『いつかまた、貴方と桜の木の下で』 新クトゥルフ神話TRPGシナリオ
このシナリオは戦争を題材としたもので、かなりシリアスなものとなっております。
『いつかまた、貴方と桜の木の下で』
※探索者は全員学生としてください。
※ロストの可能性があるため、新規探索者をオススメいたします。
●時間は2~5時間
●人数は4人程
●導入
東城学院高等部に植えてある桜には言い伝えがあった。
『この桜の下で永遠の愛を誓った者は、生涯を共にし、幸せになれる』
3月9日の9時に探索者達は桜の元に集う。
(理由はお任せいたします)
偶然か必然か、探索者達は一斉に見上げることとなる。満開に咲いた桜が風に揺られて桜の花弁を散らすその光景は、貴方達の目を奪ってしまう。そして、貴方達の意識は突然、闇に飲まれてしまった。
目を覚ますと、貴方達はどちらが上か下かもわからないような曲線的な空間にいた。立っているという感覚よりも、浮いているといった感覚の方が正しいのだろう。
頬をつねっても痛みがあるだけで、夢から覚める気配はない。
この異様な感覚にSanチェック0/1
貴方達が辺りを見れば、そこには自分と同じくこの空間に漂っている人がいた。それは、偶然にも桜の木の下で共に見上げた者達だった。
そんな貴方達の脳内に、聞き覚えのない声が語りかけてきた。
「突然ここに連れてきてしもうて悪かったのう」
声の主と思われる人物はどこにも見当たらない。しかし、声だけは不思議と耳に届く。
「儂は東城高校に咲く伝説と謳われた桜じゃ。お主らをここに呼んだのは他でもない。お主らに一つ頼みがあってな」
・かつて生徒だった二人を助けて欲しいと伝えられる。
婚約を誓いあった次の日に自分の下で、少年が泣きながら少女の亡骸を抱きかかえて自死したあの日が忘れられない。
・そんな二人の未来を変えて欲しいと言われる。
・桜は少女がどういった経緯で亡くなったのかは知らないが、明日の1945年の3月10日までに亡くなったということは知っている。ここで《知識》、《歴史》にハード成功すれば、以下の情報がわかる。
・1945年(昭和20)3月10日は東京大空襲が起こった日で、10万人以上の死者を出した日である。
・この夜間空襲は、下町空襲とも呼ばれている。
・この空襲の罹災者は100万人を越えた。
※《歴史》ロールは誰か一人が成功するまでゲーム時間で1時間ごとにチャレンジさせてください。
※死に別れた二人をどうにか助けてあげて欲しいという頼みを探索者達が聞き入れなくても、それを達成しなければ現代に戻ることはできない。
・探索者達の格好は、昭和20年をベースにして、持ち物没収。
どうにかして二人を明日まで守りきってください。そうでなければロストとなります。
「さて、そろそろ着くな。お主らの健闘を期待しておるぞ」
その言葉が脳内に響いた直後、光が視界を埋めつくし、探索者達は地面と思われる場所に尻餅をついてしまう。
探索者達がその不思議な空間から追い出されると、現代のものよりも古く、そして、小柄な校舎が視界に入る。
探索者達は桜からのメッセージで、校舎を新築した際に植え替えられた為、座標がずれてしまったらしいと伝えられる。
そして、例の少年と少女が今、自分の下にいると伝えられる。
探索者達は、声の案内を頼りに桜のある場所に向かう。
すると桜の木の下に学生服に身を包んだ二人の男女が立っていた。
少年が少女の手を握り、告げる。
「僕はもうすぐ兵役に行かなければなりません。あなたと離れ離れになるのは心苦しいですが、これも国の為、しいてはあなたと家族を守る為……命を賭して戦って参ります」
「征十郎さん……」
少女の目から涙が溢れ、雫となって彼女の頬を伝い、地面に落ちた。
「だから行く前にどうしてもあなたに僕の気持ちをしっかりと伝えたい。昌子さん、あなたのことが好きです。戦争から帰ったら、僕と結婚してくれませんか?」
少女はその言葉を聞いた瞬間、頬を赤らめ、口元を手で覆う。
そして、昌子と呼ばれた少女は再び目から涙を流し、衝撃で出なくなってしまった言葉の代わりに、何度も頷いた。
その姿を見た征十郎という名の少年は顔に気持ちを体現し、感極まって彼女を強く抱きしめた。
・そんな場面を遠目から見ていた探索者達は《目星》をしていただきます。イクストリーム成功をした場合、少女の懐から何かが落ちたのを目撃する。失敗、ただの成功者は少女と少年がそこから立ち去ろうとしているのがわかる。
●KP確認用ルール
タイムリミットは3月10日の午前0:07
それが爆弾投下の時刻であり、初弾投下後の8分後、0:15に空襲警報が鳴り響く。
要するに、思い当たる場所でタイムリミットまでに桜の押し花で作られた不器用な栞を探し出して、安全な桜の下に入らないと少女が死にます。
※移動中、ティンダロスの猟犬に襲われる遭遇ロール
遭遇は場所移動につき一回行い、1d探索者を振って、幸運ロールに失敗すると、やってくる。
●開幕
・探索者達が二人を追おうとした瞬間、校舎の角からティンダロスの猟犬が出現する。
逃走に成功する必要がある。
また、桜の加護で1人につき2度までは攻撃を受けない。ただし、桜の枝に加護がつけられている為、1度攻撃される度に枝が消失する。また、桜の枝は補充出来ないが、譲渡することは出来る。
また、桜の枝は所持者にダメージが入ると勝手に消費される。
ティンダロスの猟犬と遭遇した場合、少年、もしくは少女を避難させる必要はない。指示さえ出せば勝手に逃げてくれる。
●少女についていく
・探索者達が二人に話しかけるのであれば、《信用》を振って信用を得てもらう必要がある。
・探索者達の中に一人でも女性がいた場合、少年はやることがあるということで、少女に探索者のことを任せ、用事に向かう。女性がいないのであれば、ついていく。
●行ける場所
・飛鳥山公園
東京都内の桜の名所の一つ。江戸享保期に行楽地として整備され、明治6年3月には日本最初の公園に指定された。園内には渋沢栄一の旧邸がある。ちなみに旧邸の遺構は国の重要文化財に指定されている。
東京駅までの距離二時間程度
学校までの距離一時間程度
防空壕までの距離三十分程度
・東京駅1914.3.19に完成した東京を代表する駅
建築家、辰野金吾による設計のもと造られた赤レンガ建築である。
人がいっぱいおり、案内を買ってでてくれた少女は急いでいそうな人にぶつかられる。
(その際、彼女は持っていた栞を落としてしまうが、気付かない)
※後々のイベントの為、この時、探索者達も気付かないということにしてください。人混みで気付かないといった風にして、ここで栞を見つけるタイミングは、ここに改めて来た際、栞を探すと明確に宣言したうえで、目星の成功で見つかります。
飛鳥山公園までの距離二時間程度
学校までの距離一時間程度
防空壕までの距離一時間半程度
・学校
東城高校に関しての情報が知りたければ《歴史》を。成功した場合、この校舎は戦時中に爆弾が直撃して大破したものの、例の桜だけは戦後も満開の桜を咲かせたと、学校のパンフレットに載っていたことを思い出す。
・伝説の桜の下は不思議な加護で被爆しない。校舎は燃えるが、桜は燃えない。桜の下は超安全。
(少年と少女を空襲が始まる時までここに居させることができたなら、それでシナリオクリア)
・防空壕
二人の家の付近にある。
20人程が入れるスペースになっており、土で固められた壁に囲まれたスペース。出入口以外に逃げ場はなく、空襲中にここへ逃げ込んだ場合、ティンダロスの猟犬から逃げることが実質不可能になってしまう。
(もし、空襲の際に探索者がここに逃げ込んだ場合は、幸運に委ねるか、ティンダロスの猟犬を倒すか外に出て幸運のハード成功を達成して空襲を回避して逃走し続けるしかない。)
●作者から一言。
このシナリオにおいて、何かの事件が発生するのは『夜七時に少女が大切なものを無くす』というものだけであり、それまではティンダロスの猟犬との遭遇ロール、もしくは上記の四つの場所に行くことしか出来ない。
少女は案内という形で飛鳥山公園と東京駅を探索者達に紹介するが、そうでなくても元々から行く予定だった為、七時になったら1d4で場所を選択し、栞を探しに向かう。
そのため、それまでの間をどうやって過ごすかに関しては、KPと探索者の皆様にお任せ致します。カットするも自由、ロールプレイで楽しむも自由です。
つまらないとのことでしたら東京駅か公園でゴロツキとでも戦わせとってください。
●夜七時に、少女は少年からもらった大切なものをなくしてしまい、外に出ようとする。
(大切なものとは、少女が少年に誕生日でもらった栞。手作りで桜の押し花になっている)
探索者が共に探すと言うのであれば、一度断るが、内心では心強いとは思っている。
もし、空襲で焼けたらと気が気じゃない為、どんなに説得されようと絶対に出掛けようとする。
(縛ったり殴ろうとしてでも止めようとした場合は、KPが人ごみが見ているという理由でさりげなく止めてあげてください。それでも止まらない場合は少女に悲鳴を上げさせて憲兵と戦わせといてください)
・少女は1d4で探索場所を指定するか、もしくは探索者達が《信用》を振って成功した場合、意見を尊重してくれる。
●トゥルーエンド
・達成条件、少女の栞を見つけ出し、桜の下に連れていく。
《空爆直前》
桜の下にいる貴方達は目撃する。
空を飛ぶ鉄の塊が星の見える夜空に線を描く。日常で見慣れているはずの貴方達にとって、それは普段なら気にもしない光景なのだろう。しかし、この時だけは違った。
その塊から、不思議と目が離せない。
逃げ惑う人の声が貴方達の耳にも届く。
この桜の下に居れば安全だとここに導くのが正解なのかもしれない。だが、その声を上げる前に、貴方達の目にそれは映った。
空中を駆ける鉄の塊から何かが落ちる。それは、目にも止まらぬ速さで東京の下町に落ちる。
次の瞬間、貴方達の視界を光が埋めつくし、貴方達は反射的に目を閉じてしまう。
……そして、人々の悲鳴が聞こえ、貴方達が再び目を開ける。すると、そこには先程とは全く異なる光景が広がっていた。
赤く燃える家屋、東京に住む人々の阿鼻叫喚の声、空中から落ちる爆弾の数々。
1945.03.10.00:07
悪夢の惨劇が始まった。
遅すぎる警報、悲鳴と共にここまで漂う何かが燃える匂い。
社会の歴史で習う多くの人々が罹災したあの事件が目の前で起こっている。
これが戦争なのだと貴方達は心に刻む。
これが人の死なのだと貴方達は心に刻む。
どうにかして彼らを救えないのか?
一人でもいいから救うことは出来ないのか?
だが、その言葉は口にしても詮無きこと。
貴方達に出来ることはただ、一人でも多くの人が生きられるように願うことだけなのだから。
《空襲終了後》
何時間の時が経ったのだろう。
一晩に渡る空襲の中、一睡も出来なかった貴方達はそう思った。どうしようもないことなのだとわかっている。誰かを助けたかったと思う事が偽善に過ぎないことも。
だが、それでもどうしても思ってしまう。
この惨劇が起こる必要は果たしてあったのかと?
まだ言葉を覚えたばかりの子どもが殺されなくてはならない理由があったのか?
生き抜く為に必死に働き、家族を養う若者が死ぬ必要は本当にあったのか?
わかっている。理由なんて関係ないのだ。
今更なにを言ったって、失った命は返ってこない。
例え自分がこの空爆に巻き込まれて罹災したところで、罹災者に一人増えるだけだ。いや、約十万と言っているくらいだ。数にすら加えられることはないのかもしれない。
人の命が一晩で散る。人だけではない。犬や猫、鳥や草木、多くの命がたった数時間で亡くなった。
自分に出来ることは何もなかった。
少女が立ち上がり、目を瞑った。
それを見た貴方達は、彼女にならい、立ち上がる。
貴方達は目を瞑り、黙祷した。
黙祷を終えると、貴方達の耳元に声が届く。
それは聞き覚えのある男の声。声のする方に振り向けば、そこにはこちらに駆け寄ってくる征十郎の姿が映った。
それを見た瞬間、少女の表情が一瞬で明るくなり、彼女の目から雫が頬を伝う。
桜の下にいた少女は駆け、抱き合う二人。
「お主らのお陰じゃ」
ふと、脳内に直接響く声。
「お主らがいなければ二人はここで死んでおった。お主らがあの少女をここに導いたお陰で二人は共に人生を歩む事が出来る。さて、儂も最後の一仕事をするとしようかのう」
その声が脳内に聞こえた直後、焼けて黒焦げになった校舎から煙が噴き出す。
そこから現れるティンダロスの猟犬(SANチェック)
貴方達が再び奴から逃げようと思った瞬間、
「儂に任せろ」
その言葉と共に、満開だった桜の花びらが舞う。
それがティンダロスの猟犬に襲いかかると、ティンダロスの猟犬は苦しそうな声を上げ、退散した。
「これで元の世界に戻っても問題は無いじゃろう。すまなかったな、勝手に巻き込んだせいでこんな目にあわせてしもうて」
「ありがとう。お主らのお陰で、儂は最後にやりたいことができた。もうお主らとも喋れなくなるが、いつでも儂のところに顔を出してくれ。一人でここに居続けるのは寂しいのでな」
・探索者達はこちらを見ていた少年と少女にも別れを告げ、桜の力で現代に帰った。
・現代に帰ると、探索者達は桜の下ではなく、少しずれた場所に着く。また、格好も現代のものになっている。
直感的にそこが元々桜のあった場所なんだとわかる。
・探索者達が桜の場所に向かうと、そこには老婆の座った車椅子を押す老人の姿があった。
・老人は探索者達の存在に気付くと、「こんにちは」と挨拶をし、会釈してくれる。
すると、1陣の風が吹き、老人が押している車椅子に座ったお婆さんが読んでいる本が落ち、風に流された栞が探索者達の足元に落ちてくる。それは、少し汚れてはいたが、確かにあの日見た栞であった。
探索者達がそれを拾ってお婆さんに渡すと、お婆さんは少しぎこちないながらも「ありがとう」と笑みを浮かべながら探索者達にお礼を告げた。
おじいさんもそれを見て微笑み、探索者達にお礼を言うと、お婆さんの座った車椅子を押しながら、来た道を戻っていった。
●以上でシナリオ終了となります。
お疲れ様でした。
●あとがき
今回の舞台は戦時の東京ということで、真面目なシナリオとなっております。
戦争のせいで幸せになれなかった二人を助けることをシナリオの目的とし、敢えて余計なことはしないようにしました。さすがに何も出さないという訳にもまいりませんので、ティンダロスの猟犬という時間旅行をすると出てくる神話生物を登場させました。
最後に一言、今回のシナリオは生半可な気持ちで書いた訳ではありませんとだけ言っておきます。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
質問、アドバイス、感想等をいただけると幸いです。