不審な男
酔い潰れたダルディを抱えて通りを行く。
もう夜半近く、人の気配はない。たまに見掛けるのは道で寝転ぶ酔っ払いだ。
「ほら、ダルディ。もうすぐ宿だぞ」
「うん? やどぉ? もう飲めねえぜぇ」
仕方がない。もう少しだ。
やっとの思いで辿り着いた宿屋の一階は受付カウンターにしか灯りはない。夜番の老人がうつらうつらと居眠りをしていた。
疲れているのだろう。起こしては可哀想だ。
俺はダルディを肩に担ぎ直し、慎重に階段を登る。
二階の廊下は何故か真っ暗だった。照明の故障だろうか? ダルディを床に下ろして、灯りの魔道具を取り出して照らすと──。
「おい。そこは俺の部屋だぞ。間違えてないか?」
──黒ずくめの男が俺の部屋の扉に手をかけていた。
男は驚いた表情でこちらを見ている。
「貴様、誰に雇われた……?」
誰に雇われた……? 迷宮都市に行くまでは一応、ダルディの護衛だが、金は貰っていないからなぁ。答えに困る。
「ちょっとその辺は複雑でな……」
「ふん。言えないってか? 雇い主が同じなら後で問題になるかと思ったが、仕方がない。俺の邪魔をするなら、お前には……」
「いや、だからそこは俺の部屋だっ──」
──疾い! 黒く塗られたナイフが俺の心臓に迫る。これは……避け切れない。
キンッ! と甲高い音がした。男は驚きの表情で折れたナイフを見ている。
「隙アリ!」
灯りの魔道具を消し、暗闇の中で足を払う。急な暗転に虚を突かれたのか、男は呆気なく転がった。
男の身体に膝を押し付け制圧してから、再び灯りを付ける。
悔しそうに俺を睨み付けていた。
「おいおい。部屋を間違えたのはそっちだろ? それを注意されたぐらいでナイフを抜くなんて、短気が過ぎるぞ。俺が筋肉モリモリになってなければ、怪我をしているところだったぞ?」
「何を言ってやがる? とぼけた野郎だ……。もういい。さっさと殺せ」
殺せ? たかが部屋間違いで人死が出るのはまずい。しかし、こいつが危ないのは確か。
「とりあえず大人しくしてもらう」
首の血管に手を当ててしばらく圧迫すると、男は気を失った。
ちょっとこいつを縛るものはないかな?
「ダルディ、そろそろ起きてくれ」
ダルディの肩を揺すると、やっと目を開ける。
「ここはどこだ……?」
「もう宿だよ。それよりこの男を縛るものはないか?」
「男……? こいつは誰だ?」
「知らないやつだ。間違えて俺の部屋に入ろうとしていたので注意したら、いきなり襲い掛かってきたんだ」
ダルディは周囲を見渡す。そして首を捻った。
「おい、アルス。ここは二階だ。俺達の部屋は三階だろ……?」
えっ!?
「ダルディ……。俺はどうしよたらいい? 無実の人を倒して気絶させてしまった」
「どうしようったって……」
カチリ。と、取手を回す音がして扉が開く。隙間からソレイユの顔が見える。
どういうことだ……? 黒づくめの男が入ろうとした部屋からソレイユが出て来たぞ……。はっ……まさか!?
「ソレイユ! この男を買ったのか?」
「そんなわけないでしょ! アルスさんの馬鹿!!」
何故だか怒られた。