第7話 ディーネの頼み?コーヒー屋再建!!すべてはアテナの手に 後編
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アテナが喫茶店ナッツ&コーヒーのアルバイトに来てから、四日目。
事態は急変した。
昨日からナッツ&コーヒーの向かいにあるキャシー&コーヒーが、美女ウェイトレス軍団を巧みに使った破壊的サービス【コーヒーのおまじない】を行い始めて、お客さんを再び奪われ、ナッツ&コーヒーは再び閑古鳥が鳴くことになった。
だが、自宅から歩いてアルバイト先へ向かうアテナの目は死んでいなかった。むしろ、勝利を確信した自信に満ち溢れた眼差しをしていた。
「いよいよね」
アテナは戦場に向かう歴戦の兵士のような頼もしさが今では感じられた。
早朝、アテナは海上都市ポセイドンの一等地に位置するギルド会館前まで来ると、ディーネとロシュが必死にビラを配っていた。
「今日から、ナッツ&コーヒー新メニュー、カレカレ【カレーのようなもの】始めます!!カレカレ【カレーのようなもの】をご注文頂くと、初回特典サービスでアテナのおまじない、ありまーす」
ディーネもロシュもボロ雑巾になるまで声を枯らし、昨晩から夜通しギルド会館前でビラを配り、アテナの捨て身の秘策を宣伝しまくっていた。
ディーネとロシュは、アテナの姿に気がつく。
「アテナ、ビラ2000枚配り終えた、わよ」
ディーネは、ボロボロになりながらも、どこか満ち足りた表情でアテナに言った。ディーネは今にも地面に倒れそうなほどへろへろで、アテナの腕の中で力尽きた。
「ディーネ。あとは任なさい。この戦い、勝つのは私たちよ」
アテナは、決意に満ちた眼差しで、ディーネをそっと地面に捨て、ギルド会館前にある喫茶店ナッツ&コーヒーの扉を開いた。
その一連の様子を見ていた、金髪碧眼の少年ロシュは一言。
「なんなんだ。これ」
ロシュの眼前には、ギルド会館の上方から横断幕が掲げられており、
『ナッツ&コーヒー渾身の新作メニューカレカレ【カレーのようなもの】本日発売開始!!!今ならアテナのおまじない付き!!!冒険者よ急げ!!!』
という職権乱用かと思うほど、とんでもない広告まで立っていた。
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更衣室でアテナはメイド服に袖を通す。アテナは鏡を見ながら、入念なチェックを行う。後ろ姿も確認すると、フリルのついたやや丈の短いスカートが揺れる。アテナの栗毛色の長い髪も一緒に揺れる。
アテナは、よし、と合格を出すと、更衣室を出て、店内に顔を出した。
「本当にいいのかい、アテナちゃん」
すると、ナッツ&コーヒーのマスターが、申し訳なさそうにアテナに尋ねる。
「大丈夫です。ナッツ&コーヒーのカレカレ【カレーのようなもの】に足りないのは、宣伝力。私たちの力を総動員してPRするわ。必要なことは、初めから、ここのカレカレの味をみんなに知ってもらうだけだったのだと思います」
アテナは優しげな眼差しで、ゆっくりマスターに説明した。
アテナは、これから自分が行う所業を想像すると、あまりにも恐ろし過ぎて、ゆっくりとまぶたを閉じ、神に懺悔した。
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「それじゃぁ、お客様ぁ、ご一緒に。おいしくなーれ♡。おいしくなーれ♡。ーーー以下割愛」
アテナは、全力の猫なで声を出しながら、懸命にカレカレ【かれーのようなもの】が美味しくなるよう、おまじないを繰り返した。
おまじないをするたびに、満員の客席からは忍び笑いや、ゲラゲラと手放しで笑い声が聴こえてくる。
「わあー。お客様ぁ。3杯目ありがとうございます。それじゃあ、もっとカレカレが美味しくなるようおまじないしますね。おいしくなーれ♡。おいしくなーれ♡。ーーー以下割愛」
意地とプライドを捨て、アテナはお客様の注文するカレカレにおまじないを全力で行っていく。
「うう。アテナ。あなたの尊い犠牲を私は忘れないわ」
ディーネは、店の裏側から、アテナが捨て身でおまじないする姿を涙ながら見ていた。言い出しっぺながら、今の現状は、予想を遥かに上回っているらしい。
だが、そのおかげで、
「ここのカレカレ【カレーのようなもの】、イケてね?」
「普通に3杯食べれたよ」
「優しい味よね」
「アテナよりここのカレカレ【カレーのようなもの】のほうが収穫だったわ」
などなど、最後のコメントを言った奴ははアテナが裏に呼んで、ぶん殴ったとかないとか諸説あるが、概ね、カレカレ【カレーのようなもの】大反響を呼び、
「誠にありがとうございました。本日カレカレ【カレーのようなもの】は完売です」
マスターが、お昼過ぎには、カレカレ【カレーのようなもの】が完売の発表を出した。
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その後もナッツ&コーヒーのアテナの給仕のアルバイト中、カレカレ【カレーのようなもの】の売上は順調に伸び、アテナがアルバイト期間を終えたあとも、ナッツ&コーヒーのカレカレ【カレーのようなもの】を食べに来る客足は減ることはなかった。
「やったわ。アテナ。あれから、マスターから話があって、ナッツ&コーヒーは閉店せず、カレカレ【カレーのようなもの】を名物メニューにしてお店を継続するそうよ!!」
あれからしばらく経った夕方。ディーネが、ギルド会館前の広場でアテナと話す。
「もうあれは二度とやりたくないけど、勝ったわね。私達」
アテナはニヤリと笑う。
アテナとディーネ、女子二人でキャッキャと笑い合うところを眺めながら、ロシュはナッツ&コーヒーのオープンテラスでミルクを飲んでいた。
「ーーーありがとな。坊主。嬢ちゃんを変えてくれて」
ロシュは突然、隣のオープンテラスの席でコーヒーを飲む、見るからに屈強そうな男性から声をかけられた。右目に傷がある。
ロシュは、怪訝そうな表情を浮かべていると、
「そう警戒しなさんな。俺は、あれだ。ここのギルド会館を取り締まる理事の一人だ。ここのコーヒー屋の広告をギルド会館で出した奴だよ」
ロシュは、アテナがカレカレ【カレーのようなもの】のおまじないをやり始めたときに、ギルド会館前に横断幕の広告が出されていたのを思い出す。
「二年くらい前かな。嬢ちゃんがこの海上都市ポセイドンに流れ着いたのは。誰も信用せず、猟犬のように誰かれ構わずかみつく。やることなすこと空回りばかりで、正直見ていられなかった。あんな風に年頃の友達と笑い合うこともありえなかった」
ギルドの理事と名乗る男は、コーヒーをゆっくり飲む。
ロシュは黙って話を聞きながら、ディーネと談笑するアテナの姿を見入っていた。
「だが、坊主と嬢ちゃんがギルドを組んで、ファントムを討ち取ってから嬢ちゃんは変わった。だから、ありがとな」
ギルドの理事と名乗る男は、コーヒーのお代をテーブルに置くと、いつの間にかふっと姿を消していた。
ロシュは、呆気にとられながら、広場でディーネと笑うアテナの横顔を眺めていた。
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「どう。ロシュ。このメイド服」
夜。アテナとロシュの住んでいる屋敷の寝室で、アテナはディーネから貰ったメイド服を見せてきた。
「どうって何が?」
先にベッドに潜り込んでいたロシュは、頭を布団から出し、不思議そうに、きょとんとした表情で聞いてきた。眠いからなのか、まぶたが重い。
アテナは、顔を赤らめ、恥ずかしそうに言った。
「ロシュにだけなら、メイド服を着て見せてあげようかなって思って」
その後、せっかくのメイド服がもったいないからとか、ディーネに悪いからとか言葉を付け足していくアテナ。
ロシュはその様子を見ながら、ギルドの理事と名乗る男からの言葉を思い出す。
ーーー嬢ちゃんは変わった。
「うん。アテナが笑ってるところがもっとみたい」
金髪碧眼の13歳程のあどけない少年が、無垢純度100%のような言葉と笑顔で言ったものだから、アテナは、赤面がもっとひどくなり、動揺のあまり足がもつれて転んでしまった。
そして、なんか気持ち悪い笑い方をアテナはしていた。
ロシュは、アテナを放って、先に寝てしまった。