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前編

異世界XXXは何味ですか

の無編集版です、内容はほぼ同じですがこれに少しだけ手を加えたものが「異世界XXXは何味ですか」になります、全部書き上げてからアップしようと思っていましたが、途中でストーリーに変更を加えたくなったため、この作品を書き直ししながらアップ開始しました。

消さずに取っておいたのですが、そのままにしておくのも何なのでアップしました。

照りつける太陽が二つ真上から地面をじりじりと焦がす中、草原を急ぐ馬群は土煙と雑草を撒き散らしながら北へ向かっている、魔王の城まであと少しの距離に差し掛かる明日には先鋒隊と出会う頃だろう、勇者シモンは汗を拭い皮袋の水を一口含む。

並べて馬を走らせている赤髪の少女が眼に留まる、燃えるような赤いショートヘアーの少女、戦場では赤い稲妻と異名を取るほどの腕前である、彼女はその髪型と言動からぱっと見は少年にも見えるががかろうじてその両胸の控えめなふくらみが女性であることを主張している、戦闘のさなかそれに気づかずに絶命した相手もたくさん居たであろう。

こちらに気づいた少女の口元には笑みがこぼれている、こちらを振り向き笑みから満面の笑顔に変わった少女は言った。

「シモン、あと少しだよね」

赤髪の少女は言う、今までの長く厳しい戦いと引けを取らない最後の大戦が待っているが、終わりが見えてきたことに対する喜びが勝ったのだろう、思わず笑顔になっているようだ。

終わらせられるかはまだわからないが…。

「大丈夫!今までだって随分大変な戦いだったけどうまく行ったんだし、これからだって絶対に上手く行くよ」

不安が顔に出ていたのだろうか赤髪の少女はそう言って励ましてきた、確かに今までの戦いには勝ってきた、が、しかしそれもいつまで勝ち続けられるか、そんなことは誰にもわからないしわかるはずも無い。

だがシモンは思う、この笑顔の少女は常に隣に居てくれてそして共に戦い勝ってきた、これからもそうであって欲しいしそのために十分な準備はしてきている。


二つの太陽が順番に沈み辺りが暗くなってきた頃、野営の準備も終わりそこそこに豪華な食事と酒が準備された、恐らくこの野営が最後の酒宴になるだろう、いやまだ最後ではないな全部終わったらもう一度盛大に祝宴を開こう、それこそ夜が明けるまでこの陰鬱とした世界に光が差し込むまで。


シモンは空腹を満たして周りを見渡すとそこには赤髪の少女は居なかった、途中までは居たのは記憶にあるが、他の隊の隊長達と明日の戦略の確認をしている間にどこかへ行ってしまったようだ。

きょろきょろと周りを見渡していると酒に酔った兵士が声をかけて来る。

「勇者さん、誰かお探しですか?」

へへへと笑いながら親指で馬小屋の方へ行きましたよと教えてくれた、軽く手を上げお礼をすると指を差されたほうへ歩き出す、言われた馬小屋を見つけるとそこにはかがり火に照らされ昼間とは違う色を魅せる赤髪の少女が馬を撫でていた。

少女に近付きながらシモンは馬の調子はどうだい?と声をかける、その横顔は少し神妙な面持ちだったがこちらを振り向き笑顔になる、やはり元気に振舞っていても緊張しているのだろう。

「どうしたのシモン」

ああそれなんだが、さりげなく周りに人の目が無いことを確認をして少女の腰にそっと左手を回す。

どうしたの?と問いかけながら少女の顔は高潮し始め、唇は言葉を求めて震えているようだ、瞳はまっすぐにこちらを向いて次の言葉を待っている、見つめあいながら俺は少し言葉に詰まる、少しの間黙ったまま瞳を見つめていた。

暫らく考えをまとめていたが覚悟を決めてゆっくりと右手で少女の赤い髪を抱き寄せぽんぽんと二回なでる。

んむぅと何語かわからない声を発して少女の耳まで髪の色に負けないくらい赤くなる。

ゆっくりとやさしく心の中で出した結論を話し始める、

「この戦いが終わったら」

「終わったら?」

「俺と結婚してくれないか」

「!」

「返事は、この戦いが終わってからでいい、突然こんなことを言ってすまない、戦いの前に雑念を抱かせるようなことをするのはよくない事なんだが、どうしても伝えて置きたくて」

ゆっくりと両手を離すと少女は少し俯いて眼を閉じていたが、次の瞬間眼を見開きこちらを向く、

「何も悩むことなんて無いのに!今返事してあげる!」

首に両手を回して頬を寄せてくる、こちらも答えるかのように両手で抱き寄せる。

「これが返事よ、もう離さないでね、戦いが終わってもずっと・・・」

少女の褐色の顔色が火が出る勢いで真っ赤になっていく、

(待てよ)

「待てよ」

「?何が?」

(これは冷静に考えてヤバイだろ)

「これはヤバイ」

「シモン?何を言っているの?」

首に回された少女の手をほどき冷静に考える。

(これは完璧に死亡フラグだよな)

「これは死亡フラグだ」

「死亡フラグ?なによそれ?」

声色から怒りが滲んでいるようだ、たった今プロポーズをされ返事までしたのに、その相手に即断られたのだから、

「いったいなに?何を言っているの?」

少女の顔色が怒りで燃えるような赤色に変わりながら鬼の形相になる、その姿はまるで赤鬼だ。

もう悲鳴なのか罵りの言葉なのかわからない言葉を発しながら渾身の右ストレートを喰らったのは見えた。

そこから先は…


「おに・・・」

(んん?)

「お兄ちゃん、朝だよ」

(んん、ああなんだ、夢か)

「おはよう、柚子、蜜柑」

「おはよう兄貴、早く顔洗ってきて、朝食が冷めちゃう」

寝ぼけ眼(まなこ)を擦りながら体を起こしメガネを掛ける、さっきまで見ていた夢の事が少し気になる、妙な夢だったけどどこかで読んだようなこと有る様な無い様な夢だったなぁ、三人で部屋から出るまでにずらりと並んだ本棚の本を端から簡単に内容を思い出しながら眺める、んーまあいいか所詮は夢なんだし、異世界転生したわけじゃないんだもんな。


「いってきます」朝食と身支度を済ませて三人そろって家を出る、妹たちは中学二年生で俺は高校一年生、蜜柑は短めのスカートにショートカットで見た目に活発な印象を与え中身もそのままのおてんばである、ボーイッシュと言うよりまんま男子なので勘違いをされたことも一度や二度ではないらしい、空手によって引き締められたスレンダーな体型に加えて控えめな胸も勘違いを生む原因であるが、努力では何ともならないようだ。

柚子のほうは肩よりも長い髪に年齢よりもふくよかな胸で、ともすれば高校生以上に見られることもある、剣は拳よりも強し銃は剣よりも強しがモットーで空手はそこそこに他の武道へ移っていった、実際に竹刀を持った柚子の前に立った事が有るが絶望感が凄かった、もう二度とないと思うが武器を持った相手に素手で立ち向かうのは愚かな行為だと悟った、銃を持っていれば別だろうけど。

俺たち親子は俺が中学に上がる時に2年ほど地元を離れていたが俺が中学三年生の夏に地元に戻ってきた、親父が空手道場の師範をやっていて、引っ越す前までは市の体育館を借りて道場を開いていたのだけど、師範代の資格?だかなんかのために先輩の道場で一緒に道場の経営の仕方やら指導のあり方やらを教えてもらっていた、色々覚えるのは大変だったみたいだが、いよいよ自分の道場を持てる様になって地元に帰ってきた、今は新しい道場で沢山の門下生と空手道に励んでいる、俺も親父に半ば無理やり空手をやらされていたが黒帯の取得と高校受験と蜜柑に段位を抜かされたなど(これが一番の原因かも)があり今はやっていない。

妹たちの中学は徒歩で通えるが俺の高校へは電車通学のため自宅から五分ほどで部活の朝練に行く妹たちと別れて駅へ向かう、別れてからものの三分ほどの距離で駅に着く、通勤時間の駅は利用客で人がごった返している、今日はちょっと早く起きたおかげで(妹たちのおかげだが)余裕があるからそんなに気にならないが、急いでいるときは何でこんなに混んでいるんだと自分の起床が遅いのを棚に上げて思う。

のんびりと自動改札をくぐり電車を待っていると先にホームに居た同級生が声をかけてくる、友人の田中健二だ。

「おはよー、今日も眠そうだなぁまた本読んで夜更かししてたのか?」

「おはよう、まあそんなところだよ」

いつもどおりたわいない話をしていると先日の帰り道で妹たちをみかけたようだ、二人ともかわいくなってきて兄として心配じゃないか?と聞いてくる、確かにそのとおりなんだがどちらかと言うと男が寄ってきて心配なのは妹たちではなくてその男のほうだ、姉の蜜柑は空手の有段者でもあるし、実際に瓦だのバットだのをたたき折るのは朝飯前で空手初段の自分でさえ組み手をしようなどとは思わない、惨めに倒されるのがオチだろう。

師範代である親父も一目置いていてどんどんと上達していくのが嬉しいようだが、当の蜜柑の目的は親父より強くなって、親父をぶっ倒して変な名前をつけた事を謝らせたいらしい。

俺の檸檬という名前で小学校の時は良くからかわれたものだった、おまけに妹たちも蜜柑に柚子と来たもんだから「フルーツ兄弟」だの「柑橘三兄弟」だのと良くからかわれたものだ、まあ所詮小学校児童なんてそんなもんだろう、俺と違って妹たちはどちらかと言うと好きな女子に対して意地悪してしまう小学生男子にありがちな事だったかもしれないが、からかわれるのも自分だけなら別にかまわないが、一緒にからかわれている妹たちを庇い何度か喧嘩になった事もある、その時に妹たちは俺への感謝といつか親父に謝らせたいと思ったようだ、今となってはまったくからかわれるようなことも無いが、檸檬という漢字は非常に不便でテストのときには毎回名付けた親父を恨めしく思う。

とにかく名前では(主に書くほうで)苦労をしてきたが、そのおかげ?で妹たちは重度のブラコンになってしまった、俺はシスコンでは無いと思っているが多分周りはそうは思ってくれていないだろうことは十分わかる。

話を戻そう、蜜柑はせいぜい骨折程度で済むと思うがもう一人の妹の柚子はそうはいかない、剣道に長刀長刀(なぎなた)に今は鎖鎌などを師事している、JCで鎖鎌を習ってるなんて他に居ないよな?最近は長い髪に暗器を仕込みたいため伸ばしている最中だ、お前は忍者か?もうそれ中二病じゃないのか?中二のうちに完治してくれれば良いが、兄としては相手に怪我だけはさせないで欲しいと願うばかりである。


そんなようなことを話すと健二もそうだよなと納得してくれた、俺が居ないときに二人を見かけても後ろから声をかけないようにするようだ、さすがに小学校から何度も一緒に遊んだこともある兄の友達にいきなり殴りかかったりしないだろうが、いや痴漢でもされない限りは声を掛けれれたくらいでは何もおきないと思う、思いたい。


そんな事を話しながら電車を待っていると後ろから肩を叩かれた、気付かなかったがそこには幼馴染の志賀梨子梨子(りこ)が立っていた、女子は紺色のブレザーが制服で高校によってそれぞれ特徴があって、わが母校の制服は胸の大きいリボンが特徴でみんな(男子含む)それがかわいいと人気の制服だ、男子は代わり映えしない学生服で人気は特に無い。


彼女は肩にかかるぐらいまで伸ばした髪と愛嬌のある笑顔の持ち主で小学校に入る前からの幼馴染で、中学になる前に引っ越しをするまで俺たちと空手を習っていた、親同士も中が良いい上に妹たちとも仲が良くて小学校低学年の頃から良く一緒に遊んでいた、小学校4年生ぐらいに俺が空手を習い始めたときに一緒に空手を習い始めたのだが俺の引越しで習うところも無くなりやめてしまったらしい、それから中学になってからいろいろとやらかしていたらしく、常にカミソリを持っているからカミソリリコ(カミソリ子)なんてかわいくも無い二つ名を持っていたらしい、あくまでらしいというのは実際に俺が見たわけでは無いし、カミソリも持っていたかどうかは分からないし、実際に見た事有る奴も居るんだかどうなんだか、だけどやらかし自体は色々と有ったらしく彼女自身それは黒歴史となっていて、そのあたりの事は絶対にしゃべったりしない、きつく周りを口止めしたらしく話題にすらならないので俺にはばれていないと思っているようだ、そんなの親から個人情報駄々漏れなんだけど詳しくは聞いてはいない、しかし同級生やその他からは一切情報が流れてこない、いったいどんな情報統制をしたのやら考えるだに恐ろしいが俺からすればかわいい笑顔は昔のリコちゃんのままだったし、誰にでも隠したい過去はあるだろうから知らない振りをしている。

「今日さ、レモンの家行ってもいい?ちょっと時間あるかな?」

「ああいいけど、ちょっと帰りに本屋によりたいからそれからなら、もう読み終わったのか?」

「そうなの、それじゃ私も一緒に本屋行くから、それからお願い」

はたから見ればにこにこしているかわいいJKと家に来るだの行くだのと、普通ならリア充爆発しろと言われそうな会話だが、健二は相手がリコちゃんなのでからかいもしない、涼しい顔をして他所を見ている、時折おびえた眼でちらちらとこちらを伺っているが、健二よそんな眼で見ないでくれ、もし俺が立場が逆なら絶対うらやましいと思うんだけどなぁ。


キーンコーンと終業のベルが鳴り特に何事も無く授業を終えた、ホームルームが終わりざわざわとクラスが騒々しくなり部活に急ぐ者は駆け足で教室を出て行く、帰宅部である俺は帰り支度もそこそこに廊下に出てリコを待っていた、程なくしてリコも自分の教室から出てきて合流できたので予定通り本屋へ向かう、と言っても帰り道の途中にあるのでみんなの寄り道の場となっているのだが、すでに店内にはちらほらと同じ学校の制服が見える、よくよくと新刊を確認して買い忘れが無いように目的のものを購入してから気になっていた雑誌などを眺めてお互いの用事が済んだようなので店を出た。

「何冊か買ってたみたいだけど?」

「ああ、三冊買ったよ、どうやらまだ完結じゃないみたいだから次が楽しみだよ」

「読む前から次って、ちょっとせっかちすぎじゃない?」

「いやいや好きな本ってのはそういうもんなんだって、リコもそのために家に来るんだろ?」

はっと何かを思い出したかのようにあわててちょっと顔を赤らめて、

「そうそう、続きがね、気になっちゃって」

まったく本が好きなのはお互い一緒じゃないか、リコが中学時代の頃は知らないがその前は本なんて読まなかったんだけど、同じ高校に進学して、俺が沢山持ってる事を知ってか頻繁に本を借りに来るようになった、持っている本の大半がラノベなんだが結構気に入って読んでいるようだ、自分も本格的に読み始めたのはこっちに戻ってきてからで、地元を離れていた空白期間と高校受験の関係で友人も減っていたのも関係してか一気に読む量が増えた。


「ただいまー」家に着き玄関を開けて挨拶をする。

パタパタとスリッパを鳴らし母親が出迎えてくれた、

「おかえりー、あらあらリコちゃんいらっしゃーい」

「おじゃまします」

ぺこりと頭を下げて挨拶をしている横で下駄箱から来客用のスリッパを出して廊下脇の階段を上がる、俺の部屋は2階の突き当たりにあり、部屋には大きめの押入れ兼納戸納戸(なんど)があり本を大量に溜め込むには適している、その事も本を溜め込む原因に違いない、部屋の中には机とベッドとテーブルと納戸に入りきらない本棚が聳え(そび)立っている、そろそろ新しい本棚を買わないといけないが、これ以上は置き場が無いため少しずつでも本を処分していか無いと、でもなかなか本ってのは手放しにくいもの何だよな。

「その辺適当に座っていて、お茶持ってくるよ」

お構いなく、との声を背中で聞いて部屋を出る、いつもながら自分の部屋に女の子と二人きりと言うのは少々照れてしまうのでそそくさと外に出る、階段を下りると母親がすでにお茶の準備をしていてくれていた、

「ほらほら急いで持っていって、女の子を待たせるものじゃないわよ」

そういうのもちょっと照れるんだが、やめて欲しいな思春期なので。


テーブルに置いたお茶とお茶菓子をつまみながら学校の事や本の事、昨日のテレビの内容やら色々と話をしていると時計は5時を回っていた。

「あんまり遅くなっちゃいけないから」

と話も盛り上がっていたが途中で切り上げて明日にでも電車の中で話すことにしよう、

「それじゃあ家の近くまで送るよ…」

本棚からぱぱっと貸し出す本をまとめて袋に入れて渡す、次はこれなんておススメなんだけどと話している途中で、なにか地面が揺れたような気がする…地震だ!

それもかなりでかそうだ、どうしよう机の下にもぐるのは間に合いそうに無い、とっさの判断でリコの肩をつかみベッドに押し倒す、ふえぇっとリコが小さく悲鳴とも呻きとも解らない声を発していたがかまわず枕をリコの顔に押し付けてその上から布団を一緒にかぶりリコを抱きしめる、リコも怖いのか地震の揺れなのかブルブルと震えが両手に伝わってくる、グラグラと横に揺れていたのがドーンと大きい音を立てると周りの本棚がベッドの二人に倒れてきてガツンと頭に当たる、ものすごい痛みに失いかける意識の中で、やっぱり本棚の買い増しはダメだなそろそろ本を少し減らそう、この期に及んでも少しとはね、そんなことを考えていた。


もやもやとした意識が少しずつ覚醒し始める、ここはどこだろう?なにかふわふわと宙に浮いているような感覚がして少し気持ちが悪くなる、眼を開けて周りを見渡すが一面の暗闇の中だ、何も見えない、上を向いているのか下を向いているのか、立っているのか座っているのかも分からなかった、手を動かしても足を動かしても何も感覚が無い、水の中に居るような感覚に包まれてただ真っ暗な闇がそこにあった。

(俺は部屋に居た筈だが、一緒に居たリコは無事なのか?もしかして俺は死んでしまったのか?)

気ばかりあせるが何もわからず何も出来ない、そういえば気を落ち着かせるにはゆっくりと深呼吸をしろ、

空手を習っている頃に親父が良く言っていたっけ、と、思い出してゆっくりと深呼吸をしてみる、何だろう呼吸をしたのかしてないのか?それすらもわからないが少し落ち着いたように思える。

しばらくしてずっと遠くに小さな光が見えた、それはぱぁっと大きくなって周りをまばゆい光が包む、眩しくて手をかざすがそこには手が無い、足も見えないし身体も無い、周りは見えているが自分というものは何も無いようだ、ただ周りには光が溢れているだけだった。

(ここは天国なのか?それとも地獄なのか?三途の川も見てないし走馬灯も見てないぞ?)

短い人生だったが楽しいことはいっぱいあったし、当然嫌なこともあった、それも含めて俺は生きてて楽しかったんだ。

(ここはいったいどこなんだ?どうなったんだ?)

意識だけははっきりしてきても考えはまとまらない、どうしようもなくて途方にくれているとどこからともなく声が聞こえてくる。

「志(こころざ)し半ばで死した者よ、汝に新しい力、新しい命を与えよう」

(何の事だ?死したと言うことは俺は死んでるって事か?)

(それに新しい力って一体なんだ?新しい命って事は生き返るのか?)

それよりこの言葉はどこかで…。

「新しい世界で新しい人生を新しい道を進むが良い」

これは!思い出した、結構前に読んだ記憶がある、異世界転生物のラノベに間違いない。

間違いないがどういうことだ?俺は異世界へ転生しちゃうって事か?確か原作では勇者として使命の途中で死んでしまって転生したんだっけ?俺は本棚が倒れてきて死んじゃった?んだけどそれで良いのか?…、確かに頭を打ってすごく痛かったが…、それに一緒に居たリコはどうしたんだろう?…、大丈夫かな?怪我をしてないと良いが…、俺は転生してからどうなるんだ?…本のままなら昔のことだけど思い出さなきゃ…あまり思い出したくは無いなぁあの話は…再び意識が少しずつ薄れて気を失った。


「・・・ン・・」

痛い、左の頬を叩かれた?

「・・モン・起き・・」

痛い、右の頬を叩かれた?

う、うううと呻きどうやらまた意識を失っていたようだ、頬を叩かれたことで気がついたようだが、眼を開けようとするが眩しくて眼を開けていられない、瞬きをしながら周囲を窺うとそこにはブレザー姿では無いが間違いなくリコが居た、いったいどうなっているんだ?

「あー、もう心配したんだから!」

もう一発頬を叩かれたすごく痛い。

ぼやけた視界に色がついていく、ここはどこだ?本当に異世界なのか?目の前のリコは見たことが無い衣服に身を包んでいるが、家に帰って着替えて来たとは考えにくい、実際にどれだけ衣服を持っているかそんな事は分からないので見たことが無い物もあると思うが、どこと無くデザインが変わっていて、近所のショッピングセンターでは売っていなさそうだ、自分の服装も確認してみたが見たことが無い、本当に転生してきたのか?

リコは俺が眼を開けた事に安心したようで、後ろを向きここはどこなの?と聞いてくる、心細かったのかちょっと涙ぐんでいるので顔を見られたくないようだ、突然こんなところに来てリコも心配と不安でいっぱいだったんだろう平手打ちの件は許すことにしよう。

ぽんぽんとリコの頭を2回撫でる、さて、俺は部屋に居たはずだが、立ち上がり周りを見渡すがどうやら森の中のようだ。

これが”あの本”の中だというなら話は簡単だが説明は簡単ではない。

いきなり転生してきました、と聞いてはいそうですかとは行かないだろう、幸いにもリコは多少はラノベを読んでいるので異世界転生については理解してもらえるだろうが、今おかれている状況を素直に理解できるかわからない。

少し悩むが隠していても仕方ないので単刀直入に全部を話したほうがが話しが早いと判断して、今の状況について話し始める、

「冷静に聞いて欲しいんだけど、いろいろ思うことはあるだろうが一言で言うと」

「な、なに?」

「どうやら俺たちは異世界転生したようだ」

冗談でしょ?とこちらの顔色をうかがっていたがが真剣な俺の顔を見て、

「そんなことを言われても・・・本当に?」

リコは周りを見渡して少しだけ腑に落ちたようだ、冷静に考えて二人はついさっきまで俺の家に居たのだ、大きな地震が有って咄嗟にベッドの上に避難したのは間違いない、そこで布団をかぶって恐らく本棚が倒れてきて、そこまでは一緒に居たはずだ、

「ああ、多分本当だ俺たちの服装や周りを見ればわかるだろう?二人とも学校の制服だったはずだけど、今は違う服を着ているし、俺の家に一緒に居たはずだけど今は森の中に居るし」

確かにと頷くが不安が顔を曇らせる、そりゃあそうだろう俺だって読んだことある本の中だから多少気を張っているが本当のところではまだ安心してはいない、それでもリコに心配を掛けさせるわけにはいかないので少々強がりを言ってみる。

「だけど安心して欲しいんだ、俺はこの世界を知っているから」

「へ?なんで?来た事あるの?」

「そんなわけ無いだろ、来た事は無いけど読んだことがある、途中までしか買ってないが、これは”アレス戦記”ってラノベみたいなんだ」

物語の導入部の死んでしまった勇者ってのからそもそも違うが、光の中で聞いた話が一緒だったし、森の中に転生するのも同じだった。

問題は本当に俺とリコが死んじゃって転生してきているのか?新しい力ってのは本当に有るのか?それなら俺がアレスの代わりなのか?じゃあリコはいったい何なんだ?って事だ。

訳有って途中までしか買っていないので結末はどうなったのかわからないが、とりあえず新しい力ってのが本当に自分に有るのかを確認をしておきたい、これからストーリーを追うにしても高校生の力と、勇者が転生したときに授かったチート能力とでは差が有りすぎる。

手始めに物は試しと近くの木を殴ってみようか、まだ空手をやっていた頃は良く拳を鍛える為に色々な物に拳を叩きつけていたのだがものすごく痛かった記憶しかな、我慢して我慢して最終的には痛みを我慢できるようになるだけだったが、今でも少しは我慢できるだろうなと近くの木を素手で力いっぱいに殴ってみる、拳にはほとんど痛みは伝わってこないが殴られた木はバキバキと音をたてて2つ3つに裂けながら倒れる、なるほどこれほどの大木がこうも簡単に折れるなら十分に強いはずだ、勇者の力恐るべし。

どうやら新しい力と言うのはきちんと授かっているようなので少し安心する、俺が死んじゃった勇者じゃなくても力を与えてくれるんだな、あの”神様”?結構いい加減なんだな、まあ良いや途中までとはいえ原作どおりに話を進めてみようか、それが失敗って事は無いだろうそれから先はそのときに考えよう、そうその時に…。


昼間でも薄暗い森の中を少し歩くと少しだけ明るく開けた場所に出た、ここは森の中の一本道で城下町から隣の町に行く場合はこの森の中を通らずに、もう一つ北にある草原の道のほうが休憩場もあるためにこの道を普段から使う人は少ない、原作だとここで最初のイベントが有るためここに移動してきたのだ。

「ここで待っていれば良いの?」

リコが聞いてくる、

「ああその辺に隠れていてくれれば良いよ、とりあえずは俺が合図するまではそこに隠れてて」

適当な木陰を指差してリコにはそこにしゃがんで隠れて貰った。

「ここで良いかな?」

「ああ、そこで良いよ」

リコが隠れたのを見届けて城下町の方へ向きを変える、ここでイベントが起こるまでもう少し時間が有るようなのでこの先の展開を思い出してみる。

確か隣町に移動して、それから砂漠を越えて、それから・・・。

そうこうしているうちに遠くの方で砂塵が見える、両目の視力も良くなっているみたいだ普段なら眼鏡無しではとてもあんな遠くまでは視認出来ないだろう。

しかしここのイベントは本当に大丈夫だろうか?力を得ているとはいえ結構怖い。

道の真ん中で深呼吸をしながら覚悟を決める。

「来た!」

二頭立ての馬車を翡翠の髪の少女が操っている、馬車は黒く塗装されて金色の装飾が施されているのが見える、左右に夜間走行用のランタンを備えた見るからに豪華な作りをしている。

彼女を実際に見るのは初めてだが、あの少女は俺が本屋で表紙を見て一目で恋をしたあのフィオーネだ。

俺がラノベにどっぷり嵌まるきっかけになった本、その本のヒロインである少女フィオーネ、あの頃夢中で読んでいた本の仲にしか居なかった彼女が今そこに居る、俺は高まる胸の鼓動に今まで抱いていた恐怖心はどこかへ行ってしまった。

当のフィオーネはこっちに気付いたようで、避けようと手綱を引いているのが見える、今から彼女の乗っている馬車を受け止めなければいけないのだが、彼女の姿を見て俺は即座に覚悟を決めた、彼女に怪我の無いようにやさしく受け止めないと、

「あぶなーい」

「あれ?」

馬車にぶつかるすんでのところでリコに飛び掛られてごろごろと道の脇へ転がる、急な減速でコントロールを失った為に馬車は道を塞ぐ様に斜めに止まった。

「ちょっとなにやってるのよあぶないでしょ」

またリコに平手打ちをされた、ちょっと待ってくれ一応馬車は止まったが俺が事故に巻き込まれてフィオーネに介抱されないと、肝心のフィオーネとのフラグが立たないじゃないか。

ここで馬車にぶつかるのには理由がある旨を説明しようとするが、胸倉をつかまれて前後にゆすられて上手く話せない。

声にならない声で説明をしていると馬車の上からフィオーネが声をかけてきた。

「大丈夫ですか?」

ぶつかっていないことはわかっていると思うが、心配そうにこちらを伺っている、

「大丈夫です、こちらこそすいませんでした」

リコが頭を下げて謝るとそこに一本の矢が飛んで来てリコの頭を掠めて深々と地面に刺さる、はっと矢の飛んできた方向を向くと、その矢は馬車を追いかけてきていた男たちが放ったものだった。

「何が有ったかは知らないが、姫様はこっちへ来な」

馬上の男の一人ははそう言って新しい矢をつがえる。

追いかけてきていた男たちの人数は4人、格好はみなばらばらで鉄製や皮製であろう防具をところどころ着けている、先頭の髭面の男が恐らくリーダーだろう。

すんでのところで矢に当たらなかったリコは相手を睨みつけていた、たった今死線をくぐったばかりなのにその鋭い視線は突き刺すようで、普段のリコからは想像も出来ないくらいの凄みを感じた。

(これがカミソリリコなのか?)

ちょっとあぶないから離れててと、覆いかぶさっているリコに促して馬車の前に隠れさせる。

「てめぇらは動くんじゃねぇ」

もう一本矢を放つがそれは俺の身体を掠めて行った、咄嗟に避ける事が出来たから良かったものの、もし当たっていたらどうなっていたか、リコが安全な場所へ移動したのを確認してからゆっくりと立ち上がり服の埃を払いながら言い放つ、

「残念だが姫様は渡せない、出直してくるんだな」

せいいっぱいの見栄を切ってみせる、その言葉に反応して4人の男たちは目配せをした後で無言で剣を抜き殺気を放つ、やばいな本物の殺気というのは身体に針を刺すような痛みみたいに感じるのか、子供の喧嘩や空手の試合なんて何回やったってこの気持ちは感じる事は無いだろう、これはなかなか出来ない経験だ、呼吸も心なしか早くなっている、俺は自分を落ち着かせる為に深く息を吸い込んでゆっくり吐いた。

己の信念が許す時以外に空手を使うな、と、親父には空手を習うときにそう言われた、さすがに剣を持った殺意溢れる屈強な男たち相手に空手を使っても文句は言われまい、剣を持った相手に素手で応戦する機会が来るなんてな、命がかかっているこんな時にそんな事を考えるなんて、自分で可笑しくなって口元が緩んでしまう、

「なに笑っていやがるんだ、そこをどけぇ小僧!」

怒りが頂点に達したのであろう一番近くに居た一人の男が剣を振りかざし襲い掛かってくる、駆け寄りざまに振りかざした剣を勢い良く振りぬいてくるのをすんでのところで飛び上がり避けると、男の無防備な顔面を軽く蹴り上げ、そのまま主を失った馬の背に着地をして空手の構えを取る、馬上の男の顔を蹴り上げたので軽く3メートルは飛び上がった事になるか、手加減をしたのは人間相手に先ほどの木と同じだけ力を込めたらどうなるか想像に容易容易(たやす)かったからだ、それでも鼻の形を変え血を吹きながら吹き飛んで行った、本気で蹴らなくて良かったと胸を撫で下ろしながら怒りががふつふつと沸いてくる、リコも俺もさっき死に掛けたんだよな、俺は力を得ているから矢に当たっても助かったかもしれないがリコは危なかった、偶々当たらなかったから助かっただけで当たっていたらどうなっていたか、今も剣で切りかかられた、少しばかり仕返しをしてやらないと気がすまないぞ。


馬上でくるりと周りを確認すると、後ろの馬車から馬に乗ったフィオーネが走って行くのが見えた、ええっちょっと待ってくれフィオーネが居なくなっちゃったら、ここからのイベントもフラグも全部台無しじゃないか。

後ろを向いて固まっている俺の姿に不信感を抱いたのか髭面の男は止まっている馬車の脇から前を見るために馬を移動させるとフィオーネが走り去るのが見えたようだ、

「おいお前ら!姫様が逃げたぞ小僧は放っておいて姫様を追え!」

走っていくフィオーネの後ろ姿に呆気呆気(あっけ)に取られているとリーダーらしき髭面の男が他の男たちに指示をだす、その指図で残りの男たちが剣を振り上げて威嚇をしながら横を走りぬけようとする。

「死にたくなかったらそこをどけぇ!小僧!」

馬の背の上でしゃがみ込みながら一回転して男の顔面を回し蹴りで蹴りぬく、どうやら俺はこの男たちよりは十分に強いらしい、血反吐を吐きながら倒れる男を残して馬はそのまま走り去って行ったが、もう一人の男と髭面の男もその横を走り抜けて行ってしまった。

(しまった、それはまずい)

と思った瞬間、馬車の陰からリコが棍棒のようなもので男の顔面を振りぬいていた、

「さっきはよくもやってくれたわね、これはお返しよ!」

うーん多分出した金額よりもおつりのが多いと思うが咄嗟に手加減なんて出来ないしな、しかし髭面の男はリコの脇も抜けてお姫様の後を追って行ってしまった。

(ここで取り逃がしちゃダメだ)

このまま髭面の男がフィオーネに追いついてしまってはまずい、原作では男たちの剣を奪って4人とも皆殺しだったがそこまではとても出来ない、しかし本来ならば口封じとしては理にかなっているのだが、さすがにその辺は倫理的に一般高校生には無理難題である、とりあえずは暫らく動けないようにしてその間に出来るだけ遠くへ離れよう、そのためにはまず走っていく髭面の男をどうにかしないといけないのだが、馬で駆けて行く相手に人間が走って追いつく事が出来るのだろうか?俺は馬には乗れないし・・・、走って追いつけそうも無いなら空を飛んで行けば追いつく事が出来るかもしれない、咄嗟に思いついた事だがもしかしたら行けるかも、実は俺は魔法が使えるのだ、多分。


原作では魔法を使えることに勇者アレスが気付くのはもうちょっと先の事なんだけど、アレスは元々魔法が使えたのだが転生したばかりで記憶が曖昧で気付かなかったのだ、しかし俺は魔法が使えることを知っている。

魔法ってのは呪文の詠唱がどうたらとか巻物を使ったりとか色々手順があったりするものだけれど、この世界では勇者の力を得た自分には簡単に唱えることが出来るようだ、唱えると言うよりも効果を想像して創造すると言った感じなのか、当然初めて使う魔法なのだがどうすれば良いのかは解る。

馬の上でそれっぽく呪文を唱えようとしたが少々恥ずかしいので小さく呟いた。

”我は跳ね我は羽となる、飛行”

どう唱えれば正解なのか不明な以上、自分が唱えた呪文が正解なのだろう、身体がふわりと軽くなって宙に浮いた。

「よし、これなら行けそうだ、リコそいつらを縛っておいて、俺は今逃げた男を追いかける」

そう言って文字通り空中を駆けるように走り出す、なるほど地面を走るよりも全然速いじゃないか、見る見る前方を走る馬に追いついていく。

「てめぇ魔法使いだったのか!」

髭面の男が後ろから迫る気配に気付いて後ろを振り向き、空中を走ってくる俺を見てそう言うやいなや矢を番(つが)えて狙いを定めてくる。

飛び道具相手に走りながら近寄るのは得策じゃあないよな、魔法を使いついでにもう一個試してみるか、すばやく左右にステップを踏んで狙いを定めさせないようにして呪文を唱える。

”眼前の我が敵を討て、魔法誘導弾魔法誘導弾(マジックミサイル)

右手を前に差し出し人差し指と中指を髭面の男に向けて呪文を唱えると、指の前辺りから虹色に輝く塊が何個も飛び出していったように見え、それは髭面の男の背中に次々とヒットして男を馬から転げ落ちさせた。

馬から落ちた衝撃なのか魔法の威力なのか、髭面の男は地面に横たわったままうめき声を上げて身動きが出来ないでいる。

苦痛に身悶えしている男の側に降りた。

男はじっと俺の顔を暫らくの間見ていたが、そのうちぼそぼそと話し出した。

「ふふっ、姫様を捕まえるだけだと思っていたがとんだ邪魔が入ったものだ、しかも魔法使いとはな、おまえの顔は覚えたぜもう小僧だなどとは思わねぇ、名前はなんて言うんだ?」

時々痛みで言葉に詰まりながら男はしゃべり続けた、俺はそれを最後まで聞いて答えた、

「俺の名はレモン」

「何が目的だ?姫様は逃げて行っちまったぜ」

確かに、なんとか姫様に追いついて一緒に行動しないいと、

「追われてる人を助けただけだ、それ以外の目的は無い」

と言っては見たものの、嘘だよな・・・。

「へっまったく甘い野郎だ、聞かれたからって答える事ねぇのにな、素直なのは良いことじゃねぇんだぜ」

はっと気付き少し恥ずかしくなるがすまし顔で答えた。

「覚えておくよ」

男の腰辺りを掴み軽々と持ち上げて馬車のほうへ向き直り走り出す、悪党からも教えられることがあるんだな、ちょっと時間がかかってしまったがフィオーネを追わないと、随分遠くへ行ってしまってるに違いない。


馬車のところまで戻るとリコが倒れている男たちを縛り上げていた、

「レモン、そっちはどうだった?怪我してない?」

リコがぎゅうぎゅうと縄を絞り上げながら聞いてきた、

「ああ、ご覧の通りさ一緒に縛っておこう」

リコは俺から髭面の男を受け取るとすばやくロープを絡めて縛り上げる

「リコ、それ以上は締めなくて良いんじゃないか?」

男たちの苦悶の表情と軋む骨の音を聞いて少しだけ同情してしまった、本来なら同情するべき相手じゃあ無いのだけれど、そういうところも甘いのかもしれない。

そこで俺は一言忠告をしておいた、

「いいか、命だけは助けておく、二度と俺たちの前に現れるな、次は無いぞ」

それを男たちは黙って聞いていた。

「これで暫らくは動けないだろうから、早くお姫様を探しに行かないと」

「そうなの?お姫様ってすごく綺麗な人だったよね、探してどうするの?」

「これからあのお姫様がいないと色々困るんだよ、この先一緒に行動しないとダメなんだ」

「ふーんそうなんだ、それだけ?」

「それだけって、結構大事なことじゃないか?」

なんだろう妙に絡んでくるが、そんなことよりこれからあのお姫様と数々のイベントをこなさないといけないのに困ったことになったぞ、お姫様無しではお城にも入れないだろうし、ストーリーが追えなくなってしまう。

とりあえず急いで追いかけないと、どれくらい行ってしまったんだろうか?町まではまだ大分あると思うが、お姫様に関してはリコに説明していなかった事だから逃がしてしまった責任は無い。


道を塞ぐように斜めに止まっている馬車を力技で道に戻して馬車に飛び乗る、乗るが・・・、これどうやって動かせば良いんだろう?

そういえばアレスは転生前に馬に乗った事があるし、お姫様も一緒に居たから馬車を動かすのに困らなかったが、俺は馬車なんて乗った事も無いぞ。

「どうしたの?」

「あ、いや、これどうやるんだろう?」

やっぱりリコも私も知らないって顔をしている、どうしたものか?っとそこで閃いた、魅了の魔法で馬に言う事を聞かせれば何とかなるんじゃないか?

このままここで止まっているわけにもいかないからすぐに試してみることにする。

”我が命に従え、魅了”

これで大丈夫かな?特に馬には変わったところは見えないけど、

(前に進んでもらえるかい?)

口に出さずとも心で思うだけでゆっくりと前に動き出した、どうやら魅了の魔法は効いたようだ、ようし追いつけるかわからないがとりあえずお姫様を追おう。

と、進みだしたらすぐに前から馬に乗ったお姫様が向かって来るのが見えた。

???正直なにがなにやらわからないがとにかく探す手間は省けた様だ。

当のお姫様は馬車に気付きスピードを落としてまじまじと馬車を見て、

「あら、この馬車は私の…」

「はい、この馬車はあなたの馬車ですよ」

お姫様は俺の顔を見るなり口元を押さえて馬から落ちそうなほどびっくりする。

「あなたは先ほどの」

「はい、あの男共は俺が片付けました、もう追って来ないのでで安心してください」

そう言って俺はにこりと笑って返事をする、

「そ、そうですか、なぜそんな事をして下さるのですか?」

「ええ、集団で女性を追いかけている奴らに私たちはいきなり矢を射掛けられましたからね、それだけで十分ですよ」

俺は、なんでお姫様が追いかけられていたのかも、あいつらがどこから来たのかも知ってるが、いきなり命を懸けて助けてくれるなんてのは確かににわかには信じ辛いよな、それはそれはと改まって頭を下げながらお礼を言われると少し照れくさくなる、俺がラノベに嵌まるきっかけとなったあの表紙の挿絵そのままの笑顔が今目の前にあるのだから、

「私はフィオーネ・マクラウドと申します。よろしければお名前をお教え下さい」

「私の名前はレモンで、彼女がリコです」

「レオンデさんと、リコさんですね」

「あ、違います、私の名前はレ・モ・ンです」 

「あらあらとんだ失礼を、レモンさんにリコさんですね」

そういえば思い出したぞ勇者アレスって名前は転生したてで記憶が曖昧になっていて、自分の名前が咄嗟に思い出せずに言った「あのー、あれっす、あのー」から「アレス・アノー」って名前になったんだっけ、その時は変なのと思っていたが、今ならわかる。

「それよりフィオーネさんはなんで戻ってきたんですか?追われてたんですよね?」

リコがフィオーネに問いかける、せっかく急いで逃がしたのにリコの疑問も当然だろう、

そういえばこの道は一本道だったはずなんだけど、いったいなんで戻って来たんだ?

それに良く見たら白いドレスのところどころが土で汚れているんだけど、最初から汚れていたっけ?

「ちょっと行った先で追手が来ないか心配になって、馬を止めて後ろを振り向いた時に馬が走ってきて、驚いた拍子に手綱を引いてしまって、その場でくるくると馬が回りだして」

リコが倒した男が乗っていた馬と髭面の男の馬だな、俺は馬に乗った事が無いので良くわからないけど、その場でくるくる回るなんて事になるのかな?

「そうしたら姿勢を崩してしまって落馬してしまいまして、落ちた痛みに耐えていたらいったいどっちから来たの解らなくなってしいまして、あてずっぽうで進んじゃいました」

フィオーネ自身も良くわからないのか小首をかしげながら作り笑顔で説明してくるが、説明されているこっちもちんぷんかんぷんでどうにも腑に落ちない。

なるほど、本の中ではフィオーネはドジっ娘属性を持っていてそこがかわいかったのだけど、リアルにドジをされるとドン引きするんだな、知らないほうが良かったかもしれない、これからフィオーネを見る眼が変わってしまいそうだ。

いろいろ問いただしたい気持ちを押し殺して今回のドジは流そう、それがこの場をやり過ごすには最善の方法だろう、俺は平静を装ってあくまでも冷静に話しかける、

「それは大変でしたねお怪我は有りませんでしたか?さあフィオーネさんも馬車に乗って下さい、とりあえず急いでこの場を離れましょう、次の追手が来ないとも限りませんし」

そう言って自分は馬車を降りてフィオーネの乗っていた馬にも”魅了”の魔法を使い手綱を取って馬車の前に並ばせた、

「すぐに馬を繋げなおしますので、いったん町に向かいましょう」

「はい、ですがそのよろしいのですか?ここから町までかなりかかりますが、親御さんは心配しませんでしょうか」

確かに何の連絡もせずにお姫様についていく子供は居ないだろう、かと言ってここで別れる訳には行かない、適当にごまかしてしまおう。

「実は・・・私たちは天涯孤独の身でして、ですのでその辺はお気になさらずに」

「まあそうでしたかそれはとんだ失礼をしてしまって申し訳ありません」

嘘なんだけど、とは言えこの世界では天涯孤独なのは嘘では無いか、これでとりあえずは一緒に行動が出来るようになった、

「では町へ向けて出発しましょうか」

「はい、一先ず町へ向かいましょう、お城へは帰りたくありませんし」

馬から鞍を外して馬車牽引用のハーネスを繋げる、急減速が原因なのか接続用のハーネスが千切られたみたいになっていたので短くなってて結び直しにくかったが、何とか結ぶことが出来て一路町へ急いだ。


フィオーネ一行が立ち去って数刻後、新たに馬に乗った男たちがやってきた、その集団は道の脇に縛られている髭面の男達を見つけその周りに集まってくる、

「なんて姿になっているのですか、あのギデオンともあろう者が・・・」

白い鎧を着た一団のなかで唯一ローブを目深目深(まぶか)に被った男が髭面のギデオンに話しかける、

「お前か、弁解はしねぇ見ての通りさ」

「あなたが倒されるとは、お相手は相当な使い手なのでしょうね」

「ああ、それは認めざるを得ねぇな」

「全員やられたのですか、かなりの手練手練(てだれ)が居たようですね」

「ああ俺も含めてみんなやられちまったよ、突然馬車の前に現れたと思ったらそこからはあっという間さ」

「そうですか一体何者なのでしょうかね、厄介な連中が姫様に着いたものです・・・」

ローブの男はさっと前方を指差し他の男たちに命令をする、その指図で鎧の男たちの半分は前方へ駆け出した、

「連中じゃねぇ一人の男にやられたのさ、それも随分と若いガキになレモンとか言う変てこな名前の野郎だ、おまけに魔法使いときやがる」

「なんと、それは真(まこと)ですか?それほどの使い手がまだいたのですね、まったくどこの国の者なのでしょうか」

「ああ格好はどこにでも居る感じだったが、あれだけ強いなら名前が聞こえてきても良いくらいだが、とにかく王への報告が済んだら俺はもう一度奴らを追いかけるぜ」

「仕方ないですね、よろしい今回の失態の件は不問に付して置きます、一旦城に帰って王に報告した後ですぐに追いかけますよ」

「ありがてぇ、もちろん俺もそのつもりさ」

ローブの男はさっと手を上げ城の方を指差す、鎧の男たちは縛られているギデオンたちのロープを切り、それぞれの馬に乗せて颯爽と城の方へ消えていった。


木漏れ日の差す森の中の一本道を二頭立ての馬車が一台ガラガラと音を立てて走っている、追っ手に追われていたフィオーネと名乗る少女と、少女を助けた異世界からの勇者レモンとリコを乗せて。

町へ向かう道すがらフィオーネには俺の隣に座って貰ってこれからのことを色々と聞くことにした、本の中の存在でしか無かったフィオーネが隣に座っている興奮で頬は緩みっぱなしになってしまう。

改めて横から眺めても細い首に白い肌、すぅっと通った鼻筋に長いまつげ、漂う高貴な香気に酔ってしまいそうになる、思ったよりも馬車というのは乗り心地が良いものでは無かった。

「今更ではあるのですが、フィオーネさんはなぜ追われていたのですか?」

俺はなんで追われていたか知っているが、俺が知っていることをフィオーネは知らないのでもっともな質問である。

「はい、私用が有りまして先代の女王陛下の出生地のティン城へ向かう途中で父の手の者に追いかけられて、その時に御付きの者とはぐれてしまい・・・」

「そうなんですか、姫様と呼ばれていたのは?」

「私はオルコット城城主のカーティス・オルコットの娘なのです」

「それではフィオーネ王女様ということですね」

「はい、そうです」

「そうでしたか、もし私で良ければお供しますので何なりとご命令下さいフィオーネ様」

「ありがとうございます、見ず知らずの私にそこまでしていただけるとは光栄の至りです、このご恩は必ずお返しさせていただきます、あと様はお止め下さい今までどおりで良いです」

憧れだった女性を助けるのに見返りなんて求めてはいないが、あまりに謙虚では逆に疑われてしまいそうなので褒賞金とささやかな職をお願いした、この世界で生きていくにはこれからそういう物も必要になってくるかも知れない。

「ティン城ならば恐らく大丈夫です、私の祖母には流石の父も頭が上がりませんので」

「わかりました、では途中の町で旅の準備をして、急いでティン城へ向かいましょう」

「そうですね、ヘイウッドの町は森を抜けて暫らく行くと大きな橋が見えてきますので、それを越えればすぐです」

ここまではなんとか順調にストーリーに沿っていけてると思う、ところどころ違っているが記憶が曖昧な部分もあるし仕方が無い、それでも臨機応変に対処できているはずだ、このまま上手く事が進んでくれればいいのだけれど。

「ヘイウッドからティン城へはどれくらいで着くのでしょうか?」

「馬で走って3日と行ったところでしょうか」

「出来る限り急ぎましょう、恐らく次の追っ手も向かって来ている筈です」

私用とフィオーネが言っているのは俺が読んだ範囲では何か解っていないのだけど、どんな用事であれ直接会いに行くのにこれだけの道のりを行くとは、馬しかなかった頃はこんな移動時間は当たり前だったんだろうな、俺も馬に乗れるようになって置こう、ついでといっては失礼に当たるがフィオーネさんに馬車の操作の仕方を教えて貰った、毎回”チャーム”を使っても良いんだがどうせなら覚えておいても損は有るまい、これからここで生きていくならなおさらだ。

「こう手綱を引いて、こうです、解りますか?」

「ここでこうですね、なるほどこうすれば良いのか」

一旦覚えてしまえば馬との意思疎通はそれほど難しい物では無かった、これなら次々と”魅了”の魔法を使わなくてよさそうだ、

「こう強く引くとくるくる回ってしまいます」

と言うやいなやフィオーネは手綱を引っ張る、当然馬は急に方向を変え馬車は大きく揺れた、危ないと咄嗟に手綱を引っ張るフィオーネの手を握り前へ押し出し馬を落ち着かせる、

「あら、またやってしまうところでした」

恥ずかしそうに口に手を当てころころと笑っているが、あのままだと馬車はひっくり返ってたんじゃないか?冗談では済まないがそういうつもりも無くただの天然なんだろう。

「あの、そろそろ・・・」

照れくさそうにフィオーネが俺に握られている手を見せてくる、どさくさにまぎれて握った手を離すのを忘れていた、出来ればずっと握っていたかったがあわてて手を離し謝罪する、

「す、すいません咄嗟のことでとんだ無礼を」

「こちらこそすいませんでした、あやうく馬車が回ってしまうところでした」

頬を赤らめて俯いてしまった、咄嗟のこととは言え失敗しちゃったかな?気まずくなってリコに話しかける。

「なあリコもやってみないか?思ったよりも簡単だぞ」

「私はいいわ、邪魔しちゃ悪いし」

「そうか?結構楽しいのに」

「ええ、ええ、楽しいでしょうね」

どうしたんだろうやけに機嫌が悪そうだぞ、こういうときはあまり構うと藪蛇になりそうだからそっとしておこう。


改めてフィオーネさんにこの世界の文化や風習、料理など元の世界とこっちとの違いを確認した、幸いほぼ元の世界と変わりは無いようだ、原作にもそう書いてあったがこれは非常に助かる、高校生の身分では海外旅行なんてした事はないが、テレビで見ていていつも思うのは旅行先の食事が合うか合わないかは大問題だろう、ましてや異世界ではどんな料理が出てくるのかは少しは知ってはいたが確認をしておかないととても怖い。

二時間以上話しこんでいただろうか、日も頂点を過ぎて、楽しい馬車デートはそろそろ終わりそうだ。


森を抜けるとそこには一面の緑が広がっていた、だんだんと森の中も明るくなって少しずつ見えてはいたが、見渡す限りただただ緑と空の青が広がっていた。

(ああ、こういう景色は異世界だろうと関係ないな、すごく綺麗だ)

追われてさえいなければ何も考えず日が暮れるまで横になってすごしたいと思う、せっかく異世界に来てるんだし戦いばかりでなくてのんびりもしたい、そう思っているのも束の間、森の中を通る道と森の脇を通る道が交わるところに人影が見える、恐らく二手に分かれて追って来ていた別働隊であろう、森の中で時間を食ったせいで追いつかれていたようだ、

「どうしますか?」

フィオーネが聞いてくる、人数は森の中の連中と同じ5人が馬に乗っている、向こうも俺たちに気付いて矢を番(つが)えているのが見えた、

「お任せください、一瞬で終わらせますので手綱をお願いします」

そう言って手綱をフィオーネに託して立ち上がる、少し揺れるくらいなら大丈夫だろう、ちょっと調子に乗りすぎているかも知れないが、フィオーネはさっきの俺の活躍を見てないからな、ここらでいっちょ格好良いところを見せておきたい。

”眼前の我が敵を討て、魔法誘導弾魔法誘導弾(マジックミサイル)

そう唱えて両手を前に差し出すと無数の光の矢が飛んで行き次々と馬から男たちを落とした。

「わぁすごいですね、レモンさんは魔法使いだったのですか?」

フィオーネの眼がきらきらしているのが見える、これは相当気分が良い、

「ええ、隠していたわけでは無いのですが」

鼻を擦りながらそう答えた、ちょっと格好付けすぎかな?とも思うがフィオーネに褒められると鼻の下が伸びてしまう。


落馬の痛みと魔法誘導弾の痛みで動けなくなっている男たちの脇で馬車を止めてフィオーネに顔を確認してもらうと、やはりマクラウド王(フィオーネの父)の手の者で間違いないようだ、いきなり矢を番(つが)えて臨戦態勢をとったとは言え、もし無関係だったら悪いことをしたなと、気が咎めることになるところだった、まあ違ったとしてもそんなことをしてくるのは盗賊の類だろうけども、武器を取り上げ男たちを縛りながらそんなような事を考えていた。

男たちを縛り上げた後でぐいっと背伸びをしてみる、長いこと馬車に乗っていたのでお尻も痛いし腰も痛い、これから3日も馬車に乗っていないといけないのか、これは途中途中で休憩をしないと身体が持たないぞ、リコは大丈夫なのだろうか、

「リコ、お前も一旦馬車を降りたらどうだ?空気は綺麗だし風も気持ちが良いぞ」

もそもそとリコは馬車の後ろの扉を開けて馬車を降り、腰に手を当て伸びをしながらこそこそとお尻を撫でているのが見えた、なにか覗き見をしているような変な気分になり恥ずかしくなって視線をそらした。

覗き見をフィオーネに見られていないかさりげなく確認してみると、当のフィオーネは澄ました顔で座ったままだった、こっちの世界の人たちは馬車移動に慣れているのでお尻の肉が分厚くなっているんだろうなと、ちらりとフィオーネのお尻を見ながらそう思った、そういえば馬から落ちても怪我してなかったよな、なんだか納得がいった気がする。


休憩もそこそこに再び馬を走らせる、お尻の具合を診ながら出来る限り急がないといけないが、追っ手に追いつかれた時にお尻が痛くて応戦出来ないのはかなりまずいだろう、それと切迫している問題がもう一つ有る、個人的な問題で申し訳ないが恐らくフィオーネもリコもそうだと思う、町に着くまで耐えられれば良いが早い内に済ませて置いたほうがいい気もする、もじもじとしているとそれなりに川幅のある川が見えてきた、とたんにフィオーネの眼の色が変わりこっちに振り向いた、

「そこで止めてください!」

今までの雰囲気とは違ってかなりの迫力で言われて少々驚いたが、今の自分の状況を考えると急速に理解して手綱を引いて馬車を止めた。

馬車が止まるや否やフィオーネはごそごそと馬車の中をまさぐって棒の先に何か布が付いた物を差し出してきた、

「これを頼みます」

何だろうこれは?と聞きたかったが当のフィオーネは走って川の中に入っていくので急いで着いていった、

「これはなんですか?」

と聞く間もなくフィオーネは頭から布を被る、あーなるほどねそうやって使うのか、と瞬時に察したがちょっとこれ良いのか?おそらく目の前でフィオーネはスカートを捲り上げて・・・。

布に垂れ下がっていた馬簾馬簾(ばれん)と川面の間にフィオーネの白いお尻がちらちらと見える、長い旅路には外で用を済ますことも有るだろうし、これなら着替えなんかもここでやれそうだからこういう物も必要なんだろうな、男である俺はその辺で済ませられるんだけど、女王がそんな事出来る訳無いよな。

ふっと後ろに殺気を感じて後ろを振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべたリコが立っていた、

「レモン君、私も使うから、今みたいに、見ないでね」

鋭い眼光に力なく頷いてそのまま俯いた、そういえばリコも居たんだっけ、危なかった思わず漏らす所だった、大丈夫俺も漏れそうだがまだ漏らしていないと自分に言い聞かせた。

「レモンさんありがとうございました」

布を捲り上げてフィオーネが出てくると入れ替わりでリコが中に入った、俺に持たせたままなのはさすがにお姫様にこれを持たせる訳にはいかないだろうとリコも判断したんだろう。

「絶対にこっちを見ないでよね!」

見たらどうなるのかは怖くて聞けなかった、まあどうやったって隙間から見えてしまうのだがそれは黙っておいた、やったぜ異世界転生。


女性2人の用を済ませた後で自分の用も足しておいた、川の中ではなくて草むらの中でだったが、リコの期限が悪かったのは俺と同じで我慢してたのかな?なんて考えながら馬車に戻ると、俺を見てフィオーネが恥ずかしそうにしている、

「すいません、お見苦しいものを見せてしまって」

ぱっとリコを見るとささっと顔を背けた、なんてことを言ってくれるんだ、これからものすごく気まずいじゃないか、どうしようなんて答えたら良いのだろうか、どう答えるのが正解なんだ?

「とんでもないですとんでもないです、綺麗なお尻でした」

「ふぇ?」

動揺していたのかとんでもないことを言ってしまったのに気付いたが時既に遅かった、これ以上は無いほどフィオーネは顔を赤くして俯いてしまった、リコはぶっと噴出した後半口を開けてこっちを見ている、そんな顔初めて見たよ、リコも驚いただろうが俺のほうがびっくりだよ、

「さ、さぁ出発しますよ、よろしいですか」

フィオーネはこくこくと小さく頷くだけだった、自分が巻いた種とはいえこれはきっついなぁ、早く町に着かないかなと無心で馬車を走らせた。


森を抜けてから暫らく景色は変わらなかった、所々農機具小屋と思える建物はあるのだが、まだまだ町は遠そうだ、町の人々はここまで地主所有の馬車で送迎してもらいながら農作業をしているらしい、今日は休息日らしく農作業の従事者は見当たらない、しかしこれだけ広い土地があると耕すだけでも一苦労だろう、ところどころ用水路の様な物も有るが水を撒くだけでも大変そうだ。

そんな事を考えながら道なりに暫らく馬車を走らせると大きな橋が見えてきた、港町であるヘイウッドは河口近くに有ったはずなので、この橋のたもとには無いようなのでもうちょっと先かな?

「後ろから馬が来てるわ」

不意にリコが言う、前を見ながらささっと後方を確認すると確かに何頭かの馬に鎧を着た者たちが見える、

「フィオーネさん、町まではあとどれくらいですか?」

顔の紅潮も冷めてきたフィオーネに尋ねると、大きな橋が見えるならあと少し走ればもう一つ橋が有るので、その橋が街の門を兼ねているらしい、本来は町の中で追いつかれて戦闘に入るのだがちょっと寄り道していたので早めに追いつかれたようだ。

しかしこれはかえって良かったのかも知れない、なぜなら町の中で休憩中に戦闘になってしまうと色々とやりにくいことが多いし、出来るなら少しゆっくりしたいからだ、ここで倒してしまえば町の中で多少は時間が取れそうだ。

だんだんと近付いて来るにつれ葉っきりを姿が確認できた、頑丈そうな鎧を全身に纏い、盾も持っているので防御力はかなりのものだろう、素手で戦うにはちょっと厳しく感じる。

「一旦馬車を止めて私が応戦します、もし私に何かあったら急いでリコを連れて逃げてください」

「わかりました、でも私はレモンさんを信じます、必ず戻ってきてくださいお気をつけて」

「ありがとうございます、ご期待に副えるようがんばります」

馬車を止めた後に馬車の中を通り後ろの扉から降りる間にリコに声をかける、

「リコ、俺に何かあったらフィオーネを頼む」

「ふん、私もあんたを信じて待ってるわ、だから絶対に戻ってきなさい」

にこりと笑ってリコの肩に手を添えると扉を開けて馬車を降りた。


馬車が止まって俺が降りてきたのを確認すると騎兵たちは距離を取って止まり、盾を構え剣を抜き一定の間隔でこちらを囲おうと左右に広がり始める。

戦闘隊形を取られるのはまずい、俺は戦法に関しては素人だからどういう陣形を取ろうとしているか解らないがのうのうと戦闘準備を待っているわけにはいかない、とりあえず少し数を減らしておきたい。

”眼前の我が敵を討て、魔法誘導弾魔法誘導弾(マジックミサイル)

左右に広がった相手に手を差し出し呪文を唱えると魔力が相手に向かいほとばしる、今までは俺が魔法を使えることを知らないおかげで不意打ちとなり倒せていたのだが、騎馬の者たちは盾と剣を巧みに操り飛んでくる魔法弾をかき消してしまった。

(しまった、魔法が使えることがばれているとこんなことになるのか!)

ここへ来て安気に魔法を使ってしまっていたことを後悔する、簡単に手の内をばらすのでは無かったし、やっぱり生かしておかずに口封じをしていれば良かったのだ。

しかし今更そんなことを後悔していてもすでに遅い、目の前の敵を倒すことに集中しないといけない、やらなければやられるのだから。

取り急ぎ”飛行”の魔法をかけて少し浮き上がり目線を合わせる、馬に乗った者を相手をするには地に足を付けて素手で戦うのは不利なだけで何も良いことは無い、せめてリーチの差を埋める為に馬の高さまで浮き上がり自由に動き回れるようにしておかないと勝負にならないだろう。

じりじりと間合いを調整して一気に真正面に居る騎馬に蹴りを出すが盾に受け流されてしまう、体制を立て直す為にくるりと後ろを向くと左右の騎馬に切りかかられていたので後方へステップを踏み距離を取ろうとするがさらに左右の騎馬が襲い掛かってくる、これはまずいここまで統率されていると人数の差がもろに出てしまう、それでなくても剣を持たれているので一撃で勝負が付いてしまうのに、その上あの盾と鎧の防御力を少し舐めていたようだ、さっきの蹴りも手加減無しで蹴ったのだが上手くいなされてしまうし、各々の連携が取れているとここまで戦闘力に差が出てしまうのか、十分強いと思っていた勇者の力だがそれも使い方なんだろう、動かない木をへし折ったとしても巧みに盾を使われるとほぼ無力されてしまうとは。

自分の強さに自惚れてどこかで油断していたようだ、自分を戒めてこの死線を潜り抜ける為になにか打開策を探さないとこのままではいずれ致命的な一撃を食らってしまう。

騎馬の波状攻撃をかわしながら反撃の機会をさぐり、わずかな隙に拳と蹴りを打ち込むが盾と鎧に阻まれまともにダメージを与えることは出来ない、かろうじて攻撃を当ててもそこは頑丈な鎧の上からなのでひるむことなく剣戟で反撃をされてはリスクに対してリターンが少なすぎる、ここまできたら腹を括ろう勇者アレスもこいつらには少々てこずってはいたが、鎧の隙間に巧みに剣を滑り込ませて一騎また一騎と倒していた、それこそ俺が剣を使ったところで付け焼刃なのでそんな隙間に一撃は加えられないだろう、アレスは転生前も勇者だったんだから比べるのもおこがましい。

そういえばアレスは剣に炎を纏わせたり剣先から稲妻をほとばしらせたりとこの先の戦闘では色々とやっていたっけ、それならば当然俺にも出来る筈だただし剣では無くてこの拳に。

俺は武器を扱うことが出来ないので今まで素手と魔法で戦ってきたのだが、魔力は指先から飛んでいくが拳を握ったままならどうなんだろうか?上手くいくのかいかないのかそれを拳に留まらせることが出来るのか否か、もうここに来て悩むのは止めだ、今は自分を信じるしかない!

拳を握り呪文を唱える、

”眼前の我が敵を討て、魔法誘導弾魔法誘導弾(マジックミサイル)

両の拳が光に包まれる、成功だ!これはとりあえず魔法拳と呼ぼう、魔法誘導弾って呪文じゃ格好がつかないのでこれの呪文は後で考えるとして、少し光明が見えてきたぞ。

鎧を着込み盾で防御を固めているあいつらにこれが効くのかは解らないが、もしダメならなんて事は今考えていても仕方が無い、とにかく一撃食らわしてやる!

次々と襲い掛かってくる騎馬たちの攻撃をかわしつつ間合いを計りその時が来た、ぱっと左の騎馬を見て左足を上げフェイントをかけて一瞬ひるませる、咄嗟に右の騎馬に右手を伸ばす、拳は遠く相手には届かないが拳からは魔力が伸び勢い良く顔面を捉える、強烈な一撃で意識を無くしたのか首を後ろに折ったままドサッと馬から力無く落ちた。

この距離から呪文を唱えることなく魔法が飛んできたら流石にかき消すことが出来ないようだ、そりゃそうだ弓だろうと投石だろうと近ければ近いほど避けにくいのは道理だ、ましてや相手は拳に魔力が込められているのは解っていてもそれが何を意味しているのか解っていないのだから。

すばやいフェイントを使って右の騎馬を倒すこと出来たが、左の騎馬が体勢を立て直して刀を振り上げ襲い掛かってくる、間合いを詰めて相手の左側に回りこむように剣先を避けつつ右の拳を放つと盾で拳を止められた、が、そこから盾を通り抜けて魔力が相手の腹にに突き刺さる、少しの間前後に揺れた後で鎧兜の隙間から吐瀉物吐瀉物(としゃぶつ)を撒き散らしながらゆっくりと馬の首に倒れこみそのまま動かなくなった。

仲間が2人倒されたことで残りの騎馬に動揺が見て取れる、連携は明らかに拙くなり各々の動きに意思疎通が感じられなくなってきた、闇雲に動いているだけになってきた、

数が多いことの利点を放棄してしまったら、それぞれの動きを阻害する障害物でしかない、そうなればもう順番に魔力を打ち込んで残りもすべて打ち倒した。

これから先何度戦闘になるかわからないが、今回の戦い方で色々と学ぶことが出来た、どんどん強敵も出てくるだろうが工夫次第で打開できる希望が持てたのは素直に嬉しい、魔力は拳に纏っても自分にダメージが無いのは解ったけど、炎や稲妻は下手したら自爆になっちゃっうと困るので怪我しても良いとき・・・ってのが有るか解らないけど、どうしても必要になったときには躊躇せずに試してみよう、しかし一か八かで試すぐらいなら、魔法を打ち出すための剣なり杖なりを持ったほうが悩まなくて済むかも知れない、これからの為にも何か武器を練習してみよう、お城へたどり着ければ衛兵の鍛錬とかやっているはずだ。


予想通り苦戦した戦闘を終え飛行状態から魔法を解き地面に降りた、なぜ苦戦したのか?それの確認をするために近くでうめき声をあげながら倒れている騎士の兜を脱がしてみる、なぜこんなに彼らは強かったのか、盾を持っていたとはいえ勇者の力を得た俺の攻撃を受け流し、小突いた程度しか当たっていないとは言え大木を殴り倒す俺の拳を鎧で受け止めることが出来たのか、その答えがそこには有った。

そこには見慣れた人間の顔は無く、緑色の肌に頭髪は薄く口からは牙が見え鼻は潰れていた、これは魔力を顔面に受けた事に拠るものではなくて最初から潰れていたのだろう、いわゆるオークと呼ばれる種族の特徴である。

「やはり、父は魔物の力を借りていたのですね」

いつの間にかフィオーネが傍らに立っていた、その声は弱弱しく深い悲しみと少しの怒りと落胆を混ぜた響きがした。

手に持っている兜の裏を見ると何か文字が書かれている、青白く光っているのはそれに魔力が込められている証拠だ、恐らく魅了の魔法と近い効力の有るものなのだろうか?俺にはまったく読むことは出来なかったがフィオーネはその文字を見てまた悲しい顔をした。

「この命主の思うがままに、死は仕であり支である」

そう書いてあるようだ、魅了なんかよりも強い支配の魔法の呪文だと思う。

「魔物の力を借りて、父は何をしようとしているのでしょうか・・・」

戦力を高めてやる事といったら戦争なのだろうが、魔物を使って隣国を攻め滅ぼしてそこは自分の国になるのだろうか?その町に住む住人たちは国王に従うのだろうか?まさか住人全員をこの魔法で・・・。

俺には答えが纏まらなかった、ついさっきまで学生だった俺には難しすぎる難問だ、俺にはその戦争をとめるだけの力が有るのか?5人の騎馬に苦戦をする俺に。

暫らくの間心の中で葛藤があったが、一つ結論を出さないといけない問題が有る、答えは簡単だが今の俺にはとても難しい問題だ。

押し黙っていても答えは出ない、いや答えは解っているのだ、だがなかなか言葉が出なかった、それでも意を決してフィオーネに問いかける、

「彼らをどうしますか?」

その言葉は俺にとっての一つの決断だった、異世界に来て力を授かり、その恩恵に助けられてきた俺が払わなければいけない代償だ、いつまでもそれから逃げているわけには行かない、そのせいでこの旅に影響が出初めているのだから、これはケジメでもあるしその使命を帯びて俺は今ここに居るのだから、

「お願いします」

そう言ってフィオーネは背を向けた、その言葉に緊張で体が強張りどっと全身から汗が吹き出る、そう言われることは解っていた、このままにしておくわけにはいかないのだから、

「解りました」

そう言うと落ちていた剣を拾い、足取り重く痛みにうめき声をあげているオークの傍らに立った。

何かしゃべっているようだが何を言っているのかは解らない、恐らく命乞いか俺に対する恨みの言葉だろう、剣を振り上げたときオークは眼を閉じた、死を覚悟したのだろう口を真一文字に結びその口からは言葉は発せられない、死は志であり支であるそれが彼らの使命かけられた呪い、俺は無言で首に剣を振り下ろした。

「死体は河に流して下さい、そのままにしておくと見つけられてしまいます」

それを聞いて俺は死体の鎧と兜を剥ぎ取り死体は河に流した、鎧兜はその辺に置いておく事も出来ないのでどこかで処分するために一旦馬車に乗せておく事した。


すべてを終えて馬車に戻り何も言わずに馬を走らせる、手綱を持つ手が寒くも無いのに震えている、剣が骨に当たった感覚が今も手に残っている、命が消える瞬間の重く苦しい空気、こんな気持ちは出来ることならば味わいたくは無かったがそれは適わなかった、本当ならもっと早くに決断していないといけなかった事だったのだが、

「レモンさんすいませんでした、無理なお願いをしてしまって」

沈痛な面持ちの俺を心配してフィオーネが声をかけてくる、

「いえ、これも私の使命ですから」

そう答えた声は小さく震えていた、本当であればフィオーネにこんな姿を見せたくは無かったが、平常心で居られるほど心は強くは無かった、まだ日差しは照りつけていたが身体は妙に寒く感じた・・・。

馬を走らせながら今までのことを思い返してみる、空手の組み手では何度となく勝ち、それと同じくらい負けた、悔しくて泣いたことも有る、嬉しくて眠れなかったことも有る、親父は俺に沢山の教訓を教えてくれた、今思えばその教えが俺の中で生きているから異世界でこれまで三度戦いそれを勝利する事が出来たのだろう。

変な名前を付けられた事で辛いことも色々有ったが、様々な困難に打ち勝つ事も出来た、強く育って欲しくてレモンと付けたと親父は言っていたが、案外本気で強くなって欲しいための名付けだったのかも知れない、そう思ってみても他のやり方が無かったのか問い詰めて見たいものだ、

覚悟が無ければ戦わない事、相手と戦う覚悟、殴る覚悟、蹴る覚悟、そして殺す覚悟に殺される覚悟、やはりどこか甘く考えてしまっていたようだ、自分の未熟さに恥ずかしいばかりだ、殺す覚悟が出来ていない者が人を殴って良いはずが無い、ましてや俺は勇者の力を得ているのだから。

馬車に揺られている間に少しずつだが気持ちが落ち着いてきた、殺さなければ殺される命の取り合いをしているのだから、もう悔やんだりはしない相手がモンスターだろうと人間だろうと、リコとフィオーネを守る為に俺は鬼にも悪魔にもなろう、その覚悟をした。

「フィオーネさんすいませんでした、ちょっと考え事をしてしまっていて、その黙り込んでしまって」

「大丈夫ですよレモンさん、さあヘイウッドに着きました、必要なものを買いに行きましょう」

「ありがとうございます、そうですね手始めに何か・・・」

と言いかけたところでグーっと腹の音が聞こえてきた、そういえばこっちの世界に来てどれくらいの時間が経ったか解らないが俺の腹もぺこぺこだ。

「何か食べましょうか、私のお腹が鳴ってしまいました」

この馬車には男の俺とレディが二人、泥を被るのは俺の役目だ。

「そ、そうですね、保存食も買っておきたいですしそうしましょうか」

またフィオーネの顔が真っ赤に紅潮している、うーん?さっきのお腹の音は・・・、まあ良いや詮索をするのは止めよう、誰だって腹が減るのは当たり前だ、生きているんだからな。


ヘイウッドに着いて中心街を進むとどこからとも無く良い匂いがしてくる、これは肉を焼く匂いかな?こっちはスパイスを効かせた煮込み料理かな?この匂いから判断するとこちらの世界の料理もすこぶる美味そうだ、

「この辺りは飲食店が沢山ありますので、何かお好きなものは有りますか?」

初めて食べる異世界の食事だから何が有るのかわからないが一応考えてみる、馬が居るって事は牛も居るのかな?豚はオークを思い出してしまうので今日は避けたい、だがここは一つ覚悟を決めた俺の異世界の最初の食事は肉料理で力を付けるか。

「そこのお店で焼いてる肉は何の肉ですか?」

チキンだ、いや鶏肉の事ではない勝手に牛や豚が居ると思っているが、この焼いてる肉がそれらと違ったら大惨事になってしまう、この際だから食べてみるのも良い経験だが素材の確認は大事だ。

「うーんあの船の碇の看板からすると、シーサーペントですかね?」

思いもよらない返事が返ってきた、ここは港町なので漁も盛んだが海蛇か、あの串に刺さっている肉の塊を見ると多分俺の想像している海蛇よりも相当でかいだろうな、不意にリコを見ると顔の前で大きく罰を作っていた、まあそりゃあそうだろうな、しかし焼いている匂いは食欲をそそるな、機会があればこっそり一人で食べてみよう。

ここは無難な物を食べたいのでフィオーネにお肉料理が有るお店を探してもらって、注文はお任せでお願いしよう、それならリコに怒られる事も無いだろうし、

「そうですね、わかりました適当に入りましょう」

「はい、そうしましょうか」

ん?適当?いやな予感もするが俺も何が何の店なのかわからないのだから仕方がないな。

そうこうしている内に大きな看板の有るお店の前で馬車を止める、いつも賑わっているのを横目に通り抜けていたので一度入ってみたかったお店だそうだ、中に入ると確かに大盛況で空いてる席を探すのも大変なくらいで活気にあふれていた、店員も忙しく動き回って食事をするみんなの顔も笑顔が溢れている、これは当たりのお店なんじゃないかな?

席に着いてすぐに店員さんがメニューを持ってきてくれた、それをフィオーネが受け取りパラパラと中を見ている、

「何を頼みましょうか?」

フィオーネがメニューを開いて見せてくれてもそこに何が書いてあるのかは解らない、恐らく肉料理のページなのだろうけど、

「すいません私はその・・・字が読めませんので、注文をしていただいてもよろしいですか?」

「わかりました、任せてください」

この際だからはっきり字が読めないことを白状しておいたほうが後々楽だろう、知ったかぶりしていてもいずれボロが出るだろうし、ぺらぺらとメニューを確認した後にフィオーネは店員を呼びすらすらと注文をこなしてくれた、暫らく待つと飲み物と簡単な食事が出てきた、果物を搾ったジュースと豆を茹でたもの・・・だろう、良かった一先ずこれなら食べられそうだ。

まずジュースに口を付ける、そういえば水分補給もしてなかったっけ、河の水を・・・飲む気にはなれないよな用を足したあとじゃあね、そんなことを考えながら一気に飲み干してしまった、これは旨い少し酸味が強いがほのかな甘みと合わさって口の中を潤してくれた、見た目も味も完全にオレンジジュースだが果たしてこれは一体なんだろう?果物のジュースなのは間違いないが、

「美味しいですね、これはなんのジュースですか?」

「この地方の名産のヘイウッドオレンジのジュースですよ」

オレンジ?やっぱりと言うかほぼそのままなんだな、見た目と味と素材が一致するのは助かる、出てくる料理全部の素材を聞いていたら楽しい食事も台無しだろうから。

ヘイウッドオレンジのジュースはリコも気に入ったようで一気に飲み干している、それを見ていたフィオーネがお代わりを注文してくれた、これはゆっくり飲むとして続けて茹でた豆を食べてみるとこれはまんま青豆だ、塩加減も良い塩梅でとても美味しい、海が近いみたいなので塩も特産なんだろうか?この塩も絶妙な旨さだ。

「さっきの戦闘で両手に魔法?を貯めてたみたいだけどあれはどうやったの?」

次の料理が来るまでの間にリコが聞いてきた、そんな事を聞いてどうしようというのか解らないが、教えない理由も無いのでやり方を説明する、

「こう指を伸ばすと指先から魔法が飛んでいくから、それを拳を握ってこうくるくるっと回すイメージで・・・」

「へー、こう握ってね、良くそんなこと考え付いたわね、見直したわ」

「俺も必死だったんだよ、どれだけ殴っても盾でいなされるし鎧は硬いし・・・」

「はーいお待ちどおさま」

給仕の女性が沢山の皿を抱えてやってきた、

「せっかくの料理が冷めてしまっては勿体無いので先に食事を済ませましょうか」

話の途中だったがうんうんとリコもフィオーネも大きく頷いた。

皿の上の料理はどれもこれもほかほかと湯気を立ち上らせている、それらがどんどんとテーブルに並べられていくが即座に胃袋に消えていく、思いのほか腹が減っていた様だ、もちろんそれは俺だけではなくてリコもフィオーネもだったが。

「どれも美味しいですね、つい食べ過ぎてしまいそうです」

「気に入っていただけたようですね、リコさんも召上ってますか」

「はいどれもこれも美味しいのですが、特にこのお肉が美味しくて」

「まあレモンさんだけでなくリコさんもお気に入りなのですね」

「はい、とても美味しく」

と言ったところでリコの手が止まる、何か不穏な空気を察知したようだ、こういう時のリコは本当に鋭い。

「良かったです、このお店にも有ったのですよシーサーペント、流石特産品ですねレモンさんがとても食べたそうにしていたものですから注文したのですが、気に入っていただけたようでなによりです」

俺は遠目にでも串に刺さっているのを見ていたので、出てきた料理にシーサーペントが有るのは解っていた、俺は思いもかけずに目的が達成出来て内心喜んでいたしとても美味しかったが、リコのほうはフォークに刺さった肉を中々口に運べずに居る。

じろりとこっちを睨んできたが注文したのは俺じゃないぞ、知ってて黙ってはいたけどね。

長い間フォークに刺さった肉とにらめっこをしていたリコだが意を決して一口にほおばる、悔しいが美味しいのは間違いない、また食べるチャンスが有れば食べよう。

一通り出された料理をすべて食べて満腹感を楽しみながら今後の予定を話し合う、

「とりあえず水と携帯食料はこの店で買えるのでここで買ってしまいましょう、他にも色々と必要ですが、まだちょっと座ってたいですね」

つい食べ過ぎてしまって気だるい、それに一気に町まで走ってきた疲労が満腹になったことも手伝って一気に身体を支配してしまったようだ。

「確かに少々疲れましたね、急がせてしまってすいませんでした」

「いえいえフィオーネさんが謝ることではないですよ、仕方の無いことです」

いかんいかんこのままだと眠ってしまいそうだ、出来ればこの町で宿を取って休みたいがそれは無理だろう、今日中に次の町まで行くことは出来なくても追われている身なのだから。

疲れきった身体に鞭を打って席を立って会計を済ませて店を出ようとしていた頃、ざわついていた店内が更に喧騒を増す、何か有った様だ、

「何か有ったのですか?」

食べ終えた皿を片付けている店員に聞くと一際大きな声で騒いでいる人たちから原因を聞いて来てくれた、

「どうも漁に出ていた漁師たちがオークの死体をあげたらしくて町の門を一旦閉鎖するようだよ、お城へ早馬を出してこれからどうするかの指示を仰ぐみたい」

それを聞いて俺とリコはフィオーネを見る、河に流そうと言ったのはフィオーネだ、海まで流れれば漁師の網にかかりもするだろう、ちょっと驚いたような顔をしていたが首をすぼめて、

「また失敗しちゃいました?」

かわいいから許す、というわけにも行かない状況だ、こうなってしまっては早く街を出ないと俺が追っ手のオーク達を倒したことが城の連中に知られてしまう。

「一旦町の門の所まで向かいましょう、開けて貰えるかは解りませんが」

「そうですね、そうしましょうか」

外に出ると日は落ち薄暗くなっていた、結構な長居をしてしまったようだ。

馬車に飛び乗り急いで門へ走らせる、満腹でこの揺れは危険だが戦闘はもっと危険だ、やっぱり常在戦場の心構えは大事なんだなぁとつくづく感じた。

門に付くとやはり門は硬く閉じられていた、門は入るほうだけは開いていたが出るほうは固く閉ざされていた、だがどうにかして外に出ないとまずいことになる。

幸い入るほうは開いているのでこそっと横を通り過ぎる事が出来れば良いのだが門番がそれを見張っている、通してもらえないか交渉をしてみたがダメの一点張りでまったく話しにならなかった。

仕方がない上手くいくか解らないが一つだけ試してみたい案が有る。

料理屋の前で馬車を止めたときに、旅の準備をするためのお金になる物は無いかと探していたら宝石が幾つか入った小箱を見つけた、フィオーネに尋ねたところどうやらこれらの宝石は、ずっと昔に貴族が旅をしていて盗賊に襲われて、その時にに宝石を渡して命が助かった事が有り、その話が代々伝わっていて、金目の物を馬車に積んでおくと襲われても命が助かるという、旅の無事を願うおまじないみたいな物なのだそうだ、宝石を積んでいるなんてことが盗賊にわかればなおさら襲われそうなものだと思うが、盗賊も人を殺すのが目的ではないからこれはそういうものなのだろう、とはいっても沢山の護衛を引き連れた王族の馬車を襲ったりは中々出来ないだろう、一先ず俺が馬車に乗っている間は盗賊ぐらいなら何とか出来るし特に必要では無いのでそれらを売って路銀にするつもりだったんだが、ここはこれを使う事にしよう。

「ようしこれでなんとかなるかもしれません」

「強行突破をするんですか?」

いやいや、そんな物騒なことではないですよ、それにあなたの大切な領民を守ってくれている門なのですから、

「違います、とは言えあまり褒められたやり方では無いのですけどね」

そう言うと門番に先ほど見つけておいた宝石を一つ渡す、どれくらいの価値が有るか俺には解らないが一晩の稼ぎとしては破格だろう、宝石を受け取ると門番は後ろを向いてる間に通ってくれと言わんばかりに振り向いたまま口笛を吹いている、そんな門番を尻目に急いで外に出ると辺りは月の明かりと満天の星空だった、町の中はところどころの家々から漏れる光に満ち溢れていて日が完全に落ちている事に気が付かなかったようだ、

「やりました」

「はい、あの門番の方には感謝しないと」

「いえ、あの門番はクビにした方が良いと思います」


町から伸びる橋は影を映し光と闇のモザイク模様に見える、慎重に橋を渡っていると、

「ランプを点けますね」

そう言ってフィオーネは馬車の左右に付いているランプに火を灯した。

町に入るときに渡った橋に負けず劣らずの大きな橋の上をランプの光を頼りに馬車を走らせた。

満天の星空の光と月明かりははレモンたちの馬車を照らす、その美しい光の共演をゆっくりと眺めながら静かにすごしたいところだがそうは行かない。

馬車の揺れというのは満腹時には耐え難いものがあった、しかし出来るだけ早く遠くへ行きたいので速度は落としたくないというジレンマでゆっくりと空を眺める余裕など無かった。

「レモン、後ろからは・・・うっぷ、はぁはぁ何も来ないわ」

リコは暗に大丈夫だから速度落とせないかしら?出来れば止まって欲しいと言う欲求がひしひしと伝わってくる、俺もちょっと厳しくなって来てはいるのだが、フィオーネを見ると涼しげな顔をして夜風と星空を楽しんでいるように見える、その横顔には微笑みすら浮かべている。

「レモンさん」

「はい、何ですか?」

「すぐに止めてください!」

「え、ええ、はい」

フィオーネの言葉にすぐに馬車を止めると、フィオーネは馬車を降りてよろよろと草むらへ入っていった。

「私も・・・」

リコものそのそと草むらへ入って行った。

澄ました顔をしていたのは襲い来る波に耐えるためだったのか、暫らくして草むらから二人が出てくる、その顔はわずかな明かりでも解るほど青白く草むらで何をしてきたか解るほどだった。

よたよた力無く歩いてきたが二人とも力尽きてその場にへたり込んでしまった、それでなくても急いでいるのでフィオーネに駆け寄りお姫様抱っこ・・・をするのは失礼かと思い背中に負ぶって馬車まで連れて行き食事の会計の時に買っておいた水を渡した。

リコも抱えようと思ったが何とか立ち上がっていたので荷台まで肩を貸した、よろよろとリコは馬車に乗り込みそのまま俯いている、フィオーネも微動だにしない、

「この先はどうなっているのですか?」

「はい、確かこの先には、分かれ道が・・・」

一度決壊をしてしまったのでフィオーネの顔から微笑みは消えて口にハンカチを当てたままで顔色は青く声もか細くなってしまった、リコも後ろで横になってしまったしどこかで休まないとこのままではまずい事になってしまう。

うーんやっぱり腹八分目というのは正解なんだな、俺も腹一杯食べてしまったがこれからは気をつけよう、

このままの速度だと揺れも大きいが出来れば速度は落としたくない、とは言え正直馬を休ませたい気持ちも有る、食事の時以外ずっと走りっぱなしだし、魅了の魔法で無理やり言うことを聞かせている後ろめたさもその気持ちを増幅させている。

「では分かれ道まで行って、そこで一旦休憩をしましょうか」

「はい」

(ごめんな、もうちょっとがんばってくれよ)

やさしく手綱を引くとゆっくりと馬車は動き始めた。


どれくらい走っただろうか少しお腹も楽になってきて空を見上げるとパノラマの星空、月が、今初めて気が付いたんだけど月が二つ有るんだ、どうりで妙に明るいと思った、

「リコ、月を・・・見れないか」

まだリコは横になっていた、仕方が無い休ませておくか。

フィオーネの顔色も赤みを帯びてきて少し落ち着いたように見える。

「先ほどはまたしても恥ずかしいところをお見せしてしまって」

俺はにこりと微笑み、そのことと関係無い話をしようと考えをめぐらせる、

「上を見てください、月がとても綺麗ですよ」

「ええ、とても綺麗ですね」

その言葉を聞いていたリコはピクリと反応したがそのまま横になっていた。

月の明かりとランプの光に照らされた一本道を暫らく走らせると最初の分かれ道に着いた、ここまで来ればどっちに行ったかは解らなくなるので随分と逃げるのは楽になるだろう、

「これはどちらに進みましょうか?」

「そうですね、ここからティン城へ行くなら右のほうが近いはずですが」

「左からだとどれくらい遠くなりますか?」

「途中の経路にもよりますが半日から1日くらいは遠くなるでしょうか」

「そうですか、半日から1日か」

それは結構な遠回りなのは間違いないが、一刻も早く城に入りたいなら近い道だが、それ故追手が通る確立も高いと思う、かといって道を逸れて深い森の中を進むのは別の危険も有りそうだ。

「ここは右に進む最短距離を行きましょう、少し行った先で道を逸れて森の中に隠れましょう、追っ手がどれくらいの人数か一度確認もしたいですし、馬も休ませないと潰れてしまいそうです」

そう言ってゆっくりと馬車を進めると両脇は少しずつ木が増えてだんだんと森の中深くに入って行った。

「この辺りで森に入って休みましょう」

「そうですね、この辺りならまだ木々の隙間も有りますね」

「ではそこの隙間に馬車を入れますよ」

そう言って馬車を止めてゆっくりと木の隙間へ馬車を進める、

「もうちょっと道から見えなくなる辺りまで森の中に入りましょう」

腰ほどもある草むらを書き分けて森の中に入って行く、すこし拓けたところへ馬車を止めるとすばやく今来た道を戻り怪しまれないように倒れた草や折れた枝を処理した、それから馬車の金の装飾が光を反射するといけないので葉っぱを千切り上からかぶせる、これならば夜道を走っていながらではそう簡単には見つかるまい、昼間でもよほど注意深く見ないと解らないだろう、馬車から馬たちを外して十分休むように言って聞かせて、リコもフィオーネも馬車の中で睡眠を取ってもらう。

「私は起きていますので安心して眠っていてください」

「ありがとうございます、お言葉に甘えさせていただきます」

「ごめんレモン、私も起きててあげたいんだけど」

「いいよ気にしないで寝てくれ、それに俺が一緒に寝る訳にいかないだろ」

「・・・それもそうね、おやすみなさい」

「ああおやすみ、ゆっくり寝てくれ」

それからどれくらいの時間が経っただろうか、時間にしたら1、2時間かもしれないしもっと長かったかもしれない、疲れきった身体を襲う睡魔と闘っていたので体内時計も狂ってしまっている。

不意に明るくなったと思ったら騎馬の大群が目の前を振動と騒音を伴って駆け抜けていく、とてつもない数だ、分かれ道で部隊を半分に分けたと思うがそれにしてもすごい人数だ、今から戦争でも始まりそうな勢いだ。

騒音に気付いたのかあわててリコもフィオーネも起き上がってくる、疲労は残っていたが眠気はどこかに飛んでいってしまった。

「レモンさん、あんな大軍どうしましょう」

「しっ」

人差し指をフィオーネの唇に当てる、その唇はとてもやわらかかったがそんなことはどうでも・・・いい。

唇から指を離しゆっくりと人差し指を道のほうへ向けるとそこを明らかに大きい、恐らく人間ではありえない身体の大きさをしている何者かが丸太のような剣を抱えて馬車の荷台に座っていた。

それらが通り過ぎて一呼吸置いてからフィオーネとこれからについて相談をする、

「追っ手の数は途方も無い人数で見つかれば恐らく無事では済まないでしょう、それにあの荷台に乗っていた大きな、あれは何者ですか?」

「わかりません、城であのような者は見たことも有りません」

オークは俺達と大きさはそんなに変わらなかったが、あれは倍ぐらいの大きさはあった、わなわなと震えるフィオーネを落ち着かせようと言葉を捜すが何も浮かばない、ちらっとリコを見るが俺と同じように気の利いた言葉が見つからないようだ、とにかく追っ手に見つかる前にティン城へ向かわなければ、

「ここにいつまでも隠れているわけにはいかないでしょう、いずれ見つかってしまいます」

とはいえあれだけの人数を相手に馬車で逃げ切れるとは思えない、しかしここに居ても何も事態は良くならない、何か行動を起こさないと、

「私一人なら多少無理をしてでも向かうことが出来るのですが・・・」

そう言うと天を仰いだ、うっそうと茂る木々の間から満天の星空が見える、釣られてフィオーネも空を見上げる、こっちの世界にも星座と言うものがあるのだろうか?これだけ沢山の星と星を繋いで空に絵を描いた人たちにはもしかしたら俺とは違うものが見えていたのかも知れない、瞬く星たちは何かを語りかけてくれたのだろうか、一緒に空を見上げていたフィオーネがはっとこっちに向き直る、

「そうです、空から行けば良いんです」

「ええ、それが出来れば良いのですが」

「そうではないんです、ここから一日半ほど行った所に竜のねぐらと呼ばれているところが有って」

竜のねぐら?そんな話は俺が読んだところまでには無かったと思うが・・・、

「そこには飛竜に乗った傭兵が居るんです」

「ああなるほど、確かにそれなら安全に移動出来ますね」

「ただ・・・傭兵をお借りするのに予約をしていないのが気掛かりなのですが」

そんな事気にする?確かにいきなり行っても他に出払っている事も有るだろうけど、

「ですが今考えうる最良の方法だと思います、そこへは私が一人で行きますので暫らくここに隠れていてください」

「また無理なお願いをして申し訳ありません、よろしくお願いします」

「任せて下さい、必ず飛竜部隊を連れて来ます」

「はい、彼女らは花を愛する者たちです、それにマクラウドにも縁が有りますから、必ず手助けしてくれると思います」

ん?飛竜に乗ってる傭兵たちが花を愛してるってのはちょっと変な感じだが、それに彼女たち?どういうことなんだ?

「傭兵の人たちと言うのは女性の方なのですか?」

「はい、傭兵として出かけた先でいろいろな種を求めていると聞きました」

うん、その種は花の種とは違うと思うな今は説明しないけど、そんなところに俺が一人で行って大丈夫なんだろうか?

不意にリコを見ると顔が真っ赤になっている、何を想像してるか解るが問い詰めたりはしないでおこう。

「いろいろな種を求めているのですから、さぞや花がいっぱい咲いていて綺麗な所なのでしょうね」

「そうですね、珍しい種をいっぱい持っていけば話も上手くいくでしょうね」

「はい、そう思います」

フィオーネは満面の笑みで答える、綺麗なお花畑を思い描いているんだろうな、一方リコはと言うと、

「あああ、あんたたた種をって、いいいっぱい」

リコはさらに顔を真っ赤にして何を言ってるんだかわからなくなっている、そこまで恥ずかしがられるとこっちまで恥ずかしくなってきた、そんなことは置いておいて気を取り直して話を進める、

「では準備を済ませたらすぐに出ますので、あと困ったことが有ったらリコを頼ってください」

「わかりました、リコさんよろしくお願いします」

「任せて下さいフィオーネさん、それにレモンあんたも必ず戻ってきなさいよ」

「ああ、必ず戻ってくるよ」

そう言って馬車に戻ると馬車の中からつんだままになっていたフルプレートアーマーを出して装着し始める。

兜に書かれた文字がそのままだと支配の魔法にかかってしまうのでなんとか消せないか色々試してみると、指先に魔力を纏って擦ると簡単に消えた、魔力の上書きになるのだろうか?とりあえず全部の文字を消してから兜を被ってみる、どうやら文字さえ消えれば普通の兜の様だ。

鎧を装着し終えて振り返り木に繋いであった二匹の馬に近寄る、

(さあおまえたち、俺を乗せてくれるのはどっちだ?)

2頭の馬に尋ねると両方共激しく顔を擦りつけて来る、馬だろうとモテモテなのは嬉しいものだ、どっちとも元気を取り戻せたようで何よりだ、それならば接続部が壊れている方は再度繋げ直しにくいので壊れていない方の馬に竜のねぐらへ一緒に行ってもらうことにした。

(お前はここで姫様たちを守ってくれ)

ぶるると鼻をならして顔を上下させる、馬なりに返事をしているようだ。

「フィオーネさん、その竜のねぐらへはどう行けば良いのですか」

「戻った先の分かれ道を行ってその先を北へ、山が見えますのでその方向へ行っていただければほぼ一本道のはずです」

「わかりました、では行ってきます」

「「いってらっしゃい、気をつけて」」

「見つからないように気をつけて」

綺麗な女性2人に見送られて行くのは何とも言えないいい気分だ、この先は険しい道のりだろうが乗り越えなくてはという決意を胸に馬を走らせた。


夜明け前の暗闇の中、全身を鎧に包み馬に乗っているなんて事を今までの人生で考えもしなかった、魔法を使いたいと思ったことは有りはしたが常に考えているなんて事も無いし、人を殴ったことは確かに有ったが命を懸けて殴りあったことなど一度も無かったししたいとも思わなかった、もう一度親父に会うことが出来たらなんて言おう、母親に会ったらなんて言おう、妹たちに会ったら何が有ったか何をしてきたか全部話すことが出来るだろうか。

そんなことは今考えても仕方の無い事だが、ふとそんな事を考えていた、そういえばこの世界に来て少しの時間しか経っていないが一人になったのは初めてだった、少し寂しいのかもしれない。

でもシーサーペントの旨さは上手く伝えられても意味は無いな、あれは日本どころか世界を探しても同じサイズの海蛇なんて居ないだろうしな、そもそも海蛇と言うよりも恐竜のが近いかもしれない。

夜明けが近くなってきたのか月の色も白くなり辺りに光があふれはじめる頃に分かれ道が見えてきた。

(ここからが本番だ、気を引き締めないと)

分かれ道の検問をしているのは見えてるだけで7~8人は居る様だ、全部を相手にするのはあまり得策では無いだろう。

近付く俺に対して警戒は薄い、なにせ同じ鎧を着ているからそれも仕方がないだろう、しかし一人で走ってくるのに多少の違和感を感じているようで両手を挙げて静止させようとしている。

「止まれーどうしたんだ、なにか有ったのか」

良かった鎧の中身はオークじゃなかった、人間じゃなったとしても言葉が通じるなら好都合だ、

「フィオーネ姫様一行を見つけました、その報告でこちらに来たのですが」

「なに、それはどこでだ?」

「この道をずーっと行った先です、今追跡をしていますので加勢をお願いしたいのですが」

わかったと言って少し相談をし始めた、それから程なくして結論がでたらしく半分を残して行く様だ。

「どの辺りで見つけたか案内してくれ」

隊長らしき人物が問いかけてきた、

「この道をまっすぐ行ってその先の分かれ道を突破されました、その後どうなったかはわかりません、こちらに情報を伝えるように言われて私はこちらに向かったので」

「ううむ、よほど慌てて居たんだろうな、止むを得ないとりあえず付いて来い」

「他の部隊にも情報を伝えたいのですが」

「そんなことはこちらでやる、とにかく案内をするんだ」

「わかりました、では付いてきてください」

すばやく踵を返して来た道を戻る、が、人数を半分に減らすことが出来た、油断している4人相手ならすぐに決着を付けれるだろう。

来た道をまた戻り分かれ道が見えなくなる距離まで走ったところで少しずつ速度を落とす、

「どうした、この辺りなのか?」

「はい、この辺りが都合が良いです」

「おまえ何を言って・・・」

言葉を最後まで言わせずにわき腹に一撃を加える、流石にオーク達とは違い脇の草むらまで吹き飛んで行ってしまった。

「おまえ何を・・・」

続いて並んでいた兵士の間を両手を広げて駆け抜け首から顔の辺りをなぎ払った、両兵士共々馬から転げ落ちて剣を抜く間もなく動かなくなった。

残りの一人も魔法拳を使い構えた盾を物ともせずに倒す、だんだんと戦闘慣れをしてきているようだ、勇者の力も使いこなせてきているのが実感できる。

(戻って残りも片付けるか)

再び急いで来た道を戻り分かれ道にたどり着くと、残された兵士たちがなんでまた戻ってきたのかと不思議そうにしている、

「どうされました、なにか変わりが有りましたか」

兵士の問いに拳で答える、不意打ちというのはあまり好きではないが剣を抜くのを待っているのも可笑しい気がするので仕方がない、先ほどお腹いっぱい食べてしまって動けなくなっていた自分が言うのもなんだが常在戦場の大事さを改めて感じた、少し緊張感が足りないように思える。

倒れている兵士と、先ほど倒した兵士の数を数えると、どうやら伝令は既に先に行ってしまっているみたいだ、早く追いかけて入れ替わらないと、その役目は俺がやらなければ意味が無いからな。

(少し速く走れるようにするからびっくりするなよ)

ぽんぽんと首の付け根辺りをやさしく撫でると馬も鼻を鳴らして返事をする、そろそろ名前をつけてやりたくなってきたがそれはティン城に着いてからにしよう、今はとりあえず伝令を追わなくては。

”空を駈け、大地を翔けよ、天馬天馬(ペガサス)

ふわりと馬ごと宙に浮かぶと、ふらふらと最初の内はバランスが難しかったようだが、そのうちにまっすぐに駆けはじめた。

(この調子で頼むぞ)

魔法で羽根の生えたペガサスの如く低空を翔けて行った。


随分と速度差があったのだろう、魔法で加速してからそうそうに伝令の姿が見えてきた、

「おーい待ってくれないか、命令変更があるんだ」

そう叫ぶと伝令は少し不思議そうに首をかしげながらも速度を落として止まった、

「何が有りました?命令変更とはどのような事でしょうか?」

「ああ、それなんだけど隊長が大変な事になって」

「なんですって、ラドフォード隊長に何が有ったんですか?」

「それなんだが、姫様を探しに行った先で姫様と同行者に襲われて、ほうほうの体で逃げてきたんだが隊長たちは大怪我を負ってしまって」

「えええそれは大変でしたね、ラドフォード隊長はもうすぐ結婚式をするというのに、それに出世も間近だと言っていたしそれに・・・」

あの隊長はそこまでフラグ建ててたのか、とは言えちょっとこの兵士いろいろとしゃべりすぎじゃないのか?この調子なら何でもしゃべっちゃいそうだぞ、

「新しい伝令の前に確認ですが、最初の伝令はなんて聞いてましたか?」

「雛鳥を籠に入れましたと、雛鳥って言うのは姫様の事らしいです、籠に入れるは発見したって意味みたいですね」

「そうなんだ、新しい伝書が出てるからそれを渡そう・・・ちょっと待ってくれこの中に」

そう言って馬から一旦降りて、馬に取り付けたサドルバッグの中から探す振りをする、

「ギデオン隊長が最初に姫様を取り逃したから、今回はゴドウィン総帥まで出てきてるし、ラドフォード隊長まで大怪我とか」

しかしぺらぺらと良くしゃべるな、俺にとっては好都合なんだけど、

「この先には誰が居るんですかね、知ってますか?」

「この先ですか?多分アドルフ隊長かクレイグ隊長かどっちかかな、そこまでは私も聞いてませんが」

「そうなのか、ありがとう」

名前がわかったのはありがたい、これで怪しまれる事も無く通過出来るかもしれない、

「しかしあなたのその馬速いなぁ、よく追いついてこれたものだ」

「自慢の馬なんでね」

そう言って振り向き様に強烈な一撃を腹に食らわすとおしゃべりな男は静かになった、馬は褒められたのが嬉しいのか首を上下に振りながらぶるぶると鼻を鳴らしている。

「だんだんと明るくなってきたな、疲れているだろうがお互い頑張ろう」

馬に飛び乗り再び魔法で宙に浮かぶと目的地に向かって走り始めた。


レモンが竜のねぐらに向かって次の日の月が沈む頃、

「報告です、ヘイウッドからの分かれ道を行った先で姫様を発見したとの伝令がありました」

「ようやく見つかりましたか、それはいつ頃の話ですか?」

「昨日の明け方と聞いております」

「そんなに早く発見できていたのですか、それ以外の報告は?」

「はい、未だ発見の報告だけです」

「わかりました、他に報告が無ければ下がりなさい」

「はい、報告は以上です失礼します」

(ふうむ妙ですね、そんなに早く見つけていたのに報告が未だに一件だけとは、すべての道は押さえてあるのだからどこへも行けない筈ですが)

暫らく思案したところで結論を出すにはまだ情報が足りないと気付く、

「先ほどの伝令を呼んでください、確認をしておきたいことが有ります」

ローブを着た男はそう伝えると椅子に座り再び考えを巡らせ始めた。


最初の検問を突破してから次の日の朝方、ようやく竜のねぐらと言われる山脈の入り口付近まで来た、ここから更に山道を進めば花がいっぱいの傭兵の里に着くはずだ。

(あと少しだ頼むぞ)

そう言って馬の首筋をさすると熱く熱を帯びていた、途中で休憩を取ってきたが俺も馬もとても疲労している、早く飛竜部隊に救援を頼みフィオーネたちと合流をしないとこのままでは体力が持たない、それはいつ見つかるか不安と戦っているフィオーネたちも同じだろう。

しかしその願いは打ち砕かれた、竜のねぐらと言われる場所はここからどれほど先かわからないが、麓には簡素な門が有って、その前にはあの馬車に乗っていた大きな巨人が待っていた。

「はーっはっは、俺は付いてるぜ一番会いたいやつに会えた」

耳を劈(つんざ)くような大声で巨人が言う、オークたちは人語を話していなかったが、目の前の巨人は人語をしゃべるが人間なのか?それとも人語をしゃべる化け物が居る物なのか?

「私と会いたかったと言われても、緊急の伝令があるのですが」

「わははそれはもう良いよ、偽者の伝令ってのはわかってるんだからよ」

どうやら俺の正体がばれてしまっているらしい、それならこんな兜を被ってる意味は無い視界が狭くて周りが見えにくかったからずっと脱ぎたいと思っていたんだ、でも兜を被っていてどうして俺が仲間じゃないってわかるんだろう?途中の検問はそれほど怪しまれずに抜けれたのだが、それに何をどうして俺と会いたかったのか全然理解が出来ない、既に有った事が有るのか?

「なぜ偽者だと解るんだ?本物の伝令だったらどうする気だ?」

「はははその顔だ、なんで解ったかだって?答える義理は無いな」

確かに答える義理は無い事だ、正体がばれてしまっている以上ここは強行突破するしかない、

「俺の鼻っ柱を蹴り付けたのはお前だよなぁ、あの時のお礼をさせて貰うぜ」

鼻を蹴り付けた?もしかしてフィオーネと初めて会ったあの森の追っ手の一人なのか?それにしては鼻の傷も何事も無かったかの様に治っているし、何より今は身長が軽く3メートルは有る、これだけ見た目が変わってしまっていたら見覚えが無くて当たり前だ。

「お前らの目的はフィオーネ姫の奪還じゃないのか?俺に会いたいってのは違わないか」

「ごちゃごちゃ五月蝿いな、ギデオン隊長には悪いが早いもの勝ちだ覚悟しな」

そう言うと丸太のような剣を力任せに振り下ろしてくる、身構えていたおかげでかろうじて避けることが出来た、地面に当たった剣は深く地面を抉(えぐ)りその形を残していた。

矢継ぎ早に繰り出される剣戟に後ろに飛び退きすばやく下馬して反撃の態勢を取るが懐に入り込むほどの隙は無く距離を取って機会を窺う。

(危ないから離れていて)

目配せをした後ですばやく次の攻撃を避けて距離を取った。


必殺の剣先を必死に避けている、かろうじて一撃も食らっていないがその一撃が致命傷であることは変わってしまった地形を見れば一目瞭然である、汗が頬を伝い息が上がる、だがそれは相手も同じだった、丸太の様な剣をこれだけ振り続けているのだから当然であろう、

「ちょこまかちょこまか逃げやがって、すばしっこい野郎だ気に食わねぇ」

疲労を隠そうと強がりを言っているのが見える、呼吸を整えているようだ、その隙を逃す手は無かった、

”この掌から毀れるは天の怒り。稲妻稲妻(ライトニング)

放たれた稲妻は巨人を撃ちビクンと一瞬動きが止まったがさほどダメージを与えた様には見えなかった、しかし呪文を放つと同時に踏み込んでいた為にわき腹に正拳突きを入れる事が出来た、大木をへし折った正拳突きを。

ぐらりとよろめいた巨人はその場に倒れる事も無く剣をなぎ払ってくる、正拳突きの手応えの違和感を感じ取っていたので咄嗟に後ろに飛びのくことが出来た、かろうじて剣先が鎧を掠めるだけで済んだ、だがその一撃はとても重く軽々とレモンを弾き飛ばした。

ごろごろとまるでボールを蹴飛ばしたかのように塀まで転がり止まった、直撃を避けてもこれだけ弾き飛ばされるとは鎧が無かったら真っ二つでもおかしくは無い一撃だった、

「ぐはぁっ」

と嗚咽と胃の内容物が出る、幸い血が混じっていないので内臓にはダメージが無いようだ、ダメージから回復できていないのをにやけ顔をしながら巨人が俺のほうへゆっくりと向かってくる、吐瀉物と唾液の混ざったものを吐き出して巨人を睨みつける、深呼吸をしたいが息を吸うたびに激痛が全身を走る、巨人が剣の間合いに立ち止まり丸太のような剣を振りかぶる、全身を強い緊張が走り冷や汗が溢れ出す、まずい次の攻撃は避けれない、

「これで終わりだぁ」

振り下ろされる剣を受けたら一溜まりも無い、無いが他に打つ手が無い俺は手を交差させて衝撃に耐えようとした、もちろんそれが何の意味もなさない事は解っていた、解っていたが生にしがみつくには何でも良いとにかくやれる事をやるだけだ、襲い来るであろう衝撃を歯を食いしばり耐えようと覚悟を決めたその刹那、突然化け物がバランスを崩し切っ先が逸れ塀を壊した、なにが起きたか解らないが九死に一生を得た俺はごろごろと横に転がり体勢を立て直す。

「このクソ馬がぁ」

下から振り上げた剣で馬は真っ二つになり内臓をぶちまけて血溜りに転がる。

切っ先を交わすことが出来たのは横から体当たりをしてくれた馬のお陰であったのだ。

(お前には名前付けてやれなかったな、ごめん)

「次は手前ぇだ」

巨人は血の雨を全身に浴びながら舌なめずりをして唇の血を舐め取り振り向き様に剣を振り上げる、俺にはそれまでの間に十分な時間が有った、身を切る覚悟と詠唱の時間が。

”この掌から毀れるは天の怒り。稲妻稲妻(ライトニング)

呪文を唱えて拳を握る、凄まじい稲妻が鎧の上を身体の中を走る、痛みは・・・わき腹の痛みも忘れさせてくれるほど凄まじいものだった、振り下ろされる剣をサイドステップで避けてその巨体に向けて拳を振るう、空を切る拳から稲妻が解き放たれて化け物を撃つ、その衝撃に一瞬動きが止まった、

「うおおおおぉおおお」

その一瞬が勝敗を分けた、巨人の懐に入り有りっ丈の力を込めて正拳突きを繰り出す、これで倒れなかったらなどとは考えもせず、振るえるだけの拳を全身全霊の力で叩き込んだ。

「ライトニング、ライトニング、ライトニング・・・」

何度も繰り返し呪文を呪文のように繰り返した、大木をなぎ倒す拳、そこから大地を穿つ稲妻が放たれる、その一撃一撃を受けるたびビクンビクンと巨体を揺らし振り上げた剣先から行き場を失った雷が放出される、足の爪、手の爪は鮮血を巻きちらしながら次々と剥がれ落ち、目から光は失われ流れ出る涙が頬を濡らし、呻き声を上げていた口からは吐血をし始めた頃には涙も赤くなっていった、何発の拳を叩きつけただろうか、すべての力を出し切った時にズシンと剣が地面に落ちて、その後巨人も地に伏した。

自分の勝ちを確信してから膝から崩れ落ちる、その時にふと顔を横に向けると巨人のお供の兵士が目に映る、

(しまったそう言えば何人か居たっけ、巨人を倒す事に必死で忘れていた、なんてこった俺はやっぱりまだまだ未熟だな)

まぶたを閉じて指一本動かないほどの疲労困憊の中、耳だけは音を捉えていた。

「おいお前ら人の家の門壊しやがって、きちんと直してもらうからな」

女性の声が聞こえる、

「おい、逃げるな、どこまでも追いかけるぞ、おい・・おま・・・な・・・」

誰の声だろう、そこで俺は気を失ったようだ・・・。


見慣れぬ白い天井、意識がはっきりとしないここはどこだ?俺は竜のねぐらに行かないと、眩しい光に目を瞬いてそれから起き上がろうにも物凄く頭が痛い、あの化け物との死闘で頭を打っていたのかもしれない、とにかく早くフィオーネのところに行かなければ、

「兄貴意識が戻ったのか?柚子早く看護師さんを呼んできて」

「わかったすぐ呼んでくる」

聞きなれた声に一瞬驚く、なんで妹たちがここに居るんだ、俺は異世界に居たはずだが。

「ここは・・・どこだ?」

「兄貴大丈夫か?ここは病院だよ、意識不明だったんだぜ心配かけやがって」

病院?そうかあの地震で俺は頭を打って、そして・・・、

「そうだ、リコ、リコは無事なのか?」

「大丈夫だよ安心して、兄貴が布団を被せたおかげでリコさんも命に別状は無いって」

「そうか、それは良かった」

「親父も褒めてたぜ、最良の選択だったって、ただ本は片付けて欲しいみたいだな」

「ああ、それは考えないとな」

「おおレモン君意識が戻ったようだね、あとで検査をするからベッドから起きないようにね」

柚子が看護師と主治医を連れて戻ってきた、その眼にはうっすらと涙を浮かべている、2人にも心配を掛けてしまったようだ。

「ありがとう蜜柑、柚子」

二人は満面の笑顔だ、主治医の先生から今までの経過とこれからの話をされたが正直上の空だった、フィオーネとリコの事が気になってそれどころではなかった。

「蜜柑、柚子、親父と母さんには俺は無事だと伝えてくれ」

「何を言っているの?そんなの当たり前だよ」

「そんな事兄貴の口から言いなよ、物凄く心配してたんだから」

「悪い、まだちょっと戻って来れないかもしれないんだ」

「戻って来れないってどういう事」

「ちょっと兄貴、何のことだよ」

「説明はまたするから、また・・・今度・・・・」

そう言って俺はまた意識を失った。


見慣れぬ白い天井、意識がはっきりとしないがここはどこだ?俺は急いで竜のねぐらに行かないと、目を開けようとするが周りはとても眩しくて瞬きをしながら明るさに慣れていく、それから起き上がろうと試みるが物凄く身体中が痛い、意識がだんだんとはっきりしてきて何が有ったかを思い出してきた、そういえばあのどでかい化け物との死闘を繰り広げて、最後は俺は全力を使い果たして倒れてしまったんだっけ、気を失っている間に何か夢を見ていたような気がするが身体の痛みと疲労で頭が上手く回転しない、

「おお眼が覚めたようだな」

美しい金髪の女性が顔を覗き込んでいる、肌は浅黒いがそれと対比して金髪の美しさを際立たせていた、整った顔立ちは少し幼さを残しているがその眼光はどこか鋭さを隠している、

「あんた何者なんだ?マクラウドの鎧を着ているのにあのデカイのとやりあっていたが、あれもマクラウドの者だろう?」

そうか傍から見れば同士討ちに見えるよな、きちんと説明しないと誤解されてはまずい、

「お・・・あ・・・お、ごほっごほっ」

咳き込むと痛めたわき腹が痛む、それだけでなく身体全身が痛い、あるところは切り傷、あるところは打撲、あるところは火傷、まさに満身創痍だ、そこら中の痛みで気付かなかったが喉も焼けるように痛くて上手くしゃべる事が出来ない、

「無理も無いか、ありゃ稲妻の魔法だろ?それを全身に纏って殴りあいやってりゃあそうなるよ」

そう言うと女性はコップに水をついで持ってきてくれた、

「これでのどを潤(うるお)しな、一気に飲まずに少しずつ飲めよ」

身体を起こしてコップを受け取ると一口含みゆっくりと飲み込んだ、焼け爛れたのどが物凄く痛い、二口目を飲むと痛みは少し和らいで、コップの水を全部飲み込んだら擦れてはいるが声が出るようになった。

「あ、ありがとうございます、私は・・・マ、マクラウドの者では・・・ございません」

「そうかい、それじゃあ何者なんだい?」

「マクラウドの・・・フィオーネ姫の従者の・・・レモンと言います」

「それはマクラウドの者って言うんじゃ無いのか?」

女性は怪訝そうな顔をして聞き返してくる、なるほど確かにその通りだがこちらの事情をどこまで話して良いのだろうか、言葉に詰まりあれこれと話せる内容かどうか少し考えていると、

「まあいい門を壊したのはあのでかい奴だしな、あいつらにはきっちり弁償させないと」

「あの戦いを見ていたんですか?」

「ああ空から最初から最後までな、しかしすごいな全身に稲妻を纏うなんて、それは馬鹿のやることだ」

「じ、自分でも・・・そ、そう思います」

「ははは素直な奴だな、私は何でもはっきり言っちゃうもんで良く族長に怒られてるんだ、気を悪くしないでくれよ」

「そ、そうです私の目的はその・・・族長に会いに来たのですが」

「ということは依頼が有るのかい」

はい、と答えて腰袋の中を探り宝石を持っているだけ出した、

「こ、これで傭兵部隊を・・・飛竜を雇いたいのですが」

そのうちの一つを手に取り女性は光を透過させて品定めをして、

「あんた従者と言っていたが、これの価値は解っているのかい?」

「いえ私は宝石は詳しくありませんので」

「まあいい詳しい話は族長の前で話しな、どうだ歩けるか?私に付いてきな案内するよ」

ベッドから降りるとまだ少しふらふらするが、歩けなくは無い事を確認して女性の後を付いていく、どうやら着替えもしてくれたようだ、気のせいか身体から良い匂いまでする、汚れた身体も綺麗に拭いて貰った様で、まさかとは思うがこの女性にしてもらったんだろうか、記憶が無いのが悔やまれる。

当の女性はというとこちらを気遣うようにゆっくりとそれでいてしきりに振り向いて心配そうな視線を投げかけてくる、言葉はぶっきらぼうではあるがやさしい人のようだ、

「そうそう名前を言ってなかったな、私の名前はメア・オルコット、この飛竜傭兵部隊族長デボラ・オルコットの娘で一番隊隊長でもある、よろしくなレモン」

よろしくお願いしますと言って頭を下げる、つられてメアもよろしくと頭を下げた、

「それと、私にそんな丁寧な話し方しなくて良いよ、私の事もメアで良いどうもそういうのも苦手でね」

「解りましたありがとうメア」

右手を差し出し固く握手をする、メアの顔が少し紅潮している様に見えるが気のせいだろうか。


部屋を出てから階段を下りて少し進んだところの大きなドアの前でメアは止まった、

「ここで少し待っていてくれ」

そう言うとドアをノックして中に入って行った、まだダルさが残っているのでこの機会に壁に持たれかかり休んでいると扉の向こうで族長となにやら話をしている声が聞こえる、時折大きな声が聞こえてくるがそれはメアの声だけで族長らしき声は聞き取れない、何かを否定しているようだが一体何の話をしているのだろうか。

騒々しかった話し声が途切れるとすぐに扉が開きメアが中へと招き入れてくれた。

部屋の中には長いテーブルと椅子が並べられていて、その奥に一際豪華な彫刻の入った机に両肘を突いた女性の姿を捉えた、恐らく族長と言われる人だろう年齢は比較的若く見えるが威厳を備えており纏う雰囲気はメアよりも鋭かった、

「はじめまして、マクラウドのフィオーネ姫の従者のレモンと言います」

頭を下げて挨拶をすると堅苦しいことは良いよと手で頭を上げるように促してきた、さすが傭兵を束ねる族長である、よく通る声と振る舞いから緊張で身体中の痛みが感じなくなるほどだ。

「それで用件はなんだい?婿殿」

「はい、え?婿殿?」

と聞き返す間もなくメアが会話に割ってはいる、

「な、何を言っているのですか、そういうのでは無いと説明したではありませんか!」

「何を言ってるんだい、私らの常識じゃあ自分のベッドに男を寝かしたら何も無いなんてことは無いんだよ」

「ですから、気を失っていたと何度も説明したでは有りませんか」

「はぁ?気を失っていようがやることはやれるんだよ、何を言ってるんだい」

別な意味で緊張してきた、どうやらさっきまで寝ていたベッドはメアのベッドで、あの部屋はメアの部屋のようだ、彼女らの理屈ではその行為が既に好意なようでそのことについて揉めているが、どうやら俺は蚊帳の外らしい、この世界に蚊帳が有るとか無いとかは関係ないが。

「あ、あの私の話を聞いていただけますか?」

このまま彼女たちの会話を聞いていても埒が明かないので無理やり会話に割り込む、

「ああ、すまないねぇまったく不出来な娘を2人も持つと困るよ、さて依頼内容を聞こうかね」

なにか言いたそうなメアはそっぽを向いてなにやらぶつぶつと呟いていたが、族長にじろりと睨まれ机を軽く叩かれると気配を察したのか口を噤んだ。

「ヘイウッドからの分かれ道を少し進んだところにフィオーネ姫が隠れていまして、飛竜部隊でティン城まで運んでいただきたいのです」

「ふうん、なにやら騒々しかったのはお姫様を追っかけてたのかい、わかった依頼を受けよう」

根掘り葉掘り詳しく聞かれると思っていたが、流石にもうちょっと事情を説明しないと意味がわからないと思うのだが、それに代金は先ほどの宝石で足りるのだろうか?

あまりにもあっさりと依頼を受けてもらえて拍子抜けして唖然としている俺の顔に族長が気付いた、

「何をびっくりしてるんだい、細かいことは良いんだよ気にしなくてさ」

良くわからないが傭兵稼業というのはこんな風で良いのだろうか、なんか思っていたのと違うが、

「込み入った事情を聞いちゃうと後を引いちまうからね、それ相応の代金を貰えりゃあそれで私らは動くよ」

どうやら先ほどの宝石はかなりの価値が有ったようで、依頼の代金としては十二分に足りたようだ、それならばヘイウッドの門番が仕事を失っても十分に暮らしていけるお金を手に入れれるようで安心した。

「追われているんなら早く行った方が良いね、メアすぐに準備しな」

「わかりましたすぐに準備にかかります」

姿勢を正して返事をして小走りに部屋を出て行くメアを見送り自分は何をしていれば良いか手持ち無沙汰できょろきょろしているとデボラが話しかけてきた、、

「で、どうなんだい婿殿、器量だけは私に似て中々の物だと思うんだがねぇ」

閉まったドアを勢いよく開けてメアが顔を覗かせてわめいている、

「準備を急ぎな!」

一喝されてしぶしぶメアはドアを閉めてばたばたと走っていった、自分に言われたのでは無いのに声量に威圧されてしまう、あまりここに長居をしているとまた話を蒸し返されると思いそそくさと出て行くことを決めた、

「ではデボラ族長、私も準備にかかりますのでこれで失礼します」

そう言って頭を下げて急いで出て行こうとすると、

「ああ、娘をよろしく頼むよ」

「は・・・」

と言いかけて冷や汗が出てくる、うかつに返事をしてしまうとなし崩しに話を進められてしまうかもしれない、かと言ってこのまま知らん顔でいるのも礼を逸する、どうしたものかと頭を下げたままちらりと族長の顔を見るとニヤリとしてきた、危ない危ない鎌をかけているのは間違いない。

「どうしたんだい?」

「ああ、いえ・・・あの・・・」

上手くごまかす為になにか考えないと、そういえば大事な事が一つ有った、どこか記憶の片隅に追いやっていたがフィオーネの所に戻る前に済ませておかないといけなかった事だ、

「すいません、実は私は先ほどの戦闘で愛馬を亡くしまして、勝手なお願いですが形見をいただいた後に死体の処理をお願いしたいのですが」

「わかった、すぐにやらせるよ」

「ありがとうございます、では失礼します」

「ああ、よろしく頼むよ」

また来たか、今度は返事をして大丈夫なのかな?族長の顔は相変わらずにこやかである、このままでも大丈夫だと思うがもう一つ聞いておきたい事が有ったっけ、

「私が相手をしてたあの大きい・・・人?とその仲間たちはどうなりましたか?」

デカイ奴は倒したとこまでは意識が有ったんだけど、その仲間たちはどうなったんだろか?門を壊したところをメアに見つかって怒鳴りつけられている所で意識が無くなったから、結局その後何がどうなってメアのベッドで寝ていたんだろうか、

「私は気を失っていたので彼等がどうなったかわからないのですが、その・・・」

出掛かった言葉を飲み込んだがもう一度吐き出す、

「彼も、その、亡くなりましたか」

「私には良くわからんね、その辺はメアに聞きな、あんたを助ける為に大立ち回りだったらしいからね」

「わかりましたありがとうございます、では失礼します」

ささっと出て行く俺を見ながらデボラはぼそりと呟いた、

「うまく逃げたな」

その言葉を背中で聞いていたが聞こえていない振りをしてそのまま部屋を出ることに成功した。


デボラ族長の居た部屋から通路に出て階段を横目に進み玄関らしき扉を開けると、そこにはとてつもなく広い庭に象よりも大きい飛竜たちが整然と並んで居る、その飛竜たちが扉の開いたのに気付き一斉に視線をこちらに向けてきて思わず立ち竦んでしまった。

準備を進めていたメアも扉から俺が出てきたのに気付いて声をかけてくる、

「命令が無ければ何もしやしないから安心しな、それより準備は済んだのかい?」

ということは命令が有ると一斉に攻撃してくるって事か、とても勝てる気がしないから敵に回らないことを祈ろう、

「ああ、それなんだけど・・・」

デボラ族長とのやり取りをもう一度話すとすぐに形見を取ってきてくるように部下に指示を出して貰えた、またマクラウドの兵たちは門を修理していて終わり次第解放する予定らしい、残念ながら巨大化していた男は決闘の後暫らくして死亡したと聞いた。

胸の奥がずんと重くなる感じがした、覚悟は決めていたとは言えやはり心苦しいものだ、ゆっくりと深呼吸をして気持ちを切り替えた、

「なんだ決闘の相手を殺しちまって気に病んでるのか?」

「うん、まだ・・・その・・・上手く言えないけど、そうかな」

どう言ったらいいか言葉にならない、殺すことに慣れると言うのは嫌だがやっぱりそういうことなんだろうか、慣れたくはないが慣れていってしまうものなのだろうか、これからもまだまだ死闘は続くだろう、フィオーネと出会った森の4人のうちの1人は倒したが残りの3人もそれぞれ俺のことを狙っているようだし、ギデオン隊長と言っていのは恐らくあの髭面の男だろう、出来れば出会わずに済んで欲しいがそうは行かないだろうな。

「ふうんまあいい、レモンは私と一緒に乗ってくれ、それじゃあ行くぞ」

おおーっとの掛け声とともに5匹の飛竜が大空に舞い上がる、飛行の魔法で自分の意思で飛ぶのとは違いかなり揺れる、というよりもこんな酷いアトラクションはどんな遊園地も置かないだろう、こんなに揺れるとお腹いっぱいでなくても吐きそうになる、リコもフィオーネも無事だろうか、この飛竜に乗って大丈夫だろうか、

「そうだ昼飯まだ食べてないよな?干し肉なら有るが食べるか?」

俺は丁重にお断りをさせていただいた、

「そうかならいい、腹が減ったらいつでも言ってくれよ」

そう言ってメアは干し肉を一欠片一欠片(ひとかけら)口に頬張った。

腹が減ってないのは嘘になるが食事はティン城に着いてからにしようと誓った。


「やはりこの辺りに隠れていると思われますね」

ローブを被った男は一つの結論を出したようだ、強行突破された検問の場所と伝令が通って行った場所、その反対側からは何も伝令が無かったこと、それらをすべて勘案すると自ずと隠れているであろう場所は特定出来てしまう、それは経験に基づいたものだがそれらに裏打ちされた確かな根拠でもある。

レモンが竜のねぐらの麓にたどり着いた頃にはフィオーネ達が隠れている場所を特定されてしまっていた、

発見の報告をして行った伝令が偽者、恐らくはレモンで有る事も。

「ようやく俺の出番か、待ちくたびれたぜ」

横になっていた髭面の男が身体を起こし大きなあくびをして寝ぼけ眼を擦りながら立ち上がる、

「ギデオンさんもう一度確認をしておきます、姫様の確保が第一目標です、良いですね」

「わかってるよ、姫様の確保が第一目標、それ以外は二の次」

「よろしい、それで頼みますよ」

その言葉を聞いてか聞かずか一跨ぎで馬車に乗るとすぐに荷台に身体を預け目を瞑ってしまった、

「まあ良いでしょう、では行きますよ」

さっと手を上げて兵士たちに合図を送る、そこからの行動はとてもすばやく見張りの人員を少し残してフィオーネ姫の奪還に向かって行った。


レモンが竜のねぐらへ馬を走らせて行くのを見送った後、まだ夜も明け切らず辺りは薄白い光を放ち始める、これから暫らくは二人きりの時間が流れる。

「レモンさん、行ってしまいましたね」

フィオーネが沈黙を破り話し始める、

「はい、行ってしまいましたね・・・」

リコも答えるがそこから言葉が繋がらない、常にレモンが居たので二人きりと言うのはこれが初めてなのでお互いがどこかよそよそしくなってしまう。

二人は作り笑顔で向き合っているが心ここに在らずで会話の糸口を探して考えを巡らせていた、

「あ、朝食、朝食の準備をしましょう、ヘイウッドで買っておいたものがあります」

「そうですね、そうしましょう」

二人は馬車に戻り朝食の準備をし始める、水、パン、干し肉と並べただけで終わってしまった、他に果物が少々あるくらいでこれから3食同じ物になる予定だ。

隠れている身であるからわがままなど言えるはずも無いが、目の前の惨状を見れば昨日の夜の食事を思い出さずにはいられない、その後の惨状は思い出したくも無い二人だったが。

リコは干し肉を訝しげに持ち上げ匂いをかいでみると微かに草原の匂いがした、決して海の匂いでは無いので恐らく草食動物の肉であろう、それ以上は詮索をせずに口に入れてみるとかなりの歯ごたえであったが記憶にある肉と大差が無いため安心して食事を続けた。

それほど空腹ではなかったがゆっくりと食べていたつもりでも量が少ない為にすぐに無くなってしまった、最後にコップの水をゆっくりと飲み干す、買い込んだ水は樽二つしかない、どれだけの容量が有るか解らないけれど少しも無駄には出来ないだろう。

朝食を終えた二人にまた静寂が訪れる、このままではまずいと意を決したのはリコだった、

「フィオーネさん、少しお話しても良いでしょうか」

「はい、何でしょう」

同じような事を考えていたフィオーネも話しかけられて嬉しくて笑顔になる、リコもその笑顔を見て思わず頬が緩む、そこからはお互い打ち解けあい他愛も無い話で時間を潰した。

相も変わらずの昼食を終えてゆっくりとした時間をすごしていた、二人の間にはもう朝の頃の微妙な空気は無くなっている、うつらうつらと惰眠を貪りそうになるのを必死に堪えているとフィオーネが神妙な面持ちで話しかける、

「リコさん、レモンさんとはどういったご関係なのでしょうか?」

不意な質問にリコの眠気はどこかに飛んで行ってしまう、

「ど、どういうってどういうこと?」

思いもかけない質問に質問で返しながらそわそわと落ち着きが無くなる、

「お二人は天涯孤独と言っていましたが、その二人がなぜあんなところに居たのですか?」

「えーとなんと言って良いか、そのう・・・」

妙に詮索してくるフィオーネの質問に咄嗟に良い返答に困るリコだった、確かに一本道であるあの森で迷ったりもしないだろう、山菜やきのこを採りに森の中に入っていたと言ってごまかせるのかどうか、いろいろと考えてもどれもこれも上手くごまかせそうに無い、

「実は、私たちはこの世界の人間では無いんですよ」

いっその事全部話してしまおうと包み隠さず話す事にする、言い訳を考えるのが面倒くさくなったわけじゃない、

「はあそうなんですか、なるほど・・・」

流石は魔法の存在する世界である、別世界から来たと言ってもそれほど驚かれなくて少し拍子抜けしてしまうリコだったが、物分りがいいのか何もわかっていないかはわからない、

「それであの森に居たのはなぜですか?」

どうやら何も解ってもらえてない事に少し落胆したリコだったが流石に言葉が足りないと思い理解してもらうためにはもう少しの説明が要るだろうと順を追って話し始めた、

「レモンが言うには・・・、この世界はレモンが読んだ事の有る本の中らしいです」

「リコさん何を言っているのですか?」

当然の疑問だろう、突然そんな事を言われて理解が追いつくわけが無い、

「元居た世界で地震があって、それで私とレモンは本棚の下敷きになって、そこで何か神様ぽい存在から転生してだの力を与えるだの言われてあの森に居たんです、と言って信じて貰えますか?」

フィオーネはきょとんとして聞いていたがはっと我に返りうんうんと頷いた、

「何を言ってるか全然解らないけれど、私はリコさんを信じます」

その言葉にガクッと来たが全面的に信じてくれているのは嬉しかった、

「うん、私も何言ってるか解らないからお相子だね」

「はい、お相子です」

二人は向かい合って笑いあった、刺さっていた棘が抜けた様な清清しさに包まれて、

「少し謎が解けました、あの森の中で人に出会うとは思いませんでしたし、あんなにもレモンさんが強いのも、その割に文字が読めないのも、一つだけ解らないのはお二人はどちらの世界から来られたのですか?」

「うーん難しい質問ですね・・・」

地球という星の日本という国から来ました、確かにそうなんだけれども恐らくフィオーネが聞きたい質問から少しずれている気がしてしまう、リコ自身もフィオーネに同じ質問をしたいと思った、この世界はどこなんですか?と、レモンは本の中だと言っていたが、それ自体は本当のことなのかもしれないけれど今ここに居る自分とフィオーネとこの広い世界が本の中のお話しとは俄(にわ)かには信じる事が出来ない。

「上手く話せるか解らないけど・・・・」

二人はまた退屈な時間を結論の出ない話をしてすごした。


飛竜の背に乗っているとなぜみんなが時間のかかる馬車移動をしているのか嫌というほどわかる、馬と同じく鞍は備え付けられているのだがその振動はまるでロデオのようだ、もちろんそんなことはやったことは無いしこれからも経験をすることは無いと思うが、テレビで見た暴れ馬の背中のほうがまだ安心と思えるのは俺だけでは無いはずだ、しかもここは上空数百メートルである、暴れ馬から叩き落されて馬に蹴られたとしてもここよりは安全だろう、早く地面に降りたい衝動に駆られているとメアが声をかけてきた、

「下を見てみなよ、砂塵が見えるから何か動きがあったようだ」

流石に身を乗り出して下を覗く勇気が無くて固まっていると、

「そんなんじゃ下なんか見えないだろう」

と飛竜を操作して左に半回転させた、嫌でも視界の左側に森と道と砂が見えて右側には走馬灯が見える、

「だ大丈夫、見えた、見えたから」

ずるずるとすべる身体を鞍に押し付けるようにして声を絞り出す、少しでも油断したら落ちてしまいそうだ、

「本当か?まあいいそれでフィオーネ姫たちはどの辺りにいるんだ?」

「分かれ道から少し行った所なんだけど特に目印も無いから、それに上からだとさっぱりわからない」

「そうかあまり下に降りるとマクラウドの奴らに見つかってしまうが・・・、仕方ない見つかるのを覚悟で下を走るか」

「え、地面を走れるの?飛竜なのに?」

「当たり前だろう、脚が付いてるんだから」

なるほど確かに常に飛んでいるわけにはいかないから走ることぐらい出来るか、

「では分かれ道から少し行った辺りに降りてから探しましょうか」

「あいよ、でもなぁ走るのは揺れるから好きじゃないんだよな」

俺はその呟きを聞き逃さなかった。

メアが手綱を操作すると飛竜たちは羽ばたきを止めて滑空し始める、ぐんぐんと近付く大地に恐怖を感じ始めた頃飛竜は再び強く羽ばたいて急減速を掛けてドスンと着地をした。

そこから森の中の一本道を飛竜たちは飛ぶように走った、なるほどメアが揺れるといったのは本当の事だった、手を離したらすぐに振り落とされそうになるのを必死に堪えながらフィオーネ達が隠れている場所を探す。

幸いにも地上に降りたところから数百メートル走ったらその場所にたどり着いた、そろそろこの揺れに対して限界も近かったので安堵のため息を吐く、まだマクラウド軍はここまで来ていないようなので急いでフィオーネ達を呼びに森に入る。

「リコー、フィオーネさーん、大丈夫ですかー」

呼びかけに反応して一番に飛び出てきたのは馬だった、レモンはやさしく首筋を撫でもう一匹の馬の死を告げる、悲しみを目に浮かべながら顔をレモンに擦りつけてくる、

(ごめんな)

ぶるると鼻を鳴らして返事をしてきた、そうこうしている内にリコとフィオーネが顔を出すがどこか距離を保っておずおずとしている、

「どうかしましたか?さあ急いで飛竜に乗ってください、すぐそこまで追手が来ています」

そう言って馬車から食料の残りと水の樽を抱えて飛竜の所まで戻る、その間もどこかよそよそしい、

「リコ、どうしたんだ?何か有ったのか?」

「べ、べつに何も無いわ」

「何かよそよそしいけど、本当に何も無かったのか?」

近付く自分から離れて行こうとするリコの二の腕を掴むと、

「ごめんレモン、何も無いから」

と振り払うように離れて行く、一体何があったんだろう?俺はなにかとてつもない失敗でもしてしまったのだろうかとひどく落ち込んでいるとメアが声をかけてきた、

「なに落ち込んでるんだよ、あいつらが避けてるのがそんなに気になるのか?」

ズバッと言いたい事を言われて更に落ち込んでしまう、そんな俺の背中をばんばんと叩きながらメアが続ける、

「なんで避けてるかって臭いからだよ、何日も湯浴みもしてないでこんな蒸し暑い森の中に居たんだろ、そりゃあ臭いよ、そんな匂いをお前に気付かれたく無いからだよ」

相変わらず思った事を口に出しちゃうんだな、でもリコの真っ赤な顔を見るとどうやら本当の事の様だ、フィオーネの顔もこれ以上無い位真っ赤になっている、

「あなたは淑女淑女(レディ)に対してなんと失礼な事を言うのですか」

フィオーネが怒っているのは初めて見るが、流石は王族だ普段の物腰とは違って叱咤には威厳と気品が混じっているように思える、

「すいませんね、私はどうにも嘘が苦手でね」

その言葉にフィオーネは何か言い返そうともごもごしていたが冷静を取り戻したように背筋を伸ばした、

「もう良いです、今は急いでティン城へ向かうほうが大事です、では行きましょうかメアさん」

「ははは久しぶりに会ったのにいきなり怒られてしまったよ」

ん?久しぶりって事は前にも二人は会った事があるのか、

「まあいい、んじゃ急いでそっちの飛竜の背中に乗ってくれ、そろそろ追手がここに来ちまう」

ここはメアの言うとおりだ、そんな事を気に掛けている時間は無い、すばやくメアの飛竜に飛び乗った。

メアの指の指す飛竜にフィオーネが乗り、その隣の飛竜にはリコが乗り込んだ、道の先に激しい砂塵が見える、飛竜が降りていくのが見えたか解らないが速度を上げてここに向かって来ているようだ、

「みんな乗ったな行くぞー」

「おおー」

メアのい掛け声とともに飛び立とうとするその時に道端にたたずむ馬に気付いた、そういえば馬はどうするのか?ここにおいていくのは流石に可愛そうだが、一緒に連れて行けるのかメアに尋ねる、

「ん、ああ、馬の一匹ぐらい任せておけ」

ふわりと飛び上がった飛竜は自由になった両手で馬を抱えた、まるで獲物を捕まえた猛禽類の様だ、

「食べたりはしないよね?」

心配になってメアに聞くと、

「ああ、私が許可しない限りね」

「それは安心だがずっと持ったままで大丈夫なのか?落としたりしないよね?」

ここからティン城までどれだけ時間がかかるかわからないが、途中で腕が疲れたらどうなるのか心配だ、

「落とすわけ無いだろ、大事な獲物を捕まえて落とす馬鹿がどこに居るんだよ、こいつらはもっと大きい獲物を雲の上の巣まで飛んで帰るんだから、馬なんて軽い軽い」

それを聞いて俺は安心したが馬は生きた心地しないだろうな、飛竜の馬を見る眼と舌なめずりを見る限りメアの許可を待っている風だが、頼むからティン城に着くまで、いやついてからもそんな事を許可しないでくれよ、それに馬よ怖いかも知れないが我慢してくれ、間違っても暴れたりしないでくれよそれで無くてもとても揺れるんだからな。


飛竜での旅は苦痛そのものだ、揺れるとにかく揺れる、そりゃあ飛竜の翼の近くに鞍が着いているから仕方が無い事なのだろうがもう少しなんとかならないものだろうか、寒いとにかく寒い、上空数百メートルに上がれば気温も下がるし速度も速いため仕方が無い事なのだろうが、とてもじゃないが移動時間にリスクが間に合っていない、飛竜の動きを妨げない為に鞍を取り付けてある革紐は緩めになっている、ぎゅうぎゅうに締め付けたら飛びにくくなるから仕方が無い事なのだろうが、油断したら振り落とされてしまいそうになるので必死に鞍にしがみついていないといけない、もしここから落ちても、もしかしたら飛行の魔法でふわふわ何てことも考えるが実行に移す勇気はまったく湧かない、そんな飛竜の背にあってメアの格好の良さはすばらしいものがある、きりっと前を見つめ手綱はゆるく持ち余裕すら感じる、そんな視線に気付いたのかメアが振り返る、

「どうしたんだ?腹でも減ったか?」

「いや、こんだけ揺れてると腹も減らないよ」

相変わらず世話焼きなんだなと思ったのと、揺れと空腹は関係あるのか?脳が揺れすぎて変な事を言ってしまった為に自分で自分がおかしくなってしまったのと併せて口元が緩む、

「なに言ってるんだ、でもまあ後ろに乗ってりゃあそうなるか」

「ははは、そうだな・・・」

ん?俺が揺れているから気付かなかったけどメアの鞍はあまり揺れていないように見える、というか絶対に揺れていない、なんで今まで気が付かなかったんだろう、

「もしかして前はあまり揺れないのかい?」

「ああここは全然揺れないぞ、私も一度後ろに乗った事が有るが二度と乗りたいと思わなかったよ、よくもまあこんな長い間乗ってられると感心するよ」

前言撤回、飛竜の旅は1人なら快適そのものらしい、寒いのは変わらないけど。


この時が来るのをどれだけ待ち望んでいたか、眼前にティン城が見えるこの飛竜の背中から生きて降りられる、いや背中で死ぬのではなく落ちて死ぬからちょっと違うか、でもそんな事はどうでも良いとにかく一刻でも早くこの両足を地面に着き死と隣り合わせから脱出したい、俺ですらそう思っているんだからリコやフィオーネはどうだろうか、心の準備もせずに飛竜に乗って面食らって無いと良いけど。

テイン城の前庭はとても拓けていて飛竜が五体降りてきても十分余裕がある作りになっていた、何も連絡もせずに次々と庭に降りてしまったが拍子抜けするほど城は静かである。

ようやく地面に脚を着いた安堵とお城へフィオーネを無事にたどり着けれた事に一気に身体から力が抜けてその場にへたり込んでしまった、緊張がほぐれそういえば全身痛かったんだっけと痛みと疲労を思い出し

、どうせリコもフィオーネも疲労困憊だろうなと俯いていると、

「よう姫様、どうだった空の旅は馬よりも速いだろう」

メアが元気そのものの声を掛ける、そうは言ってもフィオーネも疲れきっているだろうにと声の方を向く、

「ええオルコットさん、とても快適な旅でしたわ、少々寒かったですが」

シャンと立っているフィオーネが答える、その姿に少しびっくりするがお城へ着いたので情けない姿は見せれないと気を張っているんだろうなと思っていると、リコがへたり込んでいる俺を見つけたようだ。

「レモンお疲れ様、フィオーネさんはこれから女王様に謁見に行くみたいだけどあなたはどうする?でもその様子じゃあ休んでた方が良いかもね」

おかしいなんであんなに元気なんだろう、俺は飛竜の手の中で死を覚悟して同じようにへたり込んでいる馬にすがり付く。

馬はやさしく頬を摺り寄せてきた、上空の寒さで冷え切った頬が暖まる、

「おいおいレモン何やってんだよ、謁見には行かないのか?」

「ああ、出来ればそうしたかったが気が抜けちゃってね、でも流石姫様はすごいな」

「ん?なにがだ?」

「いや男の俺ですら飛竜の背中はとても疲れてしまうのにお姫様があんなにピシッとしてるからさ」

「そりゃあそうだろう、姫様たちは4枚翼竜だもん、2枚翼竜とは違うよ」

・・・もしかして俺はまた騙されたのか、確かにメアのは2枚翼で、他の4体は4枚翼だ、

「人を乗せる時は4枚の方が揺れなくて良いんだ、その分2枚よりも飛ぶのが遅いんだ」

「なんで俺は2枚翼竜に乗らされたんだ?」

「そりゃあ私が一緒に・・・って何言わせんだよ恥ずかしいなぁもう」

メアはそう言うと頬を赤らめてもじもじしている、

「私の・・・私の2枚翼竜は部隊で一番速いんだぞ、どうだった」

にっこりと微笑んでこっちを見つめてくる、そんなメアを見ていると怒る気も失せてくる、悪気があったわけでなくただただ好意で乗せてくれたのだからそこは何も言わないで置こう、でも一言言っておく、

「並んで飛んでたから速度は変わらなかったよ」

「あ・・・そりゃそうか、まあいい私も謁見にいくから準備をしてくる」

そう言ってメアもフィオーネ達を追って城の中へ入って行った。


周りの喧騒が場所を移し広場はだんだんと静かになって行く、俺は鞍を枕して空を眺めていたら大事な事を思い出した。

(そういえばお前に名前を付けていなかったな、残念だけどお前の相棒は旅の途中で死なせてしまった、あいつに命を救われたんだ感謝してもしきれないよ、改めて謝るよごめんな)

馬は何も反応をしないどうやら寝てしまったようだ、流れる雲を眺めているとこっちも眠たくなってしまう、ぼんやりとしながら名前を考えてみた、日向はぽかぽか暖かいな・・・空は青いし・・・雲がひとつ流れて・・・、これからどうなるんだったっけ・・・、確かこの後に・・・、ダメだ疲れきっていて考えが纏まらないや、犬や猫の名前はわかるけど馬ってどういうのが良いんだろう、あいつは脚が早かったから・・・疾風でおまえは迅雷、合わせて疾風迅雷、どうだ格好良い名前だろう?寝ているジンライの顔を見て視線を空に向けると遠くに飛竜が見えた、それはぐんぐんと大きさを増して上空を旋回した後で降りてきた、2枚翼の飛竜だ。

「メアの言うとおりすごく早いんだなぁ」

その速度に驚いて思わず声に出てしまった、乗っていた人が近寄ってくる、

「こんにちは、こちらにレモンと言う方は居ますか?」

「はい、それは私です」

眠い身体を無理やりに起こして立ち上がり返事をする、

「そうでしたか、あなたにお届け物です」

そういうと豪華な箱を渡された、なんだろうと開けてみるとそこには鬣(たてがみ)が入っていた、恐らくはシップウの鬣であろう、メアに頼んで取って来てもらったものだ。

「確かにお渡しいたしました」

「ありがとうございます、わざわざ届けていただいて」

「礼には及びません御命令でしたので」

その人は銀の髪をサラサラと風に靡かせ、その美しい銀髪と同じくらい白い肌は光を弾いているのかと見まごう程で、顔立ちはどこと無くメアに似ている気がする。

箱を渡した後で女性の眼光は鋭さを増して周りをきょろきょろとし始めた、

「こちらにメアと言う女性が居るはずですが、姿が見えませんが」

「ああ、それでしたら城の中で女王に謁見していますよ」

「解りました、ありがとうございます」

そういうと女性は足早に城の中へと入って行った。

それを見送った後であらためて箱の中の鬣を見る、手に取ると血の塊が微かに残っていた、それを指先で擦り取ると短い間だったが一緒に旅をした命の恩人の思い出が甦る。


どれくらいの時間が経ったのか解らないが辺りが薄暗くなる頃、謁見を終えたリコ達が中庭に出てきた。

ジンライの傍らでぐっすりと寝ている俺を起こして、リコがこれからの事を話し始めた、

「ほらレモン起きなさい、あんたもすぐに準備をして、これから女王様と楽しいお食事よ」

まだ眼が覚めない俺にリコがまくし立てる、よく見るとリコは白を基調とした綺麗なドレスに着替えている、髪も整えられていていつもとは違う雰囲気を醸し出している、一方フィオーネは眼の覚めるような赤いドレスを着て髪飾りも添えられている、どちらが主役かは一目稜線だ、

「ああ解ったよ、でも俺たちなんかが女王様と一緒に食事をして良いのか?」

「何言ってるの、いままで王女様と一緒に旅してきたじゃない」

確かにその通りだ、ティン城の女王様はフィオーネの祖母で俺たちはフィオーネの恩人なんだから歓迎されても良いのか、俺たちの事をどういう風に説明したかわからないけれどフィオーネなら悪いようには伝わっていないと思う、

「それじゃあ俺も準備をしないといけないな、フィオーネさん私はどこへ行けば良いでしょうか?」

「それでしたら私が案内をします」

それはまずいと丁重にお断りをしたが、フィオーネには頑として聞いてもらえず仕方なく案内をお願いした、一応この城の親戚縁者にあたる上に、身分も格下の俺なんかの案内係りをさせてしまうのは相当に気が引ける行為なのだが。

城に入り重厚な扉と階段を上りようやく目的の部屋の前に着いた、確かに道中の案内をお願いしないとここまではたどり着けなかっただろう、それに所々立っている衛兵の視線の痛いこと痛いこと、お姫様に案内させてる割にみすぼらしいとでも思われていたんだろうか、実際それほど威厳があるとは思えないのでそれは享受しないといけない。

部屋の中には既に何人か自分の到着を待っていたようですでに着替えの準備が出来ていた、

「じゃあ私は着替えが終わるまで外に居ますので、終わりましたら声を掛けてください」

そう言ってフィオーネは外に出て行った、残された俺はとりあえず中に居た人たちに頭を下げた、

「お待たせしてすいませんでした、こちらで着替えをさせて頂けるとの事で来ました、よろしくお願いします」

「フィオーネ姫様の恩人の方ですね、お話は窺っておりますのでどうかお座りください」

口ひげを蓄えた白髪の老人に促されて簡素な丸椅子に座る、すぐに回りに人が集まって髪をとかしたり服を脱がせたりする、そういえばこの服はメアからの借り物だったと思い出す、

「すいませんこの・・・」

と言いかけたところで脱がしたシャツの刺繍を見て1人の女性使用人が声をあげた、

「この刺繍はオルコット家の物ではないですか」

「ええ今言おうと思ってました、これはメアさんからの借り物なのでわかるようにしておいて欲しいのですが」

「失礼を承知で窺いますが、どちらの国から来られた王子様でしょうか」

えええ、確かにフィオーネには道案内をしてもらったけれどそれは好意で案内をしてくれただけだし、メアも生き倒れた俺を助けてくれて、それに介抱までしてくれてその上に汚れてしまった服を取り替えてくれただけなのに、どこの国のVIPだと思われても・・・これは仕方が無いかな。

色々と詮索してくるおば様たちの質問攻めを丁寧に丁寧に返答して、それでも納得してもらえたかわからないけれど、今、外にフィオーネを待たせている事も更におば様たちは興味をそそるらしい、メア様とフィオーネ様と二股だのどっちが本命かなど根も葉もない事まで聞かれても答えようが無くて言葉に詰まってしまう、それがまたおば様たちには堪らないらしい、ようやく解放されて扉の前で待っているフィオーネを見たときには最高の笑顔を見せれたと思う、着替えありがとうございましたとおば様たちに頭を下げて再びフィオーネの案内で食堂へ向かった、扉から覗いているおば様たちの視線を背中で感じながら。

しかしメア様メア様と言っていたけれどフィオーネはわかるがメアまで様付けなんだなとふと疑問に思った。


フィオーネの後に続いて渡り廊下を歩いていると飛竜たちの居る中庭が一望できた、どうやら飛竜たちも食事の時間らしく傭兵部隊の人達があくせくと食事を運んでいる。

(メアの姿が見えないけど・・・、隊長ともなると世話は部下任せなのかな?)

「どうかされましたか」

余所見をしていたせいで遅れ気味に歩いていたのに気付きフィオーネが声を掛けてきた、

「ああすみません、飛竜の食事を見るのが初めてで、ちょっと気になって見入ってしまいました」

「そうでしたか、そう言われると私も初めてです、確かに中々見れるものではないですね」

中庭に整列した飛竜達は大きな肉の塊を手に持ち引きちぎりながら食べている、生肉を捕食している飛竜の姿は畏怖を感じずには居られないが、アマゾネス達から手渡しで肉を渡して貰っている姿は愛嬌も感じる、メアと一緒に飛んできた彼女らは食事の世話をしながらてきぱきと背中の鞍を外している、皮のベルトで締め付けられていたところに何か薬品のようなものを塗りこみながらさすっている時は飛竜達も食事の手を止めるほど気持ち良さそうにしている、まるで母親に頭を撫でられている子供達の様だ。

その飛竜のうっとりとした表情や、頭を撫でられながら甘えて擦り寄っている姿はどこかしら可愛げも感じる、とはいえ口を開けた時の鋭い牙を見ると、その牙が自分に向かない事を祈るしかない。

「そういえばジンライ・・・じゃなくって私たちと一緒に来た馬が見当たらないですね」

中庭に姿が見えなくなっているのに気付き尋ねる、命の危険を感じて逃げ出したりとかで無ければ良いが、

「それでしたらこの城の厩舎へ連れて行ってもらいましたので安心してください、それよりもジンライと言うのは?」

「それは・・・実は私が勝手に馬に名前を付けてしまいました」

「まあそうだったんですね、ではこの城に居るのがジンライなのですね」

「はいそうです、それとすいませんでした、お預かりしていた馬を一頭失いました」

深々と頭を下げシップウを失った事を謝罪する、長い道中を無理させてしまった事、大きな男と戦闘になりその命で俺の命を救って貰った事、出来るだけ簡潔にその勇姿を伝えた、それを聞いてフィオーネはゆっくりと首を左右に振った、

「レモンさん頭をお上げください、私の為に必死にやっていただいたのですから」

その言葉を聞いて顔を上げる、そしてシップウの形見が有る為出来れば埋葬をしてやりたい旨を伝える、流石にこの城には埋めるわけに行かない為に、一旦フィオーネに預かってもらい後日然るべき場所へ埋める事にすると結論に至った。


会食は大広間の隣にある小部屋の中で行われた、それでも10人以上が余裕で座れる大きさなので改めて城の大きさに驚く、明かりは蝋燭の光のみなので月明かりの有る廊下よりも部屋の中は暗く感じた、すでに部屋の中には7人ほど席に着いて今か今かと俺たちを待っていたらしく、部屋に入った時の皆の視線が鋭かった、その中でも一番鋭かったのがリコだったのだがそこは黙っておいた、遅れて申し訳有りませんでしたと軽く頭を下げてフィオーネは奥の方の恐らく女王様だろう方の左側の席に座り、その右側にはフィオーネと同じく赤いドレスを着た女性が二人座っているのが見える、薄明かりの中なので顔までははっきりと見えなかったが、美しい赤いドレスを纏い胸を大胆に出した佇まいと漂う気品はフィオーネにも負けていない、かなりの美人である事がわかった、座っている席が女王の隣という事は恐らくはこの城の王女なのだろう。

俺はドアからすぐのリコの隣へ案内されて同じく遅れてしまったことを謝罪してから席に着く。

女王で在ろう女性がグラスを手に取り上に掲げると周りの人たちもそれにつられてグラスを掲げた、俺とリコも見よう見まねでそれに続く、

「今日の糧に感謝を」

「今日の糧に感謝を」

周りに合わせ斉唱する、俺は心の中でいただきますと唱えた、女王が一口グラスの恐らくぶどう酒であろう液体を口に含むと皆もそれに続いてグラスに口をつける、色と匂いで解ったがオレンジジュースをみんなと同じように口に含んだ。


そこからは各々歓談を交えた賑やかな食事となった、あまりに静かだと俺もリコも恐縮してしまうのでこれには助かった、恐らく女王様が気を使って食事会の形を取ってくれたのだと思うが。

そういえば朝から食事をしていなかった事をいくらでも入る胃袋が教えてくれた、いかんいかん腹八分目を守らないとと気付いた時には御代わりを何回したか覚えていなかった。

リコを見ると怪訝な顔をして皿の上の肉料理を眺めている、

「それは多分シーサーペントじゃないぞ」

すでに何回もお代わりして確認済みなのでそう教える、

「それは見て解ったわ、逆にシーサーペントじゃないから怖いのよ」

確かに牛とも豚とも違う歯触りと味だった、赤みで脂のすくないさっぱりとしていて噛むほどに口の中に肉の旨みが広がり夢中で食べていたが、確かになんの肉だろう食べ終えた今となってはそれほど気にならないが。

「それはヤマイルカの肉だよ」

聞きなれたメアの声が何の肉か教えてくれた、声の方を向くとそこには赤いドレスを身に纏ったメアが立っていた、目にも鮮やかなドレスの赤と少し紅潮した褐色の肌に綺麗に纏め上げられ自ら光を放つように輝く金髪、目のやり場に困る胸を大胆に出したその姿は見慣れたメアとは同一人物とは思えないほどだった、びっくりして席を立つとメアが履いているハイヒールのせいか目の前に胸が見える。

「私らは飛び豚って呼んでいるんだがね、首を切るとブーブー鳴くんだ」

山海豚やまいるかだからではなくて断末魔が豚の鳴き声に聞こえるようだ、食事の最中に聞きたくは無かったけれど。

「へ、へーそうなんだ、とても美味しかったよ」

目の前にある山にたじろぎながら答える、メアは話しながら少しずつこっちに寄って来る、

「そうかいそれは良かった、私らも大好物なんだ」

ニコニコと話しながらリコを見るとこっちを睨みつけている、俺か?俺なのか?それともこのリコには無い凶悪な山を睨んでいるのか?それはとても聞けなかった。

擦り寄ってくるメアの後ろにちらちらと人影が見える、メアと同じドレスを着ているがこちらは透き通るような白い肌を赤らめて、さらに透き通るような銀髪が光を放っていた、そこに遮る山は鳴く光を回りに振りまいていた。

「ん、ああさっき会ってるが名乗ってなかったようだな、私の妹のメイだ」

「先ほど形見を届けてくれた方でしたか、改めてありがとうございました」

「いえ礼には及びません、ご命令でしたから」

先ほどと変わらぬ挨拶を済ませるとメイは再びメアの後ろで黙ってしまった、何か話題が無いかなと周りを見渡すとリコがメイを見て心の安静を取り戻したのか穏やかな顔に戻っていた。

改めてメアに向き直りふとした疑問をぶつけてみた、

「ちょっと聞きたいんだけど、フィオーネ様はマクラウド城の王女で、ここお城の女王様の孫なんだけど。メアたちも何かこの城と関係してるのかい?」

「ん、知らないのか?デボラ族長とこの城の女王タバサ様とは母親が姉妹だったんだ」

「えええそれは知らなかった、それでメアは昔フィオーネ様と会った事が有るような事を言ってたのか」

飛竜に乗ってフィオーネを迎えに行った時にそんなような事を言っていたのがようやく理解できた、どれくらいぶりの再会だったかわからないけれど、何日も掛けてここまで来るのは大変だっただろうからそう何回も顔合わせはしていないと思う。

「なるほどそれでこの城の紋章とオルコット家の紋章が良く似ているのか」

「そうさ、ティン城の紋章が竜と戦乙女(ヴァルキリー)の紋章で、私らのが竜と聖女聖女(マリア)の紋章なんだ」

「ふうん、どっちかというと逆のような気もするけど」

「それは私も良く知らないんだけど、この国の建国の時に色々有ったみたいなんだ」

「そうなんだ、という事は・・・」

メアを手招きして少ししゃがんでもらい横に回りこんでメアの耳に手を添えた、

「この城に居る間はメア”様”と呼んだ方が良いのかな」

こそこそとメアに耳打ちする、それを聞いてメアは一段と背伸びをして答えた、

「そりゃあそうだろう、レモンは気付いてないかもしれないがドアの前の執事がお前の事睨みつけてたぞ」

それを聞いて慌てて執事の方を向くと穏やかな顔を崩さずコホンと咳払いをした、

「そういう事は早く言ってくれないと、俺なんてここに居る事自体が場違いなんだから」

大慌てでメアに問いただす、いきなり切りかかられる事は無いだろうが侮辱した罪で牢屋に入れられる事ぐらいは有るだろう、当然経験した事は無いが経験したいとは思わない。

「安心しなよフィオーネに対してはどうだか解らないけど、私らに対してそこまでかしこまらなくたって大丈夫だって、なあ」

そう言って執事に声を掛ける、それを聞いた執事は深々とお辞儀をしたがその目はとても鋭くこちらを見つめていた、とたんに背筋が寒くなってきたので視線をそらした、するとばたばたと外が慌ただしくなりドアをノックする音に再び振り向いた。

ドアを開けるとそこには1人の衛兵が居り執事が応対をした後に女王に耳打ちをしてそれが済むと女王は執事と衛兵と共に退席をしてしまった、何か有った様だ。

ざわざわと何が有ったのかと皆々が勝手な憶測で話し出す、メアは興味が無いのか飛竜の仕草で何を考えているかの説明をしだした、そこへ食事を終えたフィオーネが席を立ちこちらに歩いてきた。

「なあ、何か有ったのか?」

近付くフィオーネにメアが声をかける、

「私には解りません、各自自由に退席して良いと言っていましたが」

耳打ちをしていたのでフィオーネには聞こえなかったようだ、わからない事を詮索していても仕方が無い事だろう、女王様が戻ってくるのを待つほか無い。

再び席に着いて飲み物を飲んでいると反対側に座っていた青年が席を立ちこちらに近付いてきた、

「少し良いかな?私の名前はレオン・ブラウンこの城の騎士団長の1人だ、君の名前は?」

そう言って右手を差し出してきた、そういえば俺たちの名前なんて知るわけ無いよな、

「私の名前はレモンです」

そう言って席を立ち握手をするとレオンは、

「君の活躍は聞いたよ、かなり強いらしいじゃないか」

「いえそんな事はありません、様々な偶然が助けてくれただけです」

なんでそんな事を知っているのだろう?誰か話したのかな?疑問に思い横を向くとフィオーネがさっと目線を逸らした、またですか、そのフィオーネの横に居たメアも気まずそうにしているところを見ると二人が吹聴したようだ、

「どうだい腹ごなしに模擬戦の手合わせをしてくれないか」

これはお断りしても良いのだろうか、正直今の体調でそんな事やりたくは無いし、一応怪我人なんですけど。

「いえ私なんて手合わせするほどの者ではございません、どうかお許しを」

「ふうん、それならば仕方が無いな」

そう言って振り向き自分の席へと帰って行ってくれた、どうやら厄介事は避ける事が出来たようだ、安心して席に着きオレンジジュースを口に含んだ時、

「なんだいレモンやけに弱気だな、おまえが負けるわけ無いだろう」

思わずオレンジジュースを噴出してしまった、せっかく上手く纏まったのになんて事を言ってくれるんだ、

「ほおうメア様、それはどういう意味ですかな」

顔を真っ赤にしてどすどすとレオンが戻ってきた、またですか、

「ん、そのままだぞ、レモンが負けるわけ無い」

そんなに挑発しないでくれ、

「負けるわけが無いとは、この私にですか」

「ああそうだ、私はレモンがこおおんな大男を倒すところを見てるからな、あれを倒せるんだから相当なもんだろう」

メアは身振り手振りで大男のサイズを伝えている、確かに倒したけれど魔法を使って気絶寸前でようやくなんですけどね、

「そんな大男は見た事有りませんがそうですか、なおさら興味が湧きました、模擬戦の手合わせはこのあとすぐに、では失礼する」

そう言うとレオンはわき目も振らずに外に出て行ってしまった、なんて事になっちゃったんだ仮にも騎士団長だぞ、生半可な強さじゃないはずだし、それにこの城で騎士団長倒しちゃうのもまずいだろう、まあそれを考えてしまう時点で失礼なんだけど、ただ実際あの大男より強いって事は無いと思いたい。

「若い者同士仲良くやって欲しかったんだがの」

レオンの隣の席に座っていた初老の男性が騒動を聞きつけて近寄りながら声を掛けてきた、

「爺、別に喧嘩したわけじゃないんだぜ」

顔見知りなのかメアが親しそうに返答をする、それを聞いた初老の男性は笑いながら頷いている、

「レモン君だったね、私はローランド・パッカー無駄に年齢を重ねたジジイじゃよ」

握手を交わし先のレオンとのいざこざの説明をする、それを目を細めニコニコと聞きながらメアやメイそしてフィオーネに視線を移していた。

「この城は平和での、いや平和なのは良いことなんじゃが戦争を経験してない若い者は自分の強さがどの程度なのか解らんらしい、せいぜいオークやゴブリン退治ぐらいしかやった事が無い者ばっかりだからな、それもこちらは数を揃えて集団で相手をするから統率の取れてないモンスターじゃあ相手にもなりゃせん、そこでレモン君の華々しい戦果を聞いて羨ましくなったのかもな」

確かにこのローランドさんの佇まいからはえも言われぬ威圧を感じる、それに握手をした時に全身に緊張が走った、それはレオンの時には感じなかったものだ、どれだけの戦場を経験してきたかはわからないが凄い武人であることは解る。

「ではわしもお暇(いとま)をさせて貰おうかの、あ奴1人だけ中座させておくわけにはいかんからの、最後に姫様方に一言だけ言っておきますがわしの経験からすると早いもの勝ちですぞ、では御機嫌よう」

そう言って一通りリコも含めて顔色を窺った後で不穏な笑みを浮かべて出て行ってしまった、早いもの勝ちと言っていたが一体何の事だろうか、振り返るとリコもフィオーネもメアも不思議な面持ちで視線が泳いでいた、メイだけは澄ました顔をしている。

「あのーフィオーネ様」

「はい、何でしょう」

ちょっと声が上ずっている何をそんなに興奮しているのやら、

「私も退席させていただいてもよろしいですか?」

自分は招かれた客人では有るが、女王様からすればフィオーネの従者に代わりは無いためあまり失礼な事は無いようにしたいのだが、先に出て行ったレオンと模擬戦の約束があるために退席を願い出る、

「大丈夫ですよ、途中退席して良いとそう言って出て行かれたので」

「では失礼をさせていただきますが・・・、メア様模擬戦とはどこでやるのでしょうか?」

レオンはそそくさと出て行ってしまったがどこで模擬戦をするか言っていない、この城のどこかに闘技場みたいなものが有るのだろうか、

「ん?知らないぞ、中庭かどっかなんじゃないか」

メアも知らないのか、とりあえず中庭に行ってみてもし違ったらどうしようかな、

「では一先ず中庭に行ってみます」

そう言って中庭へ駆け足で向かう、メアも半分くらいは私の責任だからと後を着いて来る、半分かそう思っているだけでも良いのかなほぼほぼ全部の原因だと思うけどね、フィオーネやリコにメイまで着いて来たので結構な大所帯になってしまった、これじゃあわざと負けるわけにも行かないかな。



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