第5話 ディーネの頼み?コーヒー屋再建!!すべてはアテナの手に 前編
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「はあ」
夕方。ギルド会館の受付で眼鏡を曇らせながら、ディーネは溜息をこぼす。
ディーネは今年19歳。去年からギルド会館で働き始めてから、ずっと、ギルド会館前の喫茶店ナッツ&コーヒーでお昼ご飯を食べに行っていたのだが、今現在閉店の危機に陥っていた。
今日、ディーネは、いつものように喫茶店ナッツ&コーヒーでお昼ご飯を美味しそうに食べていると、マスターから申し訳なさそうに言われてしまった。
『ごめんね。ディーネちゃん。この店も今月一杯で閉めることになったんだ』
ディーネは、仕事で失敗した日やうまくいった日には必ずナッツ&コーヒーに行って、マスターが入れたコーヒーを飲みながら、マスターに仕事について話していた。
いわば、ディーネにとっての心の拠り所のような場所だった。
それが、今、潰れようとしていた。
「どうしたのよ。ディーネ、ため息なんてついちゃって」
無神経にも聴いてくるのは、ディーネの友人のアテナだ。栗色の長い髪が印象的な人形のように顔の整った美少女だ。歳は15歳でディーネより年下なのだが、言葉に衣を着せないのがたまに傷だ。
今日はギルドに来て、仕事を探しに来ていたようだ。
「実は、ギルド会館前のナッツ&コーヒーが今月一杯で閉店なんだって」
ディーネは、隠しても仕方ないので、正直に言った。
「嘘。あそこのコーヒー屋、安くて美味しかったから。私も好きだったのに」
アテナは、めちゃくちゃ庶民的な感想を言った。
「ナッツ&コーヒーの向かいにキャシー&コーヒーっていう喫茶店が新しくできたでしょう。あそこのウェイトレスさんは、美人なお姉さんばかりで、ギルドに来てるお客さんがこぞってキャシー&コーヒーに流れてるみたいなの」
ディーネは、状況を説明する。
「豆をつまみにコーヒーを飲むより、綺麗なお姉さんを眺めながら、コーヒーを飲みたいと。そうかそうか。男ども」
アテナは、静かに怒りのボルテージが上がッていくのをディーネは見ていた。
「ナッツ&コーヒーはマスターと奥さんだけで営んでるお店だからね。お店の規模が全然あちらのほうが大きいもの」
ディーネがしょうがないよ、と諦めたように言った。
「ナッツ&コーヒーにも何か客寄せパンダがいればいいのにね」
アテナは何気なく言った。
刹那。
ディーネの頭に稲妻が走った。
客寄せパンダ?
それだ!!
「アテナ」
ニコニコとディーネはアテナに微笑む。
それが、アテナは不気味に感じたのかたじろぐ。
「なによ」
「アテナ。今、お金に困っていたわよね」
ディーネは、有無を言わせぬ迫力で迫る。
「ま、まあね。散財し過ぎて、最近はロシュに怒られて、毎日ギルドに連れてこられて仕事探してるくらいだし。それがどうかしたの?」
「アテナ。いい仕事があるわよ。あなたが散々お世話になった私、ディーネさんからのクエスト」
アテナは嫌な予感がし、脱兎のごとく逃げようとする。
「アテナ、昔ご飯を奢ってあげたとき、私の言うこと一回聞くって言ってくれよね」
アテナは立ち止まり、青ざめた顔でディーネの顔を見る。
ディーネは深呼吸をして、真剣な眼差しで言った。
「アテナ、ナッツ&コーヒーの看板娘になって」
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「本当にいいのかい」
可愛らしいフリルのついたメイド服に袖を通したアテナを見ながら、喫茶店ナッツ&コーヒーのマスターは尋ねてきた。
「いいんです。マスター。アテナは私のクエストでここで働くことになりましたので、ぜひ役立てください」
ムスッとした表情のアテナは差し置いて、隣でディーネは言った。
ナッツ&コーヒーはマスターと奥さんが営むお店だったので、ウェイトレス服等の制服はなかったので、ディーネは、ライバル店のキャシー&コーヒーの美女ウェイトレス軍団に負けないよう、厳選に厳選をして選んだメイド服をアテナに着せていた。
「今、話題の邪竜ファントムを討ち取った新鋭気鋭の美少女ギルドマスターアテナがウェイトレス。話題性は負けてません。マスター、アテナは客寄せパンダになります!」
友人を平気で客寄せパンダと呼ぶディーネに、アテナは一抹の怒りを覚えたが、ディーネがこの夫婦の力にどうしてもなりたいという思いが伝わるので、何も言えなかった。
「でもなあ。気持ちは嬉しいけど、さすがに悪いしなあ」
マスターは奥さんと顔を見合わせ、申し訳なさそうにしていた。
「私からもお願いするわ。ディーネにはもうクエストの前金を貰ったし、何より私もナッツ&コーヒーが好きだもの。このお店が無くなったら困るわ」
アテナ堂々と言った。
それじゃあ、と渋々マスターたちは承諾してくれた。
まずは試しに1週間。
それで変わらなければ、閉店で、という条件付きで開始された案は、とんでもない反響を呼ぶことになった。