序章1♢思い出しちゃった
「…あ、思い出した」
ぽつりと呟いた声は、朝の静かな自室に溶けていった。
それは本当に唐突だった。頭をぶつけたわけでも、主要なキャラクターに会ったからでも、何かに既視感を覚えたからでもない。まして、生まれた時からでもないし、神様や妖精に会ったからでもなかった。
本当に突然、朝、いつものように起きたら。
私は、前世の記憶を取り戻した。
「おはようございます、お嬢様…って、あら」
「おはよう…」
音もなく扉を開けて入って来たメイドが、ベッドで上半身を起こしてぼんやりと窓を眺めていた私を見て開いた口に手を押し当てた。
「今日はお早いですね、お嬢様」
脇に抱えていた洗顔用のタライをベッド横のミニテーブルに置いたメイド─クラリスが、「ええほんとに、お早いですね」と早起きを強調した。
そうですね、いつものように起きたらっていうのは誇張でしたね!
クラリスは私の心の中でも覗けるのだろうか。そんなことを考えながらクラリスの方を見ると、
「いえまさか、心の中なんて分かりませんよ」
いくら優秀な私でも、と首を振るクラリスが目に入る。
嘘つけ!今まさに!私の心の中の声と会話してるじゃない!
「お嬢様は分かりやすいんですよ」と笑うクラリス。そんなに表情に出やすいのだろうか…と考えていると、目の前にタオルを差し出される。
毎朝のことだ。寝起きの悪い私を起こすクラリスと、半分寝たままの私がぬるい水で顔を洗い、差し出されたタオルで顔を拭う。今日一つ違うところは、私が珍しく自主的に起きていて、いつもより予定がサクサク進むことだろう。
「んむ…お父様は?」
「旦那様は本日も朝の鍛錬をなさっています。奥方様もご一緒に」
「間に合うかな?」
父と母は貴族でありながら軍人だ。この国では一握りの貴族以外は皆、男女関係なく軍人なのだ。それ故、両親は毎朝自宅の庭で鍛錬を行なっている。それはまだ未成年の私にも降りかかってくる責務な訳で──
なんて酷な『設定』だろうか…。
「ええ、今日のように起きていただければ、いつだって間に合いますよ」
ねえ、仮にも雇い主の娘に対して辛辣すぎない?一応私、まだ12歳なんですよ?
『この世界』の成人が18歳ということを踏まえても、もう少し優しくても良くないですか。
「さ、お嬢様。お着替えを済ませてしまいましょう」
「ん…」
貴族とはいえ軍人でもあるので、着替えは自分自身で行う。私が着替えている間に、クラリスが髪を梳き、動きやすいように纏めてくれる。
「いつもこのくらいスムーズに起きていただけると助かります」
チクリとした物言いながら、クラリスは本当に優秀だ。着替えながらでゆらゆらと動く私の頭を押さえつけることなく、髪を引っ張ることもなく結い上げていく。
着替えながら、ふと思い出した。
そういえば、前世の記憶をおもいだしたんだっけ、と。