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(2) 立花君、待って

 教室の中では、早くもお互いの自己紹介を始めている男子生徒、同じ中学から進学した友人と談笑する女子生徒など何人かの話す声が聞こえていた。静まり返っているよりいい。


 この芦岡北高校は、県下の県立高校の中で二、三番目に合格者偏差値や大学進学率が高い高校だ。東京や京都の国立大学に進学する者も多い。

 俺は中学を卒業したら就職するつもりでいたのだが、母の強い希望と周囲からの勧めもあって受験した。


 取り立てて頭がいいわけでも、勉強が好きなわけでもないのだが、小学生時代の貯えで中学時代に勉強で困ることはなかった。

 聖琳学園小学校の学習カリキュラムでは五年生になると中学校レベルの勉強をさせるため、「転移者」である俺はスタートラインからして同級生とは違っていたのだ。


 芦岡市立箕崎中学には成績を晒す仕組みはなかったから俺の成績がよかったことは誰にも知られなかったにちがいない。俺の県では「調査書」と呼ばれているいわゆる内申書にも、問題はなかったはずだ。

 おかげで、短期間の受験勉強で無事に高校合格を果たした。


 チャイムが鳴り、クラスメイト達が各々の机に着席した。駿とは逆側の隣の席にやってきて座ったのは、先ほど廊下で泣いていた女生徒だった。さすがに泣きやんだらしいが、心ここにあらずといった様子で呆然と俯いたまま腰をかける。


 ほどなくして前扉が開き、担任と思われる先生が入ってきた。

 四十代半ばくらいの女性教員だ。


「皆さん、初めまして。入学おめでとうございます。」


 そう言ってから、黒板に名前を書く。『名原佳織』。


「このクラスを担任する名原です。どうぞよろしくお願いします。」


 穏やかで温かみのある声だ。生徒思いの女教師、という印象だ。

 ん、待てよ。この人…。バイト先の居酒屋の常連さんの一人だ。


 去年から、俺は居酒屋のバイトを始めていた。

 ちょっとした人のつながりがあって、俺の事情を聞いたオーナーが同情して雇ってくれた。中学生の俺が接客に出るわけにはいかなかったから厨房の手伝いが仕事だった。


 名原先生はたいてい一人で来て、カウンターでビールを一杯と、何品か料理を食べて帰る。目を引くような美女というわけではないが、親しみやすい雰囲気の女性である。


 芦岡北高校はバイト禁止の高校じゃないから、咎められることはないだろう。

 もっとも、厨房の中にいるアルバイトのことなど気にも留めないだろうが。


 名原先生は自己紹介をするでもなく、淡々と校則や校舎の説明、入学式の段取りを語った。


 その後、生徒の自己紹介になった。一番廊下側の最前列の男子生徒が一番に指名された。


「高橋晴馬です。城西中学出身です。中学時代は吹奏楽部でクラリネットをやっていました。高校でも続けたいと思っています。よろしくお願いします。」


 いいぞ、簡潔だ。

 案の定、高橋の自己紹介がテンプレになって、出身中学と意気込みを一言、といった自己紹介が続いた。

 熱心に聞いたところでどうせ覚えられないので聞き流していたが、俺と同じ中学の出身者が二人いた。


「寺林健斗(けんと)です。箕崎中学出身です。生涯の思い出に残るような高校生活を送りたいと思います。よろしくお願いします!」


 あ、こいつはさすがに知っている。同学年でひときわ目を引いたイケメン君だ。生徒会長だったかも。


 もう一人は、隣の席の子だった。気づかなかった、というか知らない子だ。


「高野莉央(りお)です。箕崎中学出身です。中学時代はバトミントン部だったので、高校でも運動系の部活に入りたいと思っています。よろしくお願いします。」


 すっかり落ち着いたのか、しっかりとした口調で自己紹介をした。小柄であどけない童顔、黒目がちな瞳。男子生徒から人気の出そうなタイプだ。

 高野さんね、覚えた。


「立花歩夢です。箕崎中学出身です。」


 そこまで言った時に隣の高野さんがすごい勢いでこちらに顔を向けてきた。

 驚いて、少し間が空いてしまった。


「えっと、中学時代は帰宅部でした。高校生活はまだ何も描けていませんが、ゆっくり考えていきたいと思います。」


 俺は意気込みは特にないから無難に挨拶した。

 最後が窓際の一列だ。駿は何を言うのだろう。


「中道駿です。聖琳学園中学から来ました。少し常識に欠けるところがあるかもしれませんけど生温かく見守ってください。」


 クラスに微妙な笑いが起きた。駿よ、たぶんここの皆は聖琳がどういうところか、あまりわかっていないと思うぞ。

 最後に窓際最後列、長身の男子が立ち上がった。


「き、菊村豪です。蜷坂(になさか)第五中学出身っす。野球部だったので高校でも野球部に入って甲子園を目指したいと思います!」


 駿の時より、大きめの笑いが起きた。県内には野球強豪校が多く、無名の県立高校が甲子園に進むことなど奇跡に近い。しかし「夢は大きく」だ。いいじゃないか。


 自己紹介が滞りなく終わり、講堂に移動する。退屈な式典だがこればかりは仕方ない。

 


 入学式が終わるとクラスごとに記念撮影。そのまま解散になって高校生活の初日は終わる。


 だが講堂から出ると在校生、つまり先輩たちが大勢待ち構えていた。

 部活の勧誘か…。運動部はユニフォーム、文化部は何かしら部活のアイテムを持ってきていて、入学式を終えたばかりの新入生たちに片っ端から声を掛けている。


 全校生徒が500人ほどの高校だから部活の数はさほど多くないようだ。

 サッカー部、バスケ部、卓球部、剣道部などは見ればわかる。制服を着ているのは文化系の部活なのだろうが、見ただけではわからない。エプロンの集団は料理の部活かな。


 甲子園を目指す菊村はさっそく野球部の先輩のもとに歩いていき、熱烈な歓迎を受けていた。が、あれ、九人いるのか?


「これは、困ったね」


 いつの間にか駿が俺の斜め後ろにポジションを取っていた。しょうがない、数日間は面倒見てやるか。


「お前、中学では何部だったんだ?」


 そういえば自己紹介で部活言ってなかったしな。


「でんしけん」


「ん?」


「電子技術研究部だよ。」


「それってパソコンでプログラムとかやるやつか。」


「うーん、ざっくり言えばそんな感じかな。」


 天下の聖琳学園中学だからな。きっと何か想像を絶するような設備があったんだろう。それにたしか高校生と一緒に六年間活動するから、活動レベルも公立中学校とはまるで違っていたはずだ。

 という俺の想像を察してか、駿が簡単に解説してくれたのだがカタカナばかりでよく聞き取れなかった。リナックスとかサイバーアタックとか、そんなことを言っていた。


 それを聞き流しながら校門に向かう。部活への所属は考えていないから俺には無縁のイベントだし、そんな俺に時間を割いてもらうのは先輩達に申しわけない。


「俺はもう帰るけど、駿はどうする?」


「僕も帰るよ。」


「パソコンのクラブとか入らなくていいのか?」


「うん、大丈夫。」


 県立高校の部活じゃ物足りないのかもしれないな。


「よし、じゃあ、行くか。」


 左右からの勧誘の声をすり抜けるように進んでいく。

 身長170cmで筋肉質な俺の外見スペックは、すぐに運動部の先輩の目に止まる。


「君、いい体格してるね。中学時代は何やってたの?」


みたいな声がかかる。中途半端な受け答えはご法度だ。


「もう決めてるんで、すみません。」


 そのセリフを何度も復唱しながら通り抜けていく。

 強引な勧誘は禁止されているのか、腕を掴まれたり、行く手を阻まれたりすることはなかったが、


「読んで検討して。」


とチラシを押しつけてくるのは仕方がないから受け取っておいた。


 駿のほうには運動部からの声はかからない。が、ユニフォーム集団の群れを抜けると制服集団が待っていた。文化系の部活だろう。

 俺の後ろに隠れている駿を目ざとく見つけて勧誘してくる。


「ゲーム研究会、最新機種が揃ってるんだけど、体験入部してみない?」

「文学部です。読書は好き?小説書いてみない?」

「ロボット研究会なんだけど、AIとかプログラミングに興味ない?」


といった具合だ。駿はほぼ無言でペコペコと頭を下げながら、俺の背中を押すようにしながら前進する。俺は盾か。


「立花君、待ってー」


と、突然背後から声がする。

 そんなに珍しい苗字でもないから同姓の誰かを呼んでるんだろう、と思ったが、「立花君っ」と二度目の声は明らかに俺に近づいていた。

 振り返ると、高野莉央が小走りに人混みをかき分けてくる。間違いなく、俺を呼び止めているようだ。

 何かあったか、と思って立ち止まると、高野さんはもう一人女生徒の手を引いている。

 朝、高野さんを諭していた子か、たしか、ユイと呼ばれていた。


「どうした?」


「あっち、あっち!」


 高野さんは走ってきた勢いのまま、俺と駿の横を走り抜けていった。そのまま校門の外に出ていく。

 周りの上級生達も驚いたような視線を向けている。

 わけがわからないけど、無視する流れじゃないよな。面倒くさいことでなければいいけど。


読んでいただきありがとうございます。応援よろしくお願いします。

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