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3話 闇夜の襲撃者

昼過ぎに勇者の町プリマスを出航した砂漠の町シルク行きの定期船は、日も殆ど沈みかけた薄暗い夕暮れの中を進んでいた。

まるでベールのような薄い光が船を丸く包んでいる。船員である水魔導士たちの保護魔法がかけられているのだ。


木造船はギシギシと軋みながらも、穏やかな波に運ばれていく。その音に合わせるように船体はゆっくりと上下し、ラキが使用している小さな机に置かれたランプの炎もゆらゆらと輝いていた。


炎を出しているのはファイヤーバタフライと呼ばれる昆虫である。通常の蝋燭ほどの光では無いものの、火災の心配が無いため船などでは特に重宝されるのだ。

普段は地上で過ごし、夜になると炎の羽根で空を舞う。ただし騒音などに敏感で身の危険を感じるとすぐに羽根は消えてしまうので、繊細に扱う必要がある。


その揺らめく明かりの中で、ラキは大きな本に文字を綴る。インクを吸ったペン先を紙に乗せると、じわりとインクが染み込み、滑るように動かせば飾りの羽根が細やかに動く。


その様子を見ていたマル―は、大きな欠伸をした。


「ふわあ~・・・まだ寝ないのカ?」


「はいっ無事に勇者も見つけられましたし、早速伝説の始まりを書き留めないといけませんから」


マル―のそれとは対照的に、ラキの瞳は爛々としている。


(こりゃあ徹夜をする勢いだな・・・)


やれやれ、とマル―はひらりと机を下り、ベッドへと向かった。



夜も耽った頃、ペンを走らせながらラキは自分の幼少期を思い出していた。


代々アイテム屋を営んできた家は祖母が切り盛りしていた。

物心つく頃からラキは祖母と二人で暮らしていたが、祖母は素材集めもしなければならないので留守番も長かった。


そんな時、収集癖があったという亡き父の部屋で、様々な本を読みふけった。

埃を被り、湿っぽい匂いのする父の部屋には、本の他に訳の分からない物で溢れかえっていたが、ラキはそこが大好きだった。

その部屋で、特に歴代の勇者伝説はどれも夢中で読み込んだが、そのどれもが著者不明だったのである。


(すごい・・・この人たちは自分の名誉やお金のためじゃなく、世界を救った仲間の雄姿を必ず後世に書き残さなければ・・・そんな想いでこれを書いたんだ)


ラキはそう考え、それは勇者の活躍以上に彼の幼心を強烈に揺さぶったのだ。



そんな事を思い出していると、いつの間にかペンを止めたラキは、ぐっと片手で握りこぶしを作る。


(勇者のために脇役に徹する・・・そんな脇役あってこそ勇者というものが世界に語り継がれる・・・・私もそんな美学を持った脇役になりたい!!!)


そう決意を新たにするとハッと我に返り、


(思い出にふけっている場合じゃありませんね。集中しないと・・・)


とペンを持ち直し再度机に向かう。


ところがその瞬間、


「バサッ」


と何かが翻る音と共に、毛布が天井を舞っていった。

そしてほぼ同時に、ベッドで丸くなって眠っていたはずのマル―が


「なっなんダ!?」


と叫んで膝に飛び込んできた。


毛布を飛ばしたのはアルファンだ。

彼はベッドから飛び出すと床に着地した。

警戒するように身を固くし、拳を固く握りしめる。


「何か来る・・・」 そう呟いて立ち上がった。


マル―も膝の上で四つ肢を踏ん張って辺りをキョロキョロしている。

深い褐色の被毛は逆立っている。


「ど、どうしたんですか二人とも・・・」


ラキはその異様な様子に、訳がわからず問いかけようとする。


しかしその言葉を言い終えるより早く、


「ズシンッ」


という鈍く大きな衝撃音と共に、部屋全体が大きく傾いた。

バキバキと何かが割けるような音もする。


「わっ!?」


ラキは慌てて机をつかむが、ランプは倒れると同時に火が消え、座っていた椅子が壁側に滑っていく。


「ズシンッ」


船は傾いたまま、先程と同じような衝撃音が再度響く。

「座礁でしょうか・・・」


「いや、何かが船の下・・・海の中にいる」


背を向けたアルファンの表情は見えない。

しかしその青い髪はぞわぞわと逆立っているように見えた。


「ああ、オレ様も気配を感じるゾッ」


船は船首に向かって大きく傾いたようだ。

どこかに掴まっていないと立っているのも難しい程、床は斜めになり、固定されていない荷物や小物は全て部屋の片側に寄っている。


今の衝撃で目が覚めたのだろう。

部屋の外からは他の乗客の騒めきや、ドタバタと走り回る音が聞こえて来た。


ラキは机からベッドの柱を掴んでようやく進む。


「と、とにかく船長を探しましょう。勇者一行としては何か出来る事があれば助けないと!」


そう言ってポーチや腰ベルトのバッグなど最低限の装備だけ付けていく。

さすがにいつものように全てを持ち歩いていく訳にはいかない。

大型のリュックの中身をごそごそとし、他に何か使えるものは無いかと物色する。


「俺は先に行く」


アルファンはそう言ってローブを翻しながら部屋を出て行った。

その動きは、この状況を物ともしない軽やかさだ。


「すごいですね、動物並みのバランス感覚を持っているんでしょうか」


ラキはリュックの中から黒い布包みを見つけると、それをポケットに入れる。


「よしっ僕たちも急ぎましょう」


マル―を肩に乗せ、ラキは時々壁や柱などにに掴まりながら、それでも可能な限り急いで後を追った。




船内は混乱し、何処からともなく子供の泣く声や、不安げな乗客の声、何かを指示する船員の声が飛び交っている。


その間をすり抜けて、甲板への入口に続く階段を上っていくと、そこには船長の他に複数の船員、そしてアルファンもいる。


全員が入口から外の様子を伺っている。正確には、何かを見上げていた。


その隅には二人の水魔導士がいた。一人は先日、ラキ達が騙した研修医や船医と共に居た水魔導士である。彼がその手を置いて魔力を注ぎ続けているもう一人の水魔導士は、魔導書を開いている。彼女は涙目になりながらも詠唱を続けていた。


(物理防壁の魔法・・・ただの座礁じゃないですね)


その様子をちらりと見て、ラキはアルファンの横に立ち、同じように外を見上げて見た。

そして思わず声が出る。


「な、なんですかコレは・・・」


甲板には帆柱が二本建っているが、その上空を覆うように、どす黒い巨大な触手が四方に伸びている。

沢山の吸盤が付いた触手は、船首の方から船を飲み込もうとしているようだ。

滴る水で、船は雨を被ったようにずぶ濡れで、蠢く触手によってグラグラと揺れている。


船は辛うじて、水魔導士たちによる魔法壁で守られてその形を保っていた。

しかし青白く光る、薄いベールのようなそれは、複数の触手に囲まれて、締め付けられた風船のように変形し、今にも破裂しそうである。


「船長、これはいったい・・・」


ラキは隣に立つ船長を見上げる。

難しい顔をして、腕を組む船長の顔には焦りが見られた。


「恐らくクラーケンだ。この界隈の海に昔から生息している魔物だ。しかし・・・」


濃い髭の伸びた顎に手をやる。


「コイツは昔から大人しくて、おれ達船乗りの間では幸運のシンボルと言われているくれーだ。見かけたら航海が上手く行くってな・・・それがどうして・・・」


「ドシンッ」

と重苦しい音と共に船がまた大きく揺れた。

ミシミシと船体が音を上げ、甲板の手すりが一部吹っ飛ぶ。

魔法壁ごと船を飲み込もうとする触手の締め付けが、一層強まったようだ。


その場にいた船員たちがヒィッと悲鳴を上げる。


「もっと強く魔法壁を張れねえのかっ」


「む、無理ですよっ。僕ら天候から船を守る魔法には長けていますが・・・こんな攻撃に耐えるのは専門外ですっ」


船長の問いに、そう声をあげたのは、男性の水魔導士である。

女性の水魔導士は魔導書をいっそう強く握りしめ、詠唱を止めないまま大きく首を上下して、先の言葉に強く同意を示している。


「ほっといたら沈みそうだな…水は嫌いだ。手はあるのか?」


先程から揺れにも動じず、静かに立っていたアルファンはラキを見据える。

そのオッドアイの瞳は、ギラギラと闇の中で光るようだった。


ラキはうーん、と考えて水魔導士たちを見る。


「今張っているのは物理防壁の魔法ですよね?」

 

「ああ。僕らの魔力を全てあの触手を耐えるのに使っているが…完全に力負けしている」


水魔導士たちはどちらも疲れ切っている様子だった。


「でしょうね・・・これだけ大きな魔物が力任せに襲ってきたら、並みの魔力じゃ持ちません。マル―」


言うや否や、マル―はラキの肩からひらりと飛び降り、詠唱を続ける水魔導士の肩に乗り換えた。彼女は驚いた様子でマル―を見つめる。


「オレ様は精霊だからなっ魔力を貸してやるゾ」


水魔導士たちとマル―は、その合わさった魔力によってほのかな光に包まれた。


「これで多少、時間稼ぎが出来ます。あとは・・・」


ラキは触手を見上げる。


「押しつぶされる前に、アレをなんとか引き剥がさないと」


それを聞いたアルファンは、水魔導士たちに問いかける。


「おい。この壁、内側から攻撃しても大丈夫なのか」


「はっはい。内側からの衝撃は全てそのまま外に放出されます」


「よし。引き剥がせばいいんだな・・・?」


先程より一層瞳の輝きが増したアルファンはニヤリと微笑み、瞬時に甲板へ飛び出していった。


「あっちょっと!!・・・」


しかし既にアルファンには届いていないようだ。

ラキは後を追おうと足を踏み出したが、すぐに振り返る。


「船長」


「なんだ」


「ここにある手袋、お借りします」


壁にかけてあった革製の分厚い作業用手袋を手に取る。


「え?・・・あ、ああ」


「それから・・・」コホンと咳払いを一つ。


「この船は、あそこにいる勇者!勇者アルファンとその一行が守って見せますからねー!!」


そういってブンブン手を振りながら、己も甲板へ出て行く。

残された船員と船長たちは一瞬ぽかん、とした後に


「ゆ、勇者?」


「あの人たち、研修医のはずじゃ・・」


「・・・本当に大丈夫なのか?」


と、騒めきだしやや不安げにラキ達の背中を見送った。




甲板に出ると、まるで荒れ狂う嵐の中にいるようだった。

海の中に、一体まだどれ程の触手が蠢いているのだろうか。

波は大きく飛沫をあげ、その度に甲板が海水を被る。

傾きも相まって、油断すると足元を取られそうだ。


(成程・・・触手以外の物はあえて何でも通せるようにして魔力消耗を抑えているのか)


バシャバシャと降りかかってくる海水を浴びながらラキは感心したように顎に手をやり頷く。


アルファンは手前の帆柱の真下にいた。

背を向けた彼はローブに身を包み、空を見据えている。


「アルファ・・・」


ラキが声をかける隙も無く、アルファンはしゃがみ込み、両足にグッと力を入れると甲板を強く蹴って宙を舞った。


「タンッタンッ」


軽やかに身を翻し、マストを支える網や帆桁を踏み台に、わずか2度ほど跳躍しただけで見張り台に到達してしまう。

円形に見張り台を囲う柵に両手足で着地すると、アルファンはどこか楽しそうで、闇夜に光る瞳を見開いていた。その姿は人と言うよりも、獲物を狙う獣のようである。


「すっすごい!人並外れた身体能力!まさに勇者っ!!」


その光景を感動のまなざしで見つめ、ラキは大興奮で叫んでいる。

彼はこの場でパレードでも開くのではないかと言うくらい騒いでいる。


「さあっ勇者様!!その崇高な剣さばきを存分に披露してくださいっ」


出入口からこちらを見守る船長たちをバッと指すと、


「この通り民衆も見守っておりますので!」


と力を込める。


(これはいいアピールになりますね・・・船を救ったと噂が広まれば勇者として拍がつきますっ)


そんな打算をしながらラキはうきうきしている。


当のアルファンは、まるで下界の事を気にしている風ではない。

背を向けたままおもむろに柵の縁で一度立ち上がると、腰を引いて屈み、剣を構えた。

・・・ように見えた。


触手目がけて一層高く跳躍すると、回転を掛けながら


「ガル・フィストッ」


と叫ぶと共に、剣…ではなくアルファンの拳から放たれた強烈な打撃が、触手にねじ込まれた。


満月を背に、魔法壁の青白いベールがアルファンを包み込み、触手は激しい衝撃により弾き飛ばされ宙を舞う。

「・・・は?」


唖然とするラキを他所に、その美しすぎる光景は、アルファンの鮮やかな剣術ならぬ拳術を皮肉な程に強調していた。


スタッとアルファンが甲板に着地する。


「チッ・・・あんニャろう、固てえな」


ふう、とため息をするとアルファンは軽く身震いする。

身体が水に濡れたのが気になるらしく、仕切りに水を掃おうとしている。

喋り方が何故かこれまでより幾分乱暴になったようだ。


「やっぱこれじゃ聞こえずれ―しニャ」


さすさすと身に着けている幅広のヘアバンドを触る。


(え?今ニャッとか言いましたか?ていうか今、殴りました?剣を抜く素振りなど微塵も見せずにあの触手を殴り倒しました??)


疑問符で脳内が一杯になっているラキをチラッと横目でみる。


「・・・まあもうバレちまったしいいか」


肩をすくませてそう言うと、ヘアバンドを頭から下ろし、首にかける。

ヘアバンドの下から現れたのは、なんと美しい三角形をした三毛柄の猫耳だ。


「えっ?」


「動きずれぇからコレも取る」


と、ここまでずっと着用していた長いローブをさも邪魔者だと言わんばかりにガバッと勢いよく脱ぎ捨てた。

その下に隠されていたのは、勿論腰に据えた使いこなされた剣ではなく、こちらも三毛柄のビビッと逆立つ細長い尻尾である。


「ええっ!? け、剣は・・・?」


「ねえよ、おめーが勝手に都合よく勘違いしてくれただけ」


「だっだって剣士って・・・」


「俺は一言も剣士だとは言ってニャい」


アルファンは悪びれるそぶりも無く、本物の猫のように手を丸めて耳裏を痒いた。


「ジョブは拳闘士。猫耳拳闘士のアルファンだ」


「・・・えええええええっっ!?」


両手で頭を抱え、空に向かって放たれたラキの渾身の悲鳴は、この海域全体に響き渡ったとかなんとか。


絶望に打ちひしがれ膝をついて甲板に倒れ込むラキの横で、身軽になり解放感に溢れたアルファンはうーんと伸びをしながら楽しそうに口笛を吹いた。


「まあ、んなわけで改めてよろしくニャ、アイテム士さんよ」


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