事情
部屋の中には俺とダルディ、ソレイユとロラ、そしてロープで縛られた男がいた。男はまだ意識を失っているが、念の為に猿轡をしている。
「さて。貴族様よ。事情を教えてくれないか? ここまでやっちまったんだ。もう俺もアルスも無関係という訳にはいかない」
ベッドに座るソレイユとロラが顔を見合わす。そして、ロラが頷いた。ソレイユが息を吸う。
「私の名前はレイユ・ベッヒャーと言います」
えっ。
「双子だったの……!?」
「馬鹿野郎! ソレイユは偽名で、レイユが本当の名前ってことだろうが!!」
ダルディが俺の頭を叩こうとしてやめた。そして続ける。
「ベッヒャー……。つまり迷宮伯の関係者ってことか?」
「はい。娘です」
そうだったのか。ソレイユ、いやレイユは迷宮伯の……。しかしそれならば何故、迷宮都市を避ける?
「わからねぇな。だったら迷宮都市へ戻ればいいのに。一体何が起こってやがるんだ?」
「実は……私の父親であるベルント・ベッヒャーは今、病で床に臥せているのです」
「なるほど。病気がうつることを気にしているのだな」
「違います!」
レイユが頬を膨らませる。
「はーん……。跡目争いってことだな。確か迷宮伯には息子が一人いたな」
ダルディは顎髭をさすりながら、考え込む。
「兄は既に殺されました。それで怖くなって、私達は迷宮都市から逃げ出したのです」
どういうことだ? 兄弟で跡目争いをしていたわけではないのか? 混乱する俺をよそに、ダルディは会話を続ける。
「となるとそれ以外の誰かに狙われてるってことだな。たとえば、迷宮伯の弟」
「はい……。その通りです。叔父のルーク・ベッヒャーが私達を狙っています。私がいなくなれば、迷宮伯を継ぐのは叔父ですから」
レイユの答えを聞いて、ダルディが少し得意げな顔をした。
「じゃ、ドラゴンゾンビはルークからの刺客だったってことか」
「おそらくは……」
「アルス、どうするよ? こいつは思ったより大事だぜ?」
レイユと目が合う。縋るような表情をして、膝の上で拳を握っていた。
「一度助けた命が失われるのは寝覚めが悪い。かといって逃げるのは俺の性に合わない。レイユ。俺と一緒に迷宮都市に行き、お前の叔父の悪業を暴こう」
「良いのですか? 間違いなく、危険ですよ?」
「はははっ! 今更だろう?」
どんな危険でも、実家での修行に比べれば大したことない。
「それじゃぁ、決まりだな。たっぷり礼は弾んでもらうぜ?」
「はい! 私が迷宮伯になればダルディさんに迷宮都市での出店許可を出します!!」
「ほ、本当か!? よし、絶対にルークを退けるぞ! なっ、アルス!!
行商人のダルディにとって、店舗を持つという事はとても大きなことらしい。
「アルスさんは何か希望はないのですか?」
「俺は迷宮にさえ入ることが出来れば、それでいい」
「おいおい、欲がねーなぁ。アルスは」
レイユとロラは驚いた顔をする。
「俺は強くなりたいだけだ。贅沢をしたいわけじゃない」
「分かりました」
「へっ、カッコつけやがってよー!」
ダルディは俺の肩をバチンと叩き、嬉しそうにするのだった。