一章1♢ 突然の記憶
ああ、これ、異世界転生ってヤツなのね。
着替えながら、前世を思い出したことを再確認する。
私の名前は、リリィ・スカーレット。軍人一家・スカーレット家の長女で、現在12歳。
今日は特に何もない日で、いつもどおりメイドのクラリスが起こしに来て、お父様とお母様は朝の鍛錬を行っている。
けれど、朝起きた時、長い夢でも見ていたかのような気分で、自分が「リリィではなかったこと」を思い出した。
五十嵐 桜。それが私の名前だった。
ありきたりな家庭に生まれ、ごく平凡に育ち、社会人として働いていた。少し変わっていたのは、古いゲームを好んでプレイするオタクだった事。
五十嵐桜としての人生がどういうものだったのかは、あまり思い出せない。とにかく、平凡だったということしか記憶になかった。どうやって死んだのかも、そもそもどうやって今ここにいるのかも、思い出せない。
でも、分かったことがあった。
ここは、五十嵐桜としての私がプレイしていた、古いゲーム──「明けない空にキミを想う」の設定に沿った世界だと。
「明けない空にキミを想う」、ファンの通称は「そらキミ」。当時は最大の攻略人数で、オープニングムービーもありボイスも充実していて、更にスチルも多く使われていたということで、かなり多くの人にプレイされた有名作品。有名な乙女ゲームではあったが、本体の生産が終了した携帯ゲーム機用のカセットで現在もプレイしている者はほとんど居なかった。
だが、アプリ版が新たにリリースされるという情報が出て来たことで、にわかに界隈が騒ぎ立っていたことは覚えている。
「でもなぁ〜…」
「何が、でもなぁ〜、なんです?」
終わりましたよ、と櫛やタライを片付けながら、クラリスが問うてきた。
なんでもない、と首を振ると、しっかりと結い上げられたポニーテイルが視界を覆った。
「考え事もよろしいですが、鍛錬のお時間が迫ってきますよ」
「あっ、そうだった!」
ありがと、とお礼を言うと、クラリスは恭しく私の訓練用の小さなレイピアを掲げた。
レイピアを受け取り、腰に差して、そのまま部屋を出る。クラリスがサッと扉を開け、私は歩むスピードを落とすことなく中庭に続く階段を駆け下りた。
慣れたもので、擦れる金属音を立てるレイピアを持ったままでも、するりと階段を降りられることに、少しの違和感を覚えながら、私は中庭に飛び出した。