1-7 対策を検討2
ただ、最後まで困ったのが「考えた対策が全部ダメでヨアンもわたくしも悪役になってしまった場合」の対策案だった。
最悪の状況だけど、絶対にヒロインを虐めないって決めたヨアンは、ずっと探していた。申し訳ないけど、その状況で打てる手があるとは思えないから、わたくしにはお手上げよ。
というわけで、わたくしが役に立たない状況だったから、ヨアンはサヨコさんとふたりで話し合っていたらしい。対策を立て始めてから2か月にしてとうとう案を持ってきた。
「ぼくとサヨコさんで考えたんですけど、ぼくたちを止めてくれる人がいると思うんです」
「止めてくれる人?」
「ゲームと同じ状況に陥っているなら、きっと、ぼくたち正常な判断をできなくなってると思います。その時に外部から強制的に止めてくれる人がいれば回避できるのではないかと」
「悪いことをしそうになったら止めてくれる人……」
「はい。大人でこちらの事情を知ってくれている人が理想です」
「お父様とか?」
「お嬢様……旦那様に言えます?自分たちは学園でヒロインを虐めるので止めてくださいって?」
横目で見られた上に、憐れむような感じで言われてしまった。やっぱりこういうところはカンにさわるわね。
でも、ヨアンの言う通りお父様には言えないわ。ふたりそろって医者にみせられそうだもの。
咳払いして仕切り直した。相変わらず主従が逆転している気がする。
「それでどういう人がいいの?」
「ふたり」
「ふたりも?」
ヨアンが大きくうなずく。
「ひとりはお嬢様のお金の管理ができる人物。もうひとりは学園でぼくたちを止められる人物」
まあ!そんな人物がいたらわたくしも安心して悪役令嬢になれるんじゃなくって。いや、なってはいけないけど。
でもお金の管理ね……ヨアン以外でわたくしのお金の管理……ほら、適任がいるじゃない!
「じゃあ、ひとりは家令のバルタザールね」
「はい。バルタザールさんならぼくたちの話も頭から信じないってことはないと思うんです」
バルタザールはうちに仕える家令。わたくしが生まれた年に45歳という若さで執事から家令になった非常に優秀な使用人だ。もちろん家令なので公爵家のお金の管理も任されている。うってつけだわ。
「では、今度バルタザールに時間を作ってもらって話をしましょう」
最悪の場合の対策も進んでいるわ。いい感じじゃない?
「次は学園ね」
「そこなんですよ、問題は。実際にイベントが起きるのは学園なので、そこにいる人が一番いいんです。となると――」
「先生ね!」
満面の笑みで答えを言った。
「そうですけど、なんで先に言うんですかね。でも、それが難しいんですよ。学園の先生に知り合いなんています?」
いるわけがない。
ぶんぶんと首を横に振った。
「そうですよね。しかも家令のように口が堅くて信頼できる人物が必要なんですよ」
めずらしく困っている。
それも仕方ない。10歳のわたくしたちに大人の知り合いなんか、ほとんどいない。
「家庭教師の先生に学園関係の知り合いがいないかしら?」
「それはぼくたちも考えました。けど、信頼がおけるかどうかはどう判断するんです?」
そっか。止めてもらうにはある程度事情を説明しないといけない。うちの家令ならまだしも全くの他人に話をして信じてもらえるだろうか。しかも外に漏らされでもしたら、妄想がすぎる痛い令嬢と呼ばれかねない。それはダメ。
「ね、難しいんです。それに外の人間に王女様のことは話せませんから、説明も難しくなるんですよね」
「ヒロインが王女様ってことは秘密なの?」
もちろんですよって感じで微笑まれた。微笑んでいるのに、青筋が立っているように思うのは、気のせいではないわね。何か地雷を踏んだらしい。
すると、この前ちゃんと話を聞かなかったからですよ、と前置きして、ヨアン先生はいっぺんに説明を始めた。
「ヒロイン本人にも秘密にしていることをぼくたちが知っていること自体が非常に危ういんです。考えてください。大国の王女、世継ぎ争い、しかも秘密裡に避難させている、このワードだけで推測できますよね。極秘情報、国家機密レベルだと。しかもうちの国じゃなくて他国の。わかります?なのに、ぼくたちが知ってることがバレたらどう言い訳するんですか?ゲームで知りましたなんて誰が信じるっていうんです。誰も信じませんよ。では、情報のソースは誰かって話になりますよね?みんなが想像するのは一人しかいません。公爵閣下です。旦那様なら立場上知りえる可能性がある。普通の人ならそう考えるでしょうね。となると、他国の国家機密を旦那様がどう知ったかが問題となり、釈明のしようもない旦那様は窮地に立たされ、一族もろとも、国外追放。ですめば軽い刑ですね。他国の王位争いが絡む話なので外交問題だし、大国から内乱陰謀罪にでも問われたら、それこそヒロインを虐めるよりも確実に破滅まっしぐらです。これでなぜヒロインの名前を秘密にするのかわかりましたよね?」
こくこくとうなずく。ヨアンの勢いに圧倒された。内容も恐いけど、ヨアンのしゃべり方も恐い。しかも話はまだ続く。
「この資料が万一外に出た時のことを考慮してあえてヒロインとしか書いてません。いずれ学園に入学すればヒロインが誰かなんてすぐわかる話なので、お嬢様にも明かしません。ぽろっと漏れされても困りますしね。でも、もし学園に入学することになったら気を付けてくださいよ。絶対にヒロインが王女様とは漏らさないこと!」
絶対ですよ!と念を押される。
わたくしは再びこくこくとうなずいた。
ヒロイン本人を前に普通にしていられるかしら。王女様だと思ったら緊張してしまいそうよね。これは学園生活がかなり不安になる話だわ。何としても聖クレモナ学院に入学したいってお父様にお願いしなきゃ。
「ヒロインの名前が書かれてないことはわかったわ。でも他の人はフルネームだけどいいの?これも外部に漏れたら問題にならない?」
ヨアン先生は、そんなことですかって顔をした。
「問題ないです。お嬢様の婚約者候補の資料を元にお嬢様の妄想が重なっただけって説明できるので。イベントの説明のところなんか、甘ったるい言葉が並んでたでしょ。お嬢様が彼らに言ってほしい言葉とかシチュエーションをまとめたら、こんな資料ができましたって説明します」
な、なんですって!?わたくしの妄想で片づけるつもりなの!?
体がわなわな震えるのがわかった。
「ちょ――」
「ではお嬢様もお疲れでしょうから、お茶にしましょうか。今日のお菓子はアップルタルトだそうですよ。公爵領から届けられたものを使ってるそうなので、楽しみですね」
ヨアンが呼び鈴を鳴らすと、すぐさま外に控えていた侍女たちが部屋に入って来てお茶の準備を始める。
侍女たちはお作法の先生の手先。ここで怒鳴ることはできない。でもこの怒りをどうしてくれよう。
そうよ!サヨコさんがいるわ!
ヨアン先生にうやうやしくお茶のテーブルまでエスコートされる。その時に耳元で小さくつぶやいた。
「サヨコさん、お願い!」
瞬間、ヨアンが勢いよくこちらを見た。ふふふ。サヨコさんに届いたらしい。
何か言いそうになるヨアンを無視して、
「あら、いい香りね。今日のお茶はダリザ産の紅茶かしら?」
わざとらしく侍女に尋ねて、ヨアンの口を閉じさせてからソファに腰掛けた。
そんなこんなで、結局学園側で助けてくれる人物についてはいい案が思い浮かばず、引き続き考えていくことになっている。
はあ。それにしても悪役令嬢のページが切ない。
『悪役令嬢 エヴァンゼリン・フォン・マクシミリアン』と書かれている。これもわたくしの妄想で片づけるつもりなの?
ヒロインとの待遇の差を感じるわ。