第6話 ディーネの頼み?コーヒー屋再建!!すべてはアテナの手に 中編
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早朝。海上都市ポセイドンの中でも一等地に位置するギルド会館前に行ったものは、衝撃の光景を目撃したという。
ギルド会館前にあるナッツ&コーヒーという喫茶店の店先にメイド服を着た馬鹿が立っていると。
異変に気付いた冒険者は、ナッツ&コーヒーの店先を箒で掃除する元凶に話しかけると、うるさい、○ね、と暴言を吐かれたという証言が多数散見された。
その話を面白がって、ナッツ&コーヒーへ足を運ぶ冒険者は、あとをたたなかった。
『いやー。やってみるものね。ナッツ&コーヒーの立地条件が凄く良いのは分かっていたから、宣伝も何もせず、ただ、朝、アテナに店先を掃除をさせただけで、ギルド会館ではその話で持ちきりよ』
と言うのは、ギルド会館の受付で働くディーネ氏の証言である。
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想定を遥かに超えていた。
アテナは生まれて初めて給仕のアルバイトをしたのだが、想定の何倍以上も忙しかった。
「おい。アテナ。コーヒーおかわり」
「こっちは、トーストとミルク5人前」
「あらやだ。赤ちゃんが泣いたわ。アテナあやして頂戴。etc...」
概ね、アテナをこき使いたいという冒険者が大半であった。日頃から悪目立ちし態度も尊大なアテナが、こうして健気に給仕に励む姿は、見ていて面白い。それが大多数であった。
だが、中には、アテナのメイド服姿をひと目見たいという冒険者がいたのも確かだ。
上流階級の気品漂う黒地の布地に、袖周りやスカートには可愛らしいフリルがついたメイド服は、確かに、美少女で名の通っているアテナには非常に似合っていた。密かにアテナに憧れるものは少なくないので、その姿をひと目見ようと足を運ぶものも一定数いた。
「にしても、忙しすぎるわ。あいつらあああ」
アテナは、厨房に下がると、頭についたホワイトブリムを地面に勢いよく叩きつける。ホワイトブリムを踏みつけ地団駄を踏む
「まあまあ。本当にアテナちゃんのおかげで、随分店の売上は上がったよ」
厨房で軽食の調理に勤しむマスターは、アテナをねぎらった。
それを聞いたアテナは、我に返る。
「任せて。マスター。やると言ったからには、必ず向かいのキャシー&コーヒーに勝ちます」
アテナは気を取り直して、地面に落ちたしわくちゃのホワイトブリムをまた頭に装着して、済まし顔で厨房をあとした。
その様子を不安気にマスターは見守っていた。
「だけど、ごめんな。アテナちゃん、ディーネちゃん。それでも売上は全然足りないんだ・・・」
マスターは苦しい表情で呟いた。
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アテナがナッツ&コーヒーのアルバイトの半日を終え、ヘトヘトになりながら、厨房に下がると、奥さんがアテナのためにまかないを作ってくれていた。
「ほら。アテナちゃん。ちょっと遅いけど、お昼ご飯作っておいたわよ。ゆっくり食べてね」
気の優しい奥さんが、厨房のテーブルにカレカレ《カレーのようなもの》を用意してくれていた。
「うわあ。カレカレだ。私好きなの」
アテナはカレカレを見るや、椅子に座り、すぐさまカレカレにスプーンをつけた。
「美味しい。凄く美味しいわ。奥さん」
アテナは、あまりの美味しさにお世辞抜きで褒めた。
奥さんは嬉しそうに微笑む。
「あら。そう。嬉しいわそう言ってもらえて。うちのカレカレを食べるのは主人とあたしくらいのものだから、アテナちゃんにそう言ってもらえると嬉しいわ」
アテナは疑問に思った。この味は十分店に出せるレベルのものではないのかと。主力メニューにすらなり得るとアテナは、感じた。
「どうしてですか。もったいないわ奥さん。こんなに美味しいカレカレは生まれて初めてよ。お世辞抜きで。お店の看板メニューにならないの?」
アテナは思ったまま喋った。
奥さんは困ったように笑った。
「ここは、喫茶店だからねえ。みんな頼むのは、コーヒーやナッツくらいよ。以前少しメニューに、加えてみたこともあったけど、全然だめだったわ」
それを聴いて、アテナの中で、もやもやと疑問が残った。
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この日は、あいにくの曇天で、強めの雨が降っていた。
「そんな。お客さんが全然いないわ」
傘を差して、ディーネがアテナがアルバイト3日目のお昼時にナッツ&コーヒーに昼食を食べに来たとき、お客さんがまったくいないことに驚く。
初日と二日目は大盛況で、このままの勢いだったら、ナッツ&コーヒーは閉店しなくていいのではないかと、ディーネは密かに期待していた。
「ディーネちゃん、キャシー&コーヒーはついに始めやがったよ」
客席のカウンター側から、ナッツ&コーヒーの常連の冒険者の渋めのおじさんが、神妙な顔つきで言った。
「始めた?なにを」
ディーネは不思議そうに尋ね返す。
「コーヒーのおまじない」
厨房から出てきたアテナが青ざめた顔で答えた。
その瞬間。
稲光が落ちた。
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「あら。可愛らしいお客さんね。お姉さん、サービスしちゃうぞ」
キャシー&コーヒーに敵情視察してこいとアテナに命令されたロシュは単独で、敵地にやってきていた。
金髪碧眼の少女かと見間違うほどの美少年は、椅子に座り固まっていた。
ウェイトレスの派手な格好をした金髪の美人なお姉さんはロシュにコーヒーを運んでくれた。
「お姉さん。それじゃ、コーヒーのおまじない。お願いします」
お姉さんはノリノリな感じに言うのだ。
「おいしくなーれ。おいしくなーれ。ーーー以下割愛」
ロシュの周りの冒険者たちも、この呪文によって熱狂の渦に包まれていた、キャシー&コーヒーのコーヒーの単価はこの呪文で跳ね上がり、さらに売上数すらこのままでは昨日の3倍以上になるという予想が出される異常事態になっていた。
以上がロシュからのレポート
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「絶対絶命ね」
雨が強く降り注ぐ中、アテナとディーネ、そして先程の常連の渋いおじさんでテーブルを囲み、作戦会議を行っていた。
他にお客さんもいなかったので、マスターや奥さんもアテナを見逃してくれ、そっとしてくれていた。
「完全に想定外だわ。キャシー&コーヒーがそこまでのサービスを投入するなんて」
ディーネは心底悔しそうに呟く。
「ええ。このままじゃ、閉店は免れないわ」
アテナもディーネに同意する。
「え?閉店がどうしたんだい」
渋い顔つきのおじさんが、不思議そうに聞き返す
「いや、だから、アテナが客寄せパンダになって、店の売上を上げて閉店を回避する計画です」
ディーネは、隠すことなく臆面もなくこれまでの計画を明かした。
渋い顔つきのおじさんが、ああ、と納得した。
「多分、それは無理なんじゃないかな。マスターからは色々事情は聞いているけど、多分それくらいの売上ではどうしようもないよ。コーヒーだけでは閉店回避の売上には到底届かないと思うよ。だから、最後のお別れにと今日も僕は通うのさ」
妙に情報通で、アテナとディーネはびっくりした。
だが、その横で話を聴いていたマスターの表情を見ると、それが真実であると物語っていた。
「はは。バレちゃったか」
マスターは力なく笑う。
「そんな。マスター」
ディーネは、立ち上がる。
「元々うちは、コーヒーやナッツの注文ばかりで軽食の注文があまりないんだ。客単価がどうしても上がらなくてね」
アテナが勢いよくテーブルを叩き、提案する。
「やっぱり奥さんのカレカレ【カレーのようなもの】よ!!!」