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2話 アイテム士による節約の仕方

「で、オレ様はカウントされないとしても・・・二人分の費用なんてどうする気だヨ」


はあーっとマル―は深くため息をつき、二本の尻尾をペシペシッとラキの頬に叩きつけている。


昨晩から機嫌があまりよろしくない。その理由は明白で、勿論ラキが突然アルファンという得体のしれない少年を仲間にしてしまった事に納得していないからである。


しかも次の目的地、港町シルクへと向かう船の費用をラキ達が払うことになっているのだから、猶更だ。


しかしラキは文句を言われている事も、頬に当たる尻尾も全く気にせず、るんるんとプリマスの町に並ぶ店を覗いていく。緑色の前髪は伸びきっていつものように目元は殆ど隠れているが、それでもその浮かれっぷりが伝わるほどに。


「そうですねー。まあお金はあるにはありますが、限りがありますし。これから魔王を倒すまでの道のりを想像するに、出来るだけ出費は押さえたいところです」


どこか他人事のようにのんびりそう言うと、店に並ぶ商品を手に取る。


「ほほう、ホワイトホーン豆・・・これは多めに買っておきましょう」


「て、言ってる傍から金使ってル・・・このアイテムオタクが」


ひっそりとマル―は悪態をついた。


「だいたい、あのアルファンって奴が本当に勇者かどうかも分からないんだゾ?それなのに金まで出すなんテ・・・」


「まあ落ち着いてくださいよ。僕の見立てでは、彼には絶対素晴らしい素質があります。それにマル―も知っているでしょ?僕はこう見えてそこそこ策は考えています。・・・とりあえず自作する時間が無いのでアレも買ってしまいましょう」


「アレ?」


「アイテム士にはアイテム士のやり方がありますからね」


ラキはにんまりと意味ありげに笑う。


ラキ達の滞在しているノモス大陸にある町・プリマスから、ザラマンデル大陸の町・シルクへ行くには航路しか無く、定期船が存在する。

出発二時間前、港に停泊するその定期船を、ラキとマル―は船着き場付近の物陰に張り付いてこっそり伺っていた。船は貨物の積み込み作業が行われ、既に乗船を始めた乗客もいる。


二人の背後から、アルファンが合流する。彼は相変わらず長いローブを纏い、深くフードを被っていた。

少し前に、ラキは彼にあるお願い事をしていたのだが、どうやらそれが既に達成されたらしい。


「お前の言う通り、見つけたぞ。すぐそこの店に風魔導士一人と船医二人だ」


「さすがっ早かったですね」


「ここからでも見える、あそこのテーブルだ」


アルファンの指した方向を見ると、船が見える位置に建つ店の前にテーブルが並べられており、人々が食事を楽しんでいた。


「よしっ時間もあまり無いので早速行きましょう」


ラキはすぐにその店に向かい、その後をマル―とアルファンが付いて行く。


その際、マル―が後ろを振り返り、


「・・・オレ様はまだ、お前のこと警戒してるからナ」


とアルファンに釘を指すと、彼の美しいオッドアイがきらりと光った。


「好きにしろよ、フェレット」


「フェレットじゃねえっっオレ様は精霊だゾっほら!角だってある!!」


怒りながら己の額を指さし、被毛に隠れ気味の控え目な角を必死でアピールする。

そんなマル―を見て、アルファンはフッと笑う。

どうやら面白がっているようである。


「お二人とも何してるんですかー急いでくださいっ」


立ち止まる一人と一匹に痺れを切らしたラキが、道の先で不思議そうにしている。



店の近くに到着すると、一行は目的の三人組のすぐ近くのテーブルを陣取った。

細身でかなり年老いた老人と、その隣に気弱そうな若者、向かいにもう一人男が座っている。全員が白いローブを羽織っている。


「今にも死にそうにプルプルしてる爺さんが船医、その隣は研修医らしい。向かいが船員の水魔導士だ」


アルファンがそう説明した。


「ご老人が船医なのは間違いないでしょう。私が今朝アイテム屋のご主人から聞いた通りの特徴です。でも他の二人はどうして分かるんですか、似たような恰好ですけど」


「・・・俺は特殊な鍛錬を積んでいて、耳が良いんだ。事前に聞こえた会話から間違いは無い」


(なっなんと・・・!!そんな能力が・・・さすが勇者っ)


声にならない声で、ラキはおおっと一人で感動し、そんな彼をマル―は呆れ顔で見ている。


(昨日のオレ様たちの会話も聞き耳たてていたから、色々知ってたのカ?)


昨夜出会った時に、剣士を探していることや、マル―が喋る獣だとアルファンは説明される前から知っていた。ラキは勇者フィルターで全て納得しているようだが、マル―は納得していない。


「分かりましたっ研修医とは願ったり叶ったりです。ターゲットは彼にしましょう。間違っても水魔導士には手を出さないようにっ」


水魔導士はこの世界で航海するに辺り、非常に重要な役割を担う。彼らはこの世界に存在する4大精獣(せいじゅう)の1匹、水の精獣ウンダから力を得た魔導士である。

その中でも船を水害から守る魔法に長けている者が、特に長旅をする船には必要不可欠だ。


ラキはポケットから小さな小瓶を取り出し、それをマル―に渡すと、席を立った。マル―は静かにテーブルの下に潜る。


ラキは颯爽と三人組のいるテーブルの前に立つと、少々・・・いやかなり大げさに驚いて声をあげた。


「ちょっと、失礼。もしかして船医のイグナッツ先生ですか?」


研修医と水魔導士の二人は手を止め、ラキを見上げた。肝心の船医・イグナッツは、聞こえなかったのかプルプルしたまま食事を続けようとフォークを口元に運ぼうとしている。

隣の研修医が耳の近くで先生、と声を掛けた。


「ふぉっ?・・・おお、わしがイグナッツじゃが」


己が呼ばれたことに気づいたらしく、ラキを見上げる。

ラキはドンッとテーブルに両手をついた。

食器がガタリと揺れ、船医を除いた二人がびくりとする。


「ぼっ僕は・・・体が震えるほどに・・・今とても感動しています。まさかあのっ『船上における医学魔法』を執筆されたイグナッツ先生に偶然たまたまこんなところで出会えるなんてっ」


そうしてラキはイグナッツの手を取ると、彼を誉め称えるあらゆる台詞を情熱的に語り出した。


イグナッツは聞こえているのかいないのか、終始小刻みに震えたまま


「ふぉっふぉっふぉっ」


と笑っており、研修医と水魔導士はラキの勢いに圧倒され、ぽかんと見つめている。


そして誰も、テーブルの下から上ってきた小動物が、こっそりと研修医のコップに液体を混ぜた事には気づいていない。


目的を果たしたマル―は、またテーブルの下に潜り、ラキのズボンを引っ張り完了の合図をすると、アルファンのいるテーブルへ戻っていった。


「おっとすみません、僕としたことが、お食事の邪魔をしてしまいました。では皆さん、お会いできて光栄ですっ良い一日をっ」


ラキは適当に話を切り上げると、三人全員と握手をし、席に戻った。


終始戸惑いながらも嵐のように去っていった彼の背中を見送った三人は、しばらくすると何事も無かったように食事を再開する。


「怪しんでいるところは無いな。研修医がコップから飲んでいる。特に変わった反応はしていない」


背を向けて座っているラキの代わりに、アルファンが様子を確認する。

ラキとマル―は上手くいった、と顔を見合わせて笑いあう。


「・・・で、あれは何を混ぜたんだ?」


実はアルファンは、具体的に何をするかは聞かされていないのだ。


「まあもう少ししたら分かりますよ。とりあえず私たちはさっきの場所へ戻って船の様子を見張りましょう」


そうして一行は席を立ち、その店を後にした。





それから一時間程、船着き場に身を潜めて待っていると、船の前が慌ただしくなった。


船長らしき恰幅のいい男と他の船員数名が、船医のイグナッツと共に乗船口で話し込んでいる。船長たちは困り果てた様子だった。


物陰で様子を伺っていたラキ達は、その様子を見てすぐさま船へ近づいていった。船長たちの会話が聞こえて来た。


「じいさん、長い付き合いだけどよお、困るよ。腕は信用してるが、その歳で長旅はきついだろ?いくら何でもじいさん一人じゃ不安だぜ」


「ふぉっふぉっ・・・若いもんが調子が悪くなっちまってなあ」


「ったく・・・医者見習いなら体調管理ぐらいしっかりしろよな」


船長らしき男ははあーっとため息をついて腕を組んでいる。


「あっイグナッツ先生!先程はどうも。あれ・・・皆さんお揃いで、どうかされたんですか?」


ラキは、たまたま乗り込もうとしていた乗客、という風にしれっと会話に入っていった。


「ほら、先生、私はさっきお食事中にお会いした、研修医のラキですよっ」


(本当はアイテム士ですけどね)


ラキは心の中で舌を出す。


「ふぉっふぉっふぉ」


イグナッツは憶えているのかいないのか、プルプルと震えながら笑っている。


「・・・研修医?お前、研修医なのか?」


反応したのは船長だ。


「ええ、まあ一応。出来るのは応急措置程度ですけどね」


船長は他の船員と顔を見合わせ、うんうんと頷きあう。


「十分だっ。実はこのじいさんの助手をするはずだった研修医が倒れちまって」


「倒れた?ご病気か何かですか」


「原因は分からんがひどい腹痛に熱まであるらしい。それじゃ船には連れていけねえ」


「それは大変でしたね」


ラキはにっこりと微笑む。


後ろにいたアルファンは小声でマル―に話しかける。


「・・・あれ、下剤だったのか」


「ああ。市販の下剤に、発熱作用も出るようラキがちょこっとアレンジもしてたナ」


マル―はにやにやしている。


「・・・大丈夫なのか?」


「1日大人しくしてれば自然と治るサ・・・これがアイテム士のやり方ダッ」


そう言われて、アルファンは感心とも呆れとも言えない顔でラキの背中を見つめる。


船長は大きな両手を体の前で合わせると、ラキに向かって


「頼むっあんたこの船に乗るつもりなんだよな?急だが船医の助手をやってくれねえか・・・知識があるなら後はじいさんの指示に従ってるだけでいい」


と頼み込んできた。


「ええっそんなっ急に・・・」


勿論これが最初から思惑通りの展開なのだが、一応少し渋る演技も入れてみるラキだった。


「そこを何とか・・・他にアテもねえし、じいさんはあの通りだからいつどうなるか心配なんだよ」


イグナッツは相変わらずふぉっふぉっと言いながらプルプルと体が小刻みに震えている。


「そこまで言われたら仕方ありません・・・その代わり、お願いがあります。乗船費用を一人分負けてくれませんか?」


ラキは後方のアルファンを指す。


「ああ、一人分と言わず二人共タダで構わないぜ。船医への報酬は前払いでもう出しちまったから渡せないがな」


「十分な条件ですっ」


ラキと船長は握手を交わした。


「それでは早速乗りましょう、さあ先生いきましょーっ」


ラキはイグナッツをぐいぐいと船へ押し込んでいく。

アルファン達も後に続く。


(このじいさん、状況わかってんのカ?)


マル―はふぉっふぉっと言うだけで、促されるまま船に乗り込んでいくイグナッツを見ながらそう思った。まあ、特に異を唱えてこないならラキ達からすればどちらでも構わないが。


「よし、これで安心だな。急いで準備に戻れ、遅れるなよ」


船長は胸をなでおろし、船員たちに声をかけて出港準備を急いだ。



ラキ達には医療室のすぐ横の部屋が割り当てられた。患者が多い場合にはここも看護室として使われるのだろう、二段ベッドが二組入っている。


揺れないように、ベッドや一つだけ用意されている机などの家具は固定されていた。


豪華な部屋では無いが、イグナッツは別に自室があるので、ラキとアルファン、そしてマル―だけで過ごすには十分な広さである。


二人は二段ベッドをそれぞれが一組ずつ使用することにした。


荷ほどきを始めていると、アルファンが小さな革袋をとさりとラキのベッドに投げて寄越した。


「あの、これは?」


「船の費用だ。俺は半分出すと言った」


「タダになったんですから、頂けないですよ」


「それはお前の策のお陰だ。俺は何もしていないし、最初から半分払うと決めていた」


ラキはそれでも袋を返そうとしたが、アルファンはそのまま上段のベッドに上り、横になってしまう。


「・・・案外ちゃんとしてる奴だナ」


マル―は少し見直したようだ。ラキは戸惑いつつ、取りあえず今は受け取っておくことにした。



「定刻通り、出発出来たようですね」


船が動き出し、ラキとマル―は部屋の丸窓から外を眺める。


こうして無事に値切る(?)ことにも成功し、ラキの野望にも近い夢を乗せて、船は汽笛をあげながらゆっくりと港を離れ始めたのだった。


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