていく。
鍋の具が少なくなったところで研いでおいた米を入れ、雑炊にする。炊いた米でなくても雑炊と呼んでいいのかな、炊き込みご飯ともちょっと違うのだが。鍋に蓋をして煮立たせる。
米が炊けたところで惜しげもなく卵を投入して、かき混ぜる。
低予算だった割にはそこそこのボリュームがあったのではないかと思う。
米や野菜を特別価格で譲ってくれた佐伯美苗と、卵を差し入れてくれた中塚に感謝。
暗くなる前に片づけを始めたが、撤収の頃には空に半月が浮かんでいた。
屋敷の庭を提供してくれた駿に皆でお礼を述べて、解散。
同級生達はそれぞれ帰路についた。
俺は当然だが、莉央も自転車で来ていたから、同じ方面の級友たちと隊列を組んで走る。
一人、二人と自宅方面に抜けて行って、最後は莉央と二人になった。
「立花君、ちょっと休憩していい?」
俺にとっては余裕の距離だが、莉央には少し遠かったのかもしれない。なるべくペースは合わせたつもりだったが、疲れさせてしまったか。
「ああ。いいよ。」
市営の運動公園に差し掛かったところで、自転車を止めた。箕崎中学の近くだから、ここからはもうさほど距離はない。
あたりはすっかり夜の帳に包まれていた。運動公園は街灯もあるし、犬を散歩させている人などもいる。俺達は並んでテニスコートの脇にあるベンチに腰を掛けた。
「高野さんもくたびれただろ。いろいろ手伝ってくれてありがとな。」
「ううん、それより立花君ってすごいね、ほんとに。」
「料理のこと?」
「料理もだけど、火も簡単に起こしてたし。」
「ああ。焚き火は農家仕込みだからな。冬になるとよく呼ばれるんだ。」
収穫の終わった田畑の片づけだったり、林の間伐だったりする。老夫婦でやっている農家などだと、けっこうしんどい作業なのだという。
「中学の時はさ、立花君って謎の人だった。」
「そうかもしれないなあ。放課後が面白すぎて、学校では何もできなかったから。」
「ふふっ、一年生の時にね。きっと立花君は覚えてないだろうけど。」
莉央は膝の上に手を置いて、両足をブラブラとさせている。デニムパンツと薄緑色のポロシャツ。制服の時とは少し印象が違う。
「朝、学校に行く途中で同級生の女の子二人と会って、一緒に登校したんだ。で、学校に着いたらその二人のうちの一人が盛大に転んじゃって。膝を擦りむいちゃったのね。」
「うん」
話の展開が読めないまま俺は相槌を打った。
「それで、もう一人の子がその子を保健室に連れて行くことになって、だから私、二人の鞄を教室に持って行ってあげるよ、って言って。鞄を預かったの。」
たしかにそんな状況だったら莉央はそうするだろうな。
「でもなんかその日は荷物の多い日でさ。私のもだったけど、二人の鞄もけっこう重くって、私はよろよろしながら階段を上がって、教室の前まで行ったの。教室のドアを開けようとして、でも両手はふさがってて。そしたらさ、目の前のドアがスッと開いたの。」
あー、なんかそれ、かすかに覚えてる。
「中から誰か出てくるのかな、と思ったんだけど、ドアの向こうには誰もいなくて。たまたま近くにいた男子が開けてくれたんだってわかった。」
「ああ、そんなことあったな、かすかに覚えてるよ。」
「ほんと?ドアを開けてくれた子はさ、中に入るのかと思ったら、そのままスタスタ歩いてどこか行っちゃって。」
俺はたぶん後ろのドアから入った。一番後ろの席だったし。
「私、なんかビックリして。」
いや、それは、だって、聖琳と違って教室が自動ドアじゃないから。
「優しい男子がいるなあ、って思った。」
「いやいや、そのくらい誰だってするだろ。」
「しないよ。実際、私がよろよろ歩いていたのにぶつかってくる子もいたし、助けてくれる子は誰もいなかった。」
「そうか、高野さん、あの時のちっちゃな子か。」
「えー」
「たしか俺、その後ろから階段を上がってて、前にいた女子がなんか重そうにしてて、大変そうだなあ、と思って。」
「うん、けっこう大変だった。だから開けてもらって、助かった。」
「それはまあ、役に立ってよかったよ。」
「でも立花君、いつも一人でいて、けだるそうにしてて、誰にも関心がなさそうな、大人しい感じの子でさ。あの子、こんなことしてくれる子なんだー、って思った。」
「あはは、そうかもな。」
たった一人、皆と違う小学校から入った新入生。すぐに誰かと打ち解けて仲良くなれたら超人だ、と思う。
「それからも立花君が、ちょっとだけ人に親切にするシーンをよく見た。」
「ちょっとだけ?なんかあったっけ?」
「ほんとに些細なことだよ。誰かが物を落とした時に拾ってあげたり、他の子がけつまづいたゴミ箱を元の位置に戻したり、席を外してる子の机のプリントに筆箱を乗せて風で飛ばされないようにしたり。」
「たしかにほんとにちょっとだな。というか、よく見てたな、そんなこと。」
「え、いや、違うよ、たまたま目に入ったというか、気がついただけ。」
「それはわかってるよ。そうじゃなくて、そんな小さなことによく気づいたな、って意味でさ。それをちょっとした親切だって思えるということは、高野さんも人に優しい、ってことだと思うよ。」
何か反応するかと思ったが、莉央は黙った。何か他の出来事を思い出しているのだろうか。
「思い出話もいいけど、そろそろ帰らないと家の人が心配するんじゃないか?」
「え、あ、うん。そだね。」
俺は莉央を促すように立ち上がった。
「月…。」
莉央に言われて夜空を見上げる。
「ああ。さっきよりだいぶ高くなったな。街に住んでる頃は気がつかなかったけど、月って意外と明るいよな。」
さすがの俺も今日は少々疲れた。明日は学校だし、莉央を家まで送って今日は早めに寝るとしよう。
俺たち二人は再び自転車にまたがり、運動公園を後にした。
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